陰陽師の現代ダンジョン配信録

匿名AI共創作家・春

第1話

序章:日常の淵に潜む非日常

​その日、人々は理解した。古くから語り継がれてきた「神隠し」や「異界への彷徨」といった数々の伝説が、全て同じ一つの現象に起因していたのだと。

​突如、世界各地に現れた「ダンジョン」。それは地下深くから湧き出す異質な空間であり、一度足を踏み入れれば、探索者――通称「ダンジョン・ウォーカー」――に不思議なスキルを授け、異形の存在と戦う力を与える効能を持っていた。太古の昔から密かに存在していたそれらは、ある日を境に突如としてその姿を露わにし、現代社会の日常へと溶け込むように顕在化したのである。

​都市の地下鉄の駅の隣、繁華街の裏路地、かつての神社仏閣の奥地。どこにでもダンジョンの入り口は現れ、人々は戸惑いながらも、その圧倒的な非日常を日常として受け入れざるを得なかった。

​各国政府はすぐさま対応に追われ、日本でも「ダンジョン管理法」が制定され、「ダンジョン庁」が発足した。探索者の安全を確保し、ダンジョンから漏れ出す危険な存在から人々を守るため、そして何よりも、その謎多き空間の深奥を解明するために。探索者には厳しい規約が設けられ、彼らの活動は厳しく管理された。特に、ダンジョン内での活動はすべてライブ配信が義務化**されたのである。それは探索記録のためであり、同時に、危険と隣り合わせの探索が、新たなエンターテイメントとして民衆の娯楽となっていたからだ。

​そんな非日常が日常となった東京の片隅で、ごく普通の高校生がいた。

​彼女の名は鴨野 雪(かもの ゆき)。

​「あー、今日がら夏休みだっきゃあ!まんだげぇーるの早ぇのぉ」

​夕暮れの教室で、使い慣れない標準語の授業を聞き終え、友人が帰路につくのを見送りながら、雪は小さく伸びをした。教室の窓からは、都会の喧騒と、遠くに見える高層ビルの群れが視界に収まる。津軽の田舎から上京してきて一年半。都会の生活には未だ慣れないことも多いが、何よりもこの夏休みを楽しみにしていた。

​特に予定があるわけではない。ただ、友人のミカが「夏休みだし、一回くらいダンジョン行ってみない?配信で見たけど、結構面白そうだよ!」と目を輝かせて言っていたのを、何となく思い出していた。ダンジョン庁公認の安全な初心者用ダンジョンなら、観光気分でちょっとだけ潜ってみるのも悪くないかもしれない。何より、最近のネット配信で人気急上昇中のダンジョン・ウォーカーたちの動画を見るにつけ、わずかばかりの好奇心が刺激されていた。

​スマホを取り出し、ミカにメッセージを送る。「明日の午前中、どうだべ?」

​返信はすぐに来た。「やった!じゃあ集合場所、送るね!」

​翌日、東京郊外にある、新設されたばかりの初心者向けダンジョン「始まりの洞窟」前。

​数人の探索者たちが入り口のゲートをくぐっていく。そこには厳重なセキュリティチェックがあり、探索者登録を済ませた者だけが中に入れる。ミカと雪は、少し緊張した面持ちで、そのゲートを見上げていた。


​「へば、行ぐべ!」


​雪は大きく息を吸い込み、ミカと顔を見合わせた。軽い足取りでゲートをくぐる。

​その瞬間、世界が、そして雪自身が、大きく変わり始めることを、彼女はまだ知る由もなかった。


ダンジョン「始まりの洞窟」のゲートをくぐった瞬間、雪の全身を、ひんやりとした空気が包み込んだ。それは、単なる地下の冷気ではなかった。皮膚の奥深くにまで染み込むような、独特の「気配」。本能が、ここが日常とはかけ離れた場所であることを告げていた。


