第29話 語られた真実

 ドラゴンとの戦いから数日後──。


 学園内にある医療施設、通称”白壁しらかべ”の一室に、あたしたちは集まっている。


「しかし……不死身とは、ねぇ」


 レオナルド先生は、全身に包帯を巻かれてベッドに横たわり、ミイラのような有様でつぶやいています。


「俺らもさ、どこまで不死身か、よくわかってないだ」


 隣のベッドであぐらをかいて座るアルフレッドくんが、天井を眺めながら答えた。


「昔さ、まだトールソンで駆け回ってたガキん頃、めっちゃ高い崖から落っこちたことがあってさ……」


 アルフレッドくんの話を聞きながら、アランくんは懐かしさを噛みしめるように笑みを浮かべた。


「そん時、『あ、これは死んだな』って思ったんだけど、気付いたら、地面で寝ててさ。髪の毛なんか血でゴワゴワになってたのを今でも覚えてる」


「アルフレッドくんて、チビっこの頃から無鉄砲でやんちゃだったのね」


「へへへ」と笑うアルフレッドくんの横で、アランくんが静かに言った。


「僕の妹を助けるため……だったんです。アルは昔から……、不死身だって気付く前から、他人のために命を投げ出すことも厭わない、バカだったんですよ」

「だな」

「アラン、デュロスも! てめぇら、バカとはなんだ! バカとはー!」


 いつも通り、仲良しのど突き合い。なんだか、ホッとする。


「んで? “暁の契り”ってのは──」


「あ~、トールソンを出た俺たちはさ、アランちで世話になってたんだけど、自分らを鍛えなきゃならん!って、よく山でキャンプしてたんすよ」


「その時、大っきな野獣に襲われて、アルったら体半分くらい食べられちゃってね」


 シルフィちゃんが、あっけらかんと凄惨な過去を語ってくれます。


「あん時は、死んでたよな。俺」

「完璧に死んでましたよぉ」

「でも、そのお陰で俺たちは逃げれたんだよなぁ」

「野獣をまいて戻った時には、アルが食い散らかされててさ……」


「そうそう。そんで、せめて一か所にまとめて埋めてあげようって、並べてたら──、こないだみたいに光りだして、復活したんだよね」


「そして確信した! 俺、不死身じゃん!って」


「その時ちょうど、朝日が昇り始めた頃で、今度またその時みたいな危険な状況になったら『俺が囮になってでもみんなを護る』とか言いだして」

「『これは”暁の契り”だ!』ってね」

「デュロスがそれに感銘を受けたのか、ただ単に”暁の契り”って響きが気に入ったのか、号泣しちゃってねー」

「はぁ!? 泣いてねーよ! 寝不足で欠伸かいてただけだっつーの!」

 ・

 ・

 この子たち……思っていた以上に、命に係わる修羅場を経験してきていたのね。

 やばっまた涙が……


「エリちゃん、なんで泣いてるの!?」

「な、泣いてないわよ!? ホコリがー」




◇ ◇ ◇




 場の空気が落ち着くのを待って、レオナルド先生が話を戻した。


「で? 実際、どこまで不死身なんだ?」


「んー、なんで不死身なのかもわかってないし、回数制限があるかもしれないし、だから試してはみてないんだよなぁ」

「アルって、怪我の回復とか超速いよね。体力も無限か!?ってくらいタフだし」


「ふーん……ま、試さなかったのは賢明な判断、だな」


 そう言って、ちょっと考え込むようにしてから──


「なぁ……アルフレッド、お前さ、そのガキの頃に崖から落ちたって言ってたけど、それよりも前に、不思議な石板か石碑みたいなのを、見たり触ったりした記憶は無いか?」


 ……レオナルド先生、何か知ってるのかしら?

