読み味として、村上春樹作品に似てるなと感じた。
あの作家の描く主人公特有の、妙に達観していながらも、どこか決定的な欠如を抱えているような、あの感じだ。
だからこそ、読み始めは「ともすれば、この物語はハッピーエンドには向かわないかもしれない」とも思った。私が読んできた村上春樹作品の結末は、多くがどこかしら薄暗い余韻を残すものだったからだ。(もちろん、そうでない作品もあるのだろうが、そのあたりはニワカなのであまり詳しくない)
ただこの作品に関して言えば、読み味は似ていても、明確に「ここだ!」と分かるポイントがある。それは「主人公がハッピー、あるいはアンハッピーに向かう分岐点」とでも言うべきものだ。
個人的な好みとして、私はその分岐点から「ハッピー」な方へ向かう作品が好きだ。だから、この作品は好きだ。
読後は不思議と前向きな気持ちになれるし、もしかしたら、そっと目の端に涙が浮かぶかもしれない。9000字を超える長さだが、まるで蕎麦をすするように、するりと物語が頭の中に入ってくる。
通勤電車に乗ってる時あたりにでも読むと、その日のスタートが多少マシになるかもしれない。
風景描写がなくても雰囲気で読み進めることができる。そんな小説は多々ありますが(書ける方羨ましい!)、この作品はまさしく『遠くへ』であり、どこまで行くんだろう? という疑問が、読者の好奇心を引きつけます。
それが地球の反対側なのか、宇宙空間なのか、よもや別次元の宇宙なのか! ……というのは随分ぶっとんだ妄想ですが(笑)、そんな『どうしようもない』感覚ではなく、日常の中の温もりだったり、涼しさだったり、寂寥感だったり――というものが、この作品には溢れています。
よく見慣れている風景が、本当にそこにあるものなのか。それは人間についても、心についても、自分自身についても言えることなのかもしれません。
さり気なく読者から『圧巻』の言葉を引き出す、凄まじい作品でした。