​「うわぁ……ほんとに洞窟だぁ!ってか、電波あんの?これ、配信ちゃんとできてるかな?」


​ミカはスマホを掲げ、ライブ配信アプリの画面を確認しながら興奮気味に声を上げた。ダンジョン庁公認の探索者アプリは、ダンジョン内部でも専用回線で安定した通信を保証している。雪のスマホ画面にも、小さく「LIVE」の文字が表示されていた。視聴者数はまだ二桁だが、コメント欄には「初めてのダンジョン頑張れー」「初心者は気をつけて!」といった応援が並んでいた。

​内部は、予想していたよりも広々としていた。所々に設置された淡い光を放つ魔石が、苔むした岩肌をぼんやりと照らし出す。足元には湿った土が広がり、時折、天井から水滴が落ちる音が響いた。

​「んだども、なんもいねぇな」

雪は警戒しながらも、拍子抜けしたように呟いた。初心者向けのダンジョンだと聞いていたし、映像で見たような巨大な魔物などは見当たらない。

​その時、足元の草むらがガサリと音を立てた。

「ひぃっ!」

ミカが小さな悲鳴を上げたその場所から、掌サイズの甲虫が数匹、這い出てくる。甲羅はまるで岩のように硬質で、触覚を不気味に蠢かせている。


​「あ、これが『ゴーレムビートル』だね!初心者向けの魔物!」


ミカは震えながらも、事前に調べた知識を披露した。

「……んだか、ゴキブリみてぇだじゃ」

雪は思わず顔をしかめる。津軽の田舎でも見かけるゴキブリとさほど変わらないサイズだが、あの硬質な甲羅と不気味な動きは、やはり異質な存在感があった。

​それでも、ゴーレムビートルは確かに弱い魔物だった。二人はダンジョン庁から支給された、最低限の護身用ナイフで数匹を処理し、少しずつ洞窟の奥へと進んでいく。配信のコメント欄も「順調だね!」「可愛いJK探索者!」といった平和なムードだった。

​「なんか、慣れてきたかも!雪ちゃんも、結構やるね!」

ミカは自信をつけ、笑った。


「んだな。ま、こんで終わりなら楽勝だべ」


雪も、これなら意外と簡単かもしれない、と思い始めていた。

​だが、ダンジョンとは、そんな甘い世界ではなかった。

​洞窟が少し開けた場所に出た途端、それまでとは違う、異様な気配が辺りに満ちた。

地面が小さく揺れ、岩の隙間から、これまでとは比べ物にならない大きさの影が這い出してきた。それは、数メートルはあろうかという巨大な多足生物だった。全身を黒い甲殻に覆われ、いくつもの節を持つ太い脚が、まるで樹木の根のように蠢いている。顔には無数の単眼がぎらつき、獲物を捕らえるかのようにカチカチと音を立てる顎が大口を開いた。


​「う、嘘でしょ……!?こんなの、初心者ダンジョンにはいないはずだよ!?」


ミカは蒼白な顔で叫んだ。配信の視聴者数も一気に跳ね上がり、コメント欄は「え、あれは!?」「ボス級の魔物だ!」「逃げろ!」といった悲鳴のような文字で埋め尽くされた。

​巨大な多足生物が、唸り声を上げながら、ミカに向かってその巨体を傾ける。硬質な脚が地面を抉り、土煙が舞い上がった。ミカは恐怖で足がすくみ、一歩も動けない。


​「ミカ!!」


​雪はとっさにミカの腕を掴み、引き倒そうとした。しかし、敵の動きは予想以上に速かった。巨大な顎が、ミカの頭上へと振り下ろされる――その刹那。

​雪の脳裏に、嵐のように膨大な情報が流れ込んできた。

​古びた書物。星辰の運行。術式を唱える声。そして、幾度となく式盤を手に、妖を退ける自身の姿。

それは、雪の知る「鴨野雪」のものではない。

平安の世に生きた、賀茂忠行の、遥か遠い記憶。

​体が、勝手に動いた。

懐からスマホを取り出す。それは、いつものスマホであるはずなのに、指先が触れた瞬間、デバイス全体が淡い光を帯びたように感じられた。画面に、見たこともない複雑な文様が浮かび上がる。それはまさしく、式盤の模様だった。