 そういえば、前にベイルさんが「石板が」って言ってたことがあったような……


 ちょうどその時、病室の扉を荒々しく開け放ち、ベイルさんが現れた。


「いよ~! タンポポの集団! 全員集合じゃねーか!!」


「ベイルさん、こんにちはー」


 相変わらず騒がしい声だわ……。


「何だ何だ、レオ、随分と男前になったじゃねーか」

「喧しいよ。お前の存在そのものが」

「がーっはっはっ」


「でも、丁度良かったぜ。今『石板』の話を切り出したとこだったんだ。わかるか?」


 それを聞いたベイルさんは、いつになく神妙な顔で、ただでさえ細い目を糸のように細くして、アルフレッドくんたちを見つめた。


「そうだな。一番強いのがアルフレッド……。デュロスとマリルも、わずかだが力を感じる」


「やっぱそうか。お前たち、幼少の頃に触れたことがあるはずだ。超古代文字が掘られた石板に」


「超古代文字が掘られた……石板?」

「アル! あん時のじゃない? 地下神殿に落っこちて彷徨ってた時の!」

「ぁーあー! そうだ! あん時、俺言ったんだっけ?『永遠の命を』とか」


「やっぱり、あったんだな」


 レオナルド先生と、ベイルさんは頷き合って続けた。


「──俺たちはそれを『エンシェント・ワーズ』と呼んでいる」


「「「エンシェント・ワーズ……」」」


 ……えーっと、なんだか、あたしだけ蚊帳の外みたいに感じるんだけど……

 あれ? でも、”超古代文字が掘られた石板”ってもしかして──


「あの、その石板について、もう少し詳しく……」


 う……誰も聞いてない……。


「アルが知ったかぶって『読めるんだぜー』とか言ったあと、ピカーって光って消えちゃったヤツだ」

「う……た、たしかに、知ったかぶってたけど、バレてた?」

「バレバレだったって」

「あの頃はさー」


 ……タンポポたちは想い出談義に花を咲かせ──。


「なるほど……」

「純真無垢な子供ほど想いは強く反応するってことなのかも……」


 レオナルド先生とベイルさんは何やら神妙な顔つきで納得しあっている。


「ちょっと! あたしにもわかるように説明してよー! アルフレッドくんの不死身体質もだけど、レオナルド先生だって何者なの! あの強さ、あの大剣はどっから出してどこやったのよ!! アルフレッドくんが生き返ったと思ったら倒れ込んじゃうし……大変だったんだからぁー」


「そうだ! まだ聞いてなかったぜ!」

「先生、あのドラゴンを倒したんだろ!?」

「大剣ってどんなのだった!?」

「どうやって倒したの!?」

「超スゲー必殺技とか!?」

「エリちゃん先生、泣き続けてて大変だったですよぉ」

「マリルちゃーん? 今は、あたしのことは放っておいていいのよー?」


「待て待て、ちゃんと話すから落ち着けって」


「レオ……いいんだな?」


 ベイルさんは、裏の事情を知っているようね。


「”アレ”がここに現れちまったんだ。遅かれ早かれ……総力戦だ」


 何かの覚悟を決めた目でレオナルド先生は、まっすぐに”前”を見つめた──。


「そうか……。そうだな。だが、その前に──」


 そう言ってベイルさんは、どこからともなく、フルーツの盛り合わせを取り出した。


「ティータイムにしようや」




◇ ◇ ◇




「さーて、何から話せばいいやら……。まずは、あの練習用ダンジョンに現れたドラゴンについてだが──」


(やっぱさ、レオナルド先生とエリーシャ先生って、怪しいよな)

(「あーん」ってしてたもんね)

(しかも、それが当然って顔で食べてましたよ)

(もうそういう仲なのでは)


 ……よかれと思った行動が、あらぬ誤解を招いているようです。


「し、しかたないでしょ! レオナルド先生、ミイラ男になってんだからー!」

「エリちゃん先生、ほっぺ、真っ赤だよぉ?」

「くっ……!」

「だーっはっはっ! レオもついに”その時”が来たか!?」


「……お前ら、俺の話、聞く気ある?」


 ビシっと背筋を伸ばして座りなおす、タンポポの集団。

 そして、レオナルド先生が語ってくれました。


「お前らも、昔話程度に聞いたことがあるとは思うが、十数年前にドラゴンの話──」


 みんな、うんうんと頷く。


「当時、あたしは四~五歳くらいだったから詳しい話はわからないけど、大勢の冒険者が戦いを挑んで、帰ってこれたのは、たった三人だけだったって話よね。その三人には”ドラスレ”の称位が与えられたっていう……」


