第2話:補給途絶

白牙の砦を覆うブリザードは、日に日に勢いを増していく。それは、ただの自然現象ではなく、まるで魔族の邪悪な意志が具現化したかのようだった。砦の外壁には、凍りついた氷の層が幾重にも重なり、分厚い盾と化していたが、同時に、外部とのすべての繋がりを断ち切る檻でもあった。


ルガートは、配給所に立ち、自らの目で物資の現状を確かめていた。樽に詰められた塩漬け肉は、ほとんど空になりかけている。硬い黒パンの山も、この数日ですっかり小さくなった。


「将軍、これが最後の肉です。このままだと、今日一日で底をつきます」


補給係の兵士が、震える声で報告する。その瞳には、絶望の色が浮かんでいた。


「わかっている。だが、今は耐えるしかない」


ルガートは、その兵士の肩に手を置いた。その手は、冷たいグローブ越しでも、兵士の体温をわずかに感じ取ることができた。ルガートは、この兵士が、故郷に残してきた家族を思っていることを知っていた。彼らの故郷は、この砦の南、まだ雪の降らない暖かい場所にある。


(ここを抜かれれば、あいつらの故郷も…)


ルガートは、自らの感情を押し殺し、冷静に状況を分析する。冬はまだ始まったばかり。春が来るまで、この砦が持ち堪えるには、あとどれほどの物資が必要か。計算するまでもない。圧倒的に足りない。


その日の夕食時、兵士たちの間には、重苦しい沈黙が流れていた。配られたのは、ほんのわずかな粥と、硬くなった黒パンのかけらだけだった。彼らは無言でそれを口に運び、ただひたすらに、寒さと空腹に耐えていた。


ルガートは、そんな兵士たちの様子を、遠くから静かに見つめていた。彼は自分の食事を副官のレンに渡すと、そのまま砦の巡視へと向かう。


「将軍、食事は…」


「私は後でいい。それより、兵士たちの様子を見てくる」


レンはルガートの背中を見送りながら、彼がここ数日、まともな食事を取っていないことを知っていた。ルガートは常に兵士たちと同じものを口にし、時には自分の分を分け与えていた。だが、それでは、将軍である彼の体も、いつか限界を迎えてしまう。


ルガートが巡視していると、一人の兵士が通路の隅で倒れているのを見つけた。彼はすぐに駆け寄り、その兵士の体を揺さぶる。


「しっかりしろ!」


兵士の顔は真っ青で、体は氷のように冷たかった。凍傷が悪化し、高熱を出しているようだった。ルガートは迷わず、自分の外套を脱ぎ、その兵士の体にかけた。


(また、一人…)


ルガートは、心の中で静かに呟いた。彼がこの砦に着任して以来、凍傷や病気で倒れた兵士の数は、もはや数えきれない。


「将軍…大丈夫です…王都は、落ちませんから…」


朦朧とする意識の中で、兵士はそう呟いた。その言葉は、ルガートの胸に深く突き刺さる。


「ああ、そうだ。王都は、落ちぬ」


ルガートは、その兵士の言葉に呼応するように言った。


「南方の勇者が戦っている。だからこそ、我々がここで、敵の目を引きつけねばならない」


それは、自分自身に言い聞かせるための言葉でもあった。南方の勇者の活躍が、自分たち北方の兵士たちの命を無駄にしないための、唯一の希望だった。


翌朝、夜が明けるかどうかの薄暗い時間帯。ルガートは再び、兵士たちの訓練場に立った。凍りついた空気が、彼の呼吸を白く染める。


「皆、聞け」


ルガートの声が、静まり返った訓練場に響き渡る。


「物資は、もうない。だが、我々には剣がある。そして、この砦がある。この砦が落ちれば、魔族は王都へと向かう。そうなれば、我々の故郷も、家族も、すべてが失われる」


彼は兵士たちの顔を、一人一人、ゆっくりと見つめた。その瞳には、かつての将軍たちと同じ、諦めと、そして燃え盛るような決意が宿っていた。


「生き残るため、故郷を守るため。そして、南方の勇者がその使命を果たすまで。我々は、この地で、最後の壁となる」


ルガートの言葉は、熱い炎となって、兵士たちの心に灯った。彼らの瞳に、再び闘志が宿る。


その日、白牙の砦の兵士たちは、配給された最後の食料を分け合い、明日を生きるための力を蓄えた。しかし、彼らが知る由もなかった。魔族の精鋭が、この吹雪の夜を狙って、すでに砦のすぐそばまで迫っていることを。

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