​喉から、聞いたことのない言葉がこぼれる。それは、津軽弁ではない。しかし、確かな力と、かつての経験に裏打ちされた呪言だった。


​「――『いざなひて、天と地の間、幽世と現世を繋ぎて顕現せよ。汝、森羅万象を司る一角、我が声に応え、この地に現れよ!』」


​全身の細胞が、歓喜するように震えた。

スマホの画面に表示された式盤の文様が、眩い光を放つ。その光が凝縮され、雪の目の前に、半透明の緑色の光の塊が出現した。それは次第に形を成し、翼を持つ小型の龍のような姿となる。


​「あれ、は……?」


ミカは恐怖に震えながらも、目の前の光景に呆然と立ち尽くしていた。

​雪は、初めて覚醒した前世の記憶と、この現代の力を同時に感じながら、叫んだ。


​「――『青龍!そっちさ行け!』」


​津軽弁が混じった指示に、小型の光の龍――青龍が、まるで意思を持ったかのように弾かれた。光の軌跡を残し、巨大な多足生物の頭部へと突進する。

​「ギャアアアアア!!」

​青龍は、巨大な甲殻の間にわずかな隙間を見つけ、そこから体内に侵入した。多足生物は断末魔の叫びを上げ、その巨体を激しく打ち付ける。やがて、その動きは鈍り、硬質な甲殻が音を立てて砕け散り、崩れ落ちた。

​辺りが静寂に包まれる。

雪は息を荒げ、青龍は役目を終えたかのように光の粒子となって消えていた。

ミカは尻もちをついたまま、震える声で尋ねた。


​「ゆ、雪ちゃん……今の、何……?」


​雪自身も、混乱の中にいた。しかし、同時に、体の奥底から湧き上がるような、確かな力と使命感を感じていた。

そして、自分のスマホ画面を見て、さらに驚愕する。

​ライブ配信の視聴者数は、いつの間にか十万を超えていた。

コメント欄は、先ほどの悲鳴とは打って変わって、熱狂的な文字の嵐と化していた。


​「な、なんだ今の術!?」

「スマホから式神が!?」

「JK陰陽師爆誕!?これガチ!?」

「津軽弁とのギャップがやばい!」


​雪の、陰陽師としての、そして配信者としての新たな物語が、今、始まったばかりだった。

​ミカは、呆然と口を開けたまま、雪を見ていた。その目には、恐怖と困惑、そしてかすかな畏敬の念が混じっていた。


​「ゆ、雪ちゃん……?今の、まさか……スキル?」


震える声でミカが尋ねる。

​雪自身も、混乱の中にいた。確かに体が勝手に動いた。スマホが式盤になり、言葉にならない呪文が喉からこぼれ、そして光の龍が現れた。それは、まさしく自分が今まで動画サイトで見てきた「探索者のスキル」のようなものだった。けれど、こんな強力で、しかも「式神」と呼ぶべきものが、なぜ自分に?

​「わ、わかんねぇべ……お、オレも、なにがなんだか……」

雪は額に手を当て、頭を振った。だが、体の奥底から湧き上がるような、確かな力と、どこか懐かしい感覚が彼女を包み込んでいた。まるで、永い眠りから目覚めたかのような、しっくりとくる感覚。

​その時、ダンジョンの奥から複数の足音が聞こえてきた。緊迫した表情のダンジョン庁の職員らしき人間が数名と、その先頭には、見慣れない制服を着たすらりとした女性が立っていた。彼女は雪と同年代くらいだろうか。色素の薄い髪と知的な雰囲気の瞳が印象的だ。