「そうだ。その三人のうちの一人が俺で、もう一人がベイルだ。あとの一人が誰でどこへいったのかは知らん」


 ザワつく室内でベイルさんは、ただ黙って目を閉じている。


「オモテ向き、討伐されたことになっているドラゴン……ダークドラゴンだが、ヤツは死んじゃいない。空間の狭間へ逃げたんだ。あと一歩、届かなかった」


「じゃあ、あの練習用ダンジョンに現れたドラゴンが、そのダークドラゴンだったの?」


「ああ、でもあれは本体じゃねぇ。ヤツは肉片からいくつもの分体を作り出せるんだ。その1体だろうな。何かのキッカケで、あの場所に空間の門が開いちまったんだ」


「あの大剣──」と言いかけたとき、アルフレッドくんたちは、昔のドラゴン戦に興味津々だった。


「じゃあさ、昔のダークドラゴンってどのくらい強かったの?」

「ベイルさんも凄い人だったんだな! そんな気がしてたぜー」

「どうして、今はドラスレを名乗ってないんですか?」


 アランくんの一言で、若干空気が重くなったのを感じた。

 レオナルド先生は「それは……」と言葉を詰まらせている。


「……”今”、なんじゃねーのか? 話してやれよ」


 ベイルさんが静かにそう言って、レオナルド先生の背中に手を当てた。


「そう、だな」


 レオナルド先生は大きく深呼吸をして続けた。


「──昔のダークドラゴン討伐の際、俺たちは四人でパーティを組んで挑んだ。他にも数十人の腕利き冒険者と共に」


「……それじゃあ、パーティを組んでいた、あとのお二人は……」


「激戦の中で力尽きた……。俺が──、最も敬愛する二人だった」


 レオナルド先生は、珍しく弱気な目で、うわずった声を震わせていた。


「ところでエリーシャ、お前、両親のことは覚えているか?」


「え? あたしの? お父さんとお母さん?」


 おぼろげに覚えている景色はあるけれど、物心つく頃には、おじいちゃんや使用人さんたちに囲まれていたからなぁ。


「あんまり覚えてないのよねぇ……あたしが幼い頃、冒険に出た先で亡くなったってだけ聞いてるわ」


 レオナルド先生は一度、天井を仰いで目を瞑ると、絞り出すような声で言いました。


「俺とベイルがパーティを組んでいた二人っていうのが、お前の両親だった」


 え?


 ……ちょーっと突然過ぎて、頭が混乱してる。


 じゃあ、レオナルド先生は、あたしのこと最初から知ってた?


 おじいちゃんとの関係が少し気にはなってたけど、え?


「ええーっと……レオナルド、先生が、すごくその、深刻な話を切り出してくれた感は、あの、すごく伝わってきてるっていうか、あの、でも! 正直、両親のことは覚えてないし、あたしは、おじいちゃんと使用人さんたちに大切に育てられてきたし、そうだ! 冒険者になりたいって想いは、両親があたしを置いて冒険に出て死んじゃったって聞いて、それで、我が子を置いてでも冒険に出たくなるものなんだって思ったのがキッカケで……えっと……あたし、何言ってんだろ? あははっ」


「今は深く考えなくていいさ。ゆっくり、な」


 ベイルさんが優しい……。


「あり、がとう、ございます……。そっかぁー。あたしの両親とレオナルド先生と、ベイルさん。四人でパーティ組んで冒険してたんだー」


 悲しいとか、そういう感情は無かった。


 むしろ、嬉しく思えた。


 自分の両親は、凄い冒険者だったんだって、誇りに思えるくらいに。


 レオナルド先生は、今までその真実を胸に秘めて、あたしの面倒を見てくれていたのね……。


 そう思うと──────


「レオナルド先生、辛い話を打ち明けてくれて、ありがとうございます。でも──『実は俺がお前のパパだったんだよー!』なんてオチは、つかないですよね?」


「──はぁ? お前、何言って!? んなわけねーだろ! お前が産まれた時は、俺はまだ15かそこらのガキだぞ!」


「そっ! それなら、良かったぁ~♪」


「良かったって、お前、どういう意味だよ!」


 ふふふっ♪


 気になる人が、本当はお父さんだったーなんてオチにならなくて『良かった♪』って意味だけど、そんなことは言えませんよ。

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