第25話 ミノタウロスの寝所

 ミノタウロスの迷宮攻略から数日、モヤモヤは消えません。


「どう考えても変ですよー。所々にあった石板に、何が書かれていたのかもわからないままだし、最後に待ち構える強敵であるはずのミノタウロスが、まるで戦う気が無いみたいな動き方するし──」


 思いの丈をぶちまけた。


「まぁ、落ち着けって。練習用ダンジョンなんだから、石板にはそれらしい教訓じみたことが書かれてたんだと思うよ? 大昔に作られたダンジョンだから、今とはちょーっと言語が違うだけだろ……。ミノタウロスの動きは確かに緩かったけど、本物を再現しちゃったら今のあいつらでも勝てるかどうか……」


 レオナルド先生の言うこともわかるけど──


「じゃあ、入り口の看板は何なんですか? 【ミノタウロスの寝所】って。迷宮じゃなくて寝室じゃないですかー」


「そりゃー、昔はそういう名称で作られただけで、経年劣化でマニュアルはボロボロ、看板はコケだらけ、ダンジョンを作った当人たちは大昔の先生たちだもの。あとの代の人たちが勝手に付けたんだろ? ”迷宮”ってさ」


「”迷宮”というわりには、分岐が1つあるだけで1本道だったんですよ? おかしい。絶対におかしいですって」


「知らないよぉ~。”迷宮”っつった方が、挑む生徒たちのテンション上がったんじゃないのか~?」


 あ、もう面倒くさくなってきてる……。ほんとにこの人は、やる気が無いんだから~!


「そんでぇ~、エリーシャ先生はどうしたいの?」


「もちろん、再攻略です! 今度はあたし達も一緒に潜ります」


「”あたし達”って……俺もかよ!?」




◇ ◇ ◇




 そんなこんなで、再び【ミノタウロスの迷宮】もとい【ミノタウロスの寝所】へと、やってきました。


 アランくんとフーリオくんには、図書館から古代文字に関する書籍をいくつか借りてきてもらってるし、ベイルさんに貰った”紅蓮の刃”(勝手に命名)も帯刀したし、準備万端です。


「それじゃ~、出発しましょう。中の構造は把握しているから、危険はないと思うけど、シルフィちゃん、警戒お願いね!」

「オッケー♪」

「ミノタウロスでも何でも、俺がぶっ倒してやるぜー!」


 アルフレッドくんはやる気満々だけど、今回は討伐が目的じゃないのよねぇ。

 まずは、最初の部屋の石板から調査開始よ!




◇ ◇ ◇




「なるほど……これはルーン文字でござるな」

「こっちの本に似たような文字が書かれているよ」

「解読できそう?」

「任せるでござる」


 また料理のレシピだったーなんてオチは無いわよね。流石に──。


「この文字はー」

「望まない」

「刃を振るな?」

「うーん……」

「つまり、『争いを望まない者に対して、刃を振るな』ってことでござるな」

「凄い! 解読できたのね! やっぱり、無闇に戦っちゃダメってことなのよ。いい? アルフレッドくん。戦闘の指示はあたしが出すから、片っ端からぶっ倒しちゃダメよ?」

「ぉ、ぉぅ」


 前回と同様に、右側の通路へ進む。

 確かここで──いた!


「エリーシャ先生、あいつは倒して良いのか?」

「待って、確かマニュアルには”攻撃性なし”って書いてあったはず」

「だな。ミュータスって名前らしいぞ?」

「ちょっと様子を見てみましょう」


 ゆっくりと近付いていくと、距離を取るように通路の奥へと逃げて行くミュータス。

 青白くてツルツルした肌。大きさは子供くらいで、大きな目が特徴的。


 ミュータスは、こちらをチラリと振り返ると、そのまま小走りに通路の奥へと進んでいった。


「……どこまで行くんだろ、あれ」


 このまま進むと、次のモンスターと鉢合わすはずよね……。


 すると、案の定──


通路の先、曲がり角の向こうから、緑色の肌をしたゴブリンのようなモンスターが現れ、ミュータスに向かって武器を振り上げた。


「やめなさいッ!」


 反射的に飛び出すあたし。


 すかさず、アルフレッドくんとデュロスくんが前に出て、ゴブリンの攻撃を受け止める。


「こいつは普通に敵っぽいなーッ!」

「倒すぞ!」


 援護の必要もなく、あっという間にゴブリンは退けられた。


 ミュータスは、その様子をじっと見つめていたかと思うと、どこからともなく小さな瓶を取り出し──ぽんぽん、とあたしの足元に並べるようにして、ぺこりとお辞儀をして去っていった。