​「そこの探索者さん!大丈夫ですか!?」

ダンジョン庁職員の一人が駆け寄ってくる。

「あの、私たちは大丈夫です!でも、この巨大な魔物が急に出てきて……」

ミカが身振り手振りで状況を説明する。

​しかし、先頭の女性は、崩れ落ちた巨大な多足生物の残骸を一瞥すると、すぐに雪の方に視線を向けた。その目は鋭く、まるで雪の魂の奥底を見透かすかのようだった。

​「あなたが、今の術を使ったのね?そのスマホ、見せてもらってもいいかしら?」

女性は淡々とした口調で言った。

​雪は反射的にスマホを握りしめた。だが、その女性の瞳の奥に、悪意がないことを感じ取った。

​「んだども……別に、なんもねぇども」

そう言いながら、雪は恐る恐るスマホを差し出した。

女性はスマホを受け取ると、画面を覗き込んだ。そこには、もう式盤の模様は浮かんでいない。ただ、普通のホーム画面が表示されているだけだった。

​「……なるほど。これは面白いわ」

女性は小さく呟くと、雪にスマホを返した。

「初めまして、鴨野雪さん。私は天海ユリ。陰陽庁の特別研究員です。あなたのスキル、大変興味があります。差し支えなければ、後ほど詳しくお話を伺ってもよろしいでしょうか?」

​「陰陽庁……?」

聞いたことのない部署の名前に、雪は首を傾げた。その時、ユリの背後から、さらに数人の人影が現れた。その中の一人に、雪は思わず目を見張った。

​制服。それは、雪が通う高校の制服だった。しかも、隣のクラスの生徒だったはずだ。

​「なんや、この騒ぎ。ホンマ、迷惑な話やで」

艶やかな黒髪を揺らし、大股で歩み寄ってきた少女は、雪とミカの前に立つと、フンと鼻を鳴らした。

「あんたが、いきなりボス級出すてんてこ舞いにしたアホやろ?うちのライブ配信が台無しやんか!」

​彼女は、自分と同じ高校の制服を着ていた。その自信満々で、少々傲慢な態度。そして、耳慣れない、しかし明確な大阪系関西弁。

​彼女の名は、安倍 明(あべ あきら)。

​明は、自分のスマホを雪の顔に突きつけるように見せた。そこには、彼女のライブ配信画面が映っている。視聴者数は雪を上回る数十万。コメント欄には「安倍ちゃん、カッコいい!」「さすがベテラン!」といった応援が溢れていた。

​「あんたみたいな初心者さんが、何いきなりわけわからんもん出してんねん。ダンジョンの秩序乱さんといてくれはる?」

明は、挑戦的な視線で雪を睨みつけた。その目には、確かな実力と、そして底知れない優越感が宿っていた。

​雪は、明の勢いに気圧されながらも、どこかで不思議な既視感を覚えていた。この高圧的な態度、この自信――。まるで、前世で、どこか懐かしい相手と対峙しているような感覚。

​「な、なんぼ初心者でも……こればっかりは、勝手に出たんで、しゃーねぇべ!」

雪は思わず、強気な津軽弁で反論した。

​「はぁ?何言うてんねん、その方言。うざっ」

明は露骨に顔をしかめた。

​互いに一歩も引かない、鋭い視線が交錯する。

二人の間には、言葉にならない、しかし確かな緊張感が走っていた。

それは、平安の世から続く、因縁の始まりを告げるかのようだった。

​鴨野雪の新たな日常は、この日から、予測不能な非日常へと大きく傾き始めた。陰陽庁からの誘い、謎の覚醒、そして目の前の高慢なライバル。彼女の「前世」と「現代」が交錯する物語が、今、本格的に幕を開けたのだった。

​次なる展開として、雪が天海ユリと陰陽庁で会い、自身の能力について詳しく説明を受けるシーンや、安倍明との学校での再会、そして芦屋幸宏や奏観勒との出会いを描いていきましょうか?


