第32話 脱出

「やーい、ちびっ子ー」

「えーっと、ちーび、ちーび」

「ち……ちびっ(ぼそぼそ)」


「そんなんじゃ全然ダメです! もっと! 悪意を込めて! 汚い言葉をくださーいっ!!」


 腰に手を当てて仁王立ちするマリルちゃんに向かって、ガガンボメンズが稚拙な悪口を浴びせている。


 そんな彼らを、レオナルド先生は怪訝な表情を浮かべて眺めていた。


「何を始めたんだ? あいつら」


「えーっとーですねぇ……朝、起きて、朝食用の食材が無いことに気付いたんです」


「そういや、用意してなかったな」


「ええ。それで、このままじゃヤバいんじゃないか?って、今更になって危機感を覚え始めたようで……」


「それが、どうして、ああなったんだよ」


「ほら、クラス対抗試合の最後、マリルちゃんが魔法の花火を打ち上げてたじゃないですか。あれをここで、ドンドコ打ち上げていれば、ベイルさんあたりが気付いてくれるんじゃないかと……」


「…………」


「で、魔力が足りてないから、プッツンすれば打てるかもって……あはは」


 その後も、しばらくの間、汚い言葉が飛び交っていたけど、効果は無かったようです。




◇ ◇ ◇




 レオナルド先生は、ウェスタニアの街までの距離を測るように指を動かしながら、つぶやいた。


「昔はウェスタニアからこの島まで、泳いで往復したらしいんだが……」


 驚愕する生徒たち──。


「今のお前たちの中じゃ……泳げそうなのは二人……三人ってとこか」


 アルフレッドくん、デュロスくん、あと一人は多分、ガガンボの筋肉担当、ギュスターヴくんだろう。


「はっはっはっ。レオナルド先生、この俺に期待を込めた熱い視線を向けられたようですが、ノンノン、ダメですよ。……俺、泳げませんから」


 ん? ギュスターヴくん、何て?


「……お前、泳げねーのかよ!?」

「そんなパンツ履いてるくせにー!?」

「豪快なバタフライとか、めっちゃ似合いそうやのになぁ」


「ぁー、そうなのかー(棒読み)」


 レオネル先生! その『どうでもいいや』って態度、やめてあげて!