​ダンジョン「始まりの洞窟」での騒動は、予想以上の反響を呼んでいた。鴨野雪のライブ配信は瞬く間に拡散され、「スマホから式神を出す謎のJK陰陽師」としてネットを騒がせた。動画は切り抜きされ、雪の津軽弁のセリフはミーム化し、再生回数はあっという間に数百万回を超えていた。

​ダンジョン庁の職員に連れられ、雪とミカは厳重なセキュリティを誇る施設へと案内された。そこは、東京都心のオフィス街にそびえる、一見何の変哲もないビルだった。しかし、その最上階にあるという**「陰陽庁」**は、ダンジョン庁よりもさらに機密性の高い部署だと聞かされた。

​「ここが陰陽庁の執務室です」

案内された部屋は、最新のデジタル機器が並ぶ未来的な空間でありながら、どこか古めかしい墨の香りが漂っていた。壁には複雑な紋様が描かれた和紙が飾られ、部屋の中央には巨大なモニターが設置されている。

​「わぁ……すげぇべ」

雪は思わず声を漏らした。ミカも同様に目を丸くしている。

​そこに、先ほどダンジョンで会った天海ユリが、眼鏡を少しずらしながら現れた。彼女は手元のタブレット端末を操作しながら、雪に落ち着いた声で語りかけた。

​「鴨野雪さん。改めて、本日はありがとうございました。あなたの能力は、私たち陰陽庁にとっても非常に重要な意味を持っています」

ユリはそう言うと、巨大モニターに、先ほどのダンジョンでの雪の映像を映し出した。雪がスマホを構え、光の龍が現れる瞬間。

​「この現象、私たち陰陽庁では**『前世覚醒(ぜんせいかくせい)』と呼んでいます。ダンジョンが出現し始めた頃から、ごく稀に、あなたのように特殊な能力を持つ者が現れるようになりました。彼らは皆、過去の偉人や、時代を動かした術者の魂の記憶と力が、現代に転生して顕現した**と考えられています」

​雪は目を見開いた。「ぜんせい……?」

​「ええ。そして、あなたの覚醒した力は、平安時代に陰陽道を体系化した偉大な陰陽師、賀茂忠行のものと推測されています」

ユリの言葉に、雪は眩暈がするような感覚に陥った。賀茂忠行?あの、安倍晴明の師匠の?自分が、そんな大層な人間の生まれ変わりだなんて。津軽弁しか喋れないごく普通の女子高生が?

​「あ、ありえないべ……オレ、ただの高校生だども」

雪は慌てて否定した。

​「それはあなたを構成する現代の側面です。しかし、魂の深淵に刻まれた記憶と力は、ダンジョンという異界の気配に触れることで呼び覚まされたのでしょう」

ユリはそう言うと、雪のスマホを指差した。

「そして、あなたのスマホ。あれは、賀茂忠行が使っていた**『式盤』に酷似しています。現代のデバイスが、あなたの魂の力に呼応し、術式を編むための媒体へと変化したのでしょう。私たちはこれを『現代式盤(モダンシキバン)』**と呼んでいます」

​「す、スマホが式盤……?」

あまりに突飛な話に、雪は頭がついていかない。

​「鴨野さん、あなたの力は、現代のダンジョンを解析し、その謎を解き明かす上で非常に重要です。陰陽庁としては、あなたにぜひ、正式な**『陰陽庁専属探索者』**として協力していただきたい」

ユリは真剣な眼差しで雪を見つめた。

​戸惑いながらも、雪は自身の体から溢れる力の源が、本当に「前世」と繋がっているのかもしれないと感じていた。そして、あの巨大な魔物を退けた時の、体の奥から湧き上がるような、高揚感。それは、日常では味わうことのできない、紛れもない興奮だった。

​「……ま、まんだ、よくわがんねぇども……」

雪は視線を伏せ、少し考える。

「んでも……あの化け物、ほんとにオレがやっつけたんだべ?」

ユリは静かに頷いた。

「……へば、オレ、やるべ!」

​ごく普通の高校生だった鴨野雪は、非日常の力を手に入れ、新たな道へと足を踏み入れることを決意した。

​夏休みが終わり、新学期が始まった。

雪の学校生活は、ダンジョンでの一件以来、大きく変化していた。クラスメイトや他の生徒たちは、雪を見る目が明らかに違っていた。廊下ですれ違うたびに、ひそひそと囁く声が聞こえる。「あの人、動画のJK陰陽師だ!」「津軽弁の子だよね!」


​「雪ちゃん、すごい人気だね!配信のコメントもすごいことになってるし!」


昼休み、ミカが興奮気味にスマホの画面を見せてきた。雪のライブ配信のフォロワー数は、あっという間に数十万を超え、今や有名探索者と肩を並べる勢いだった。

​「んだども、なんだか落ち着かねぇべ……」

雪は少し戸惑い気味に答えた。有名になることは嬉しいが、これまでと違う視線に、まだ慣れない。

​その時、教室の扉が大きく開いた。


​「おい、鴨野!ちょっと面貸せや!」


​現れたのは、隣のクラスの安倍 明だった。夏休み中、ダンジョンで一度会っただけの明だが、その高圧的な態度は全く変わっていない。明の周囲には、何人かの女子生徒が群がり、好奇の目を雪に向けていた。

​「なんや、あんた、学校でもその能なし顔さらしてんのか。この前はうちの配信に泥塗りやがって、覚えとるか?」

明は雪を睨みつけ、威圧的に一歩踏み出した。


​「な、なんぼのこと言われでも、あれは事故だべ!それに、オレ、陰陽庁から正式に探索者に任命されたんだからな!」


雪は売り言葉に買い言葉で応じる。明は、陰陽庁の言葉にわずかに顔をしかめた。


​「はっ、陰陽庁?どないか知らんけど、うちの方がベテランやねん。あんたなんかより、うちの方がずっとすごいんやで!このダンジョンの安倍明様やぞ!」


明は自慢げに胸を張る。

​二人の間に、ビリビリと火花が散るような空気が流れた。クラスメイトたちは固唾を飲んで見守っている。

​そんな緊迫した空気を破るかのように、明の背後から、ひときわ明るい声が響いた。


​「おっ、鴨野っち!まさか、うちのクラスの安倍っちと、そんな熱い口論してるッスか!?」


現れたのは、明と同じクラスの男子生徒、芦屋 幸宏(あしや ゆきひろ)だった。太陽のように明るい笑顔で、一人称は「オレっち」、語尾は「ッス」という独特の喋り方。

​幸宏は雪を見るなり、その目を輝かせた。


「いやー、鴨野っちの配信、オレっち全部見てるッスよ!あのスマホから龍が出るやつ、マジでヤバいッス!鳥肌立ったッスもん!オレっち、鴨野っちのファンなんッスよ!一目惚れッス!」


​幸宏は興奮気味に雪の周りをうろつき、その言動に明はさらに苛立った。

「ちょ、幸宏!あんた何勝手に喋ってんねん!邪魔や!」

​幸宏は明の言葉もどこ吹く風とばかりに、雪に身を乗り出した。


「鴨野っち、今度ダンジョン行く時、オレっちもついて行ってもいいッスか?オレっち、結構ダンジョン探索のベテランッスよ!」


彼の言葉は根明な陽キャそのもので、雪はやや引き気味だったが、悪い印象は持たなかった。

​その時、また別の人物が、二人の間に割って入ってきた。


「おい、安倍!何、そんな怒ってんだい?またケンカか?」


雪と同じクラスの男子生徒、奏 観勒(かなで みろく)だった。少し訛りのある栃木弁が特徴だ。

​観勒は、明の姿を見つけると、その表情をわずかに緩ませた。その目には、憧れと、かすかな恋心が宿っているのが見て取れる。だが、明が雪に突っかかっているのを見ると、すぐに表情を引き締めた。


「鴨野、おめぇ、安倍に何したんだ?安倍が怒ってっなら、おめぇが悪いんだべ!」


観勒は正義感から、明を庇うように雪に詰め寄った。

​「観勒、てめぇも来たんかい!邪魔すんな!」

明は誰に対しても容赦なく、観勒にも一喝した。

​図らずも、賀茂忠行の生まれ変わりである鴨野雪、安倍晴明の生まれ変わりである安倍明、蘆屋道満の生まれ変わりである芦屋幸宏、そして観勒の生まれ変わりである奏観勒という、前世で縁を持つ者たちが、この現代の学校で一堂に会したのだった。

​彼らの出会いは、ダンジョンの謎を巡る壮大な物語と、複雑な青春の始まりを告げていた。

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