「んじゃ、とりあえず、島をぐる~っと歩いてみっか。何か見つかるかもしれないし、何もみつからないかもしれない。けどまあ、半日もかからんだろ?」


 そうして、レオナルド先生の提案に乗って、島の外周をぐるっと歩いてみることになりました。




◇ ◇ ◇




 途中、岩場に登ってみたり、貝殻を拾ったり、カニを追い詰めてみたり──遠足みたいねぇ。


「うおおおおおーーーっ!! 見ろっ、あれ!!」


 突然、先頭を歩いていたアルフレッドくんの叫び声が響いた。


「何? 何!?」

「何かあったん!?」


「……あれ! 船だよな!?」


 アルフレッドくんの指さす先には──

 入江の奥、岩陰に隠れるようにして、古びた帆船が停泊していた。


「すごっ……これ、現役!? じゃないよね?」

「朽ちてそうだけど……海に出れるのかな」

「こいつぁ驚いたな。相当な年代物のようだが、腐ってはなさそうだ」


 メインマストが1本だけの小型だけど、造りはしっかりしてそうね。

 ちょっと幽霊船っぽい雰囲気はあるけど……。


「……って、アルフレッドくん!? 何してるの!?」


 彼はすでに船へと駆け上がり、船首に仁王立ちしていた。

 その辺りで拾ったらしい、海賊のような帽子までかぶって。


『ワーッハッハッハッ!! ついに復活の時がキターーーッ!!』


 あの感じ、まさか……。


『我こそは、この船の船長! キャプテン・ジャン・ジャック・ギブソン!! 貴様らー! さっさと帆を張れぇぇえええ!! 錨を上げろぉぉおおお!!!』


 やっぱり……また、なりきりプレイがはじまったみたい。


「アイアイサーッ! 船長!」

「へい、船長!」


 わーわーと騒ぐ一同。

 結局、勢いに押される形で──船を動かしてみることになりました。




◇ ◇ ◇




「おおお……動いた! 本当に動いた!!」


「魔道機関も、まだ活きてますよ。これなら帆を張らなくても、街へ帰るくらいは行けそうです」

 コンラッドくん、賢者の称位は伊達じゃなかった。


「進んでるー!」

「これで、ほんとに港まで帰れちゃう!?」


 盛り上がる生徒たちをよそに、船室の中を物色していたレオナルド先生が顔を出した。


「エリーシャ、ちょっとこっちへ」


 手招きされるままに、船室に入ってみると──船長室と思しき部屋の床には、何枚かの金貨が散らばっていた。

 大きな机の上には、ボロボロの海図が広げられたままになっている。


「これって……古い金貨? お宝だったりします?」


「こっちだ」


 レオナルド先生は船長の椅子の横に立って、手招きしている。

 回り込んでみると、その椅子には──恐らくは船長なのだろう……ミイラ化した死体が座っていた。

 その胸には、深々とナイフが刺さったままになっていた。


「──ッ!!」


 部屋の雰囲気などから、あたしでも察しがついた。この船は──海賊船だ。


「この状態になるには、10年~30年ってとこか。ま、詳しいことは学園に帰ってから調べてみよう」


 あたしたちは、ミイラに向かって簡易的な祈りを捧げると部屋を出た。


 海賊船は入江を抜けて、海へ出るところだった。


『貴様らぁー! 風を読めぇええ! 帆を張れぇええ! 面舵一杯ーーーッ!!』


「面舵って、どっちだ?」

「左じゃね?」

「ふっ、逆ですよ。面舵が右で、取り舵が左です」

「ぉぉーー」


『モタモタしてんじゃねぇぇえええ!!』


 ……アルフレッドくん、気合入り過ぎじゃない? 湾曲刀まで持ち出して──。


 そのノリに付き合って、デュロスくんが舵を切ると、海賊船はウェスタニアの街へ向かって海を滑り始めた。


『野郎どもォ! 港町はすぐそこだ! 酒と女と財宝が待ってるぞォ! グェッヘッヘッー!』


 やっぱり、様子がおかしい。

 みんなは調子に乗って遊んでるだけって思ってるみたいだけど、絶対おかしい!


 そう思った次の瞬間──


 メギャ☆ ガクンッ!


 船底に鈍い衝撃が走って、船体が傾き始めた!


『チクショウ! 岩に喰われやがったかーッ!』


「ちょ、待って待って……今のマジでヤバい音だったよね!?」

「船底! 水、入ってきてない!? 浸水、浸水!!」

「沈むのか!? 救命ボートは! 無いよな!?」


 船上はパニック状態になってるけど、レオナルド先生が冷静に浮き輪を皆に手渡してくれている。


 海賊船に浮き輪が常備されていたなんて……助かるからいいけど。


『野郎どもォ! この船はもう持たぁぁああん! お前たちは下りろ! 生き延びて、どこかの海で名を上げろ!』


「ちょっと、アルフレッドくん! いつまでやってんのよ! あなたも下りるわよ!」


 船尾に移動してポーズを決めてるアルフレッドくんに駆け寄って、力いっぱい引っ張ると──

 その反動で、海賊の帽子が脱げて足元に落ちた。


「……あ、エリーシャ先生。あれ? ここは海の上? みんなどうして──」


 足元に落ちた海賊の帽子……きっとコレ、カースドアイテム、呪われてるんだ。


「話はあと! 早くこの浮き輪もって、離れるのよ!」


 一応、この呪われた帽子は回収しといた方が良いわよね……。被らなきゃ平気かしら。




 そうして、あたしたちは、沈みゆく海賊船から脱出して、ウェスタニアの街まで泳いだのでした──。


 必死な形相で浮き輪にしがみつくギュスターヴくんが印象的でした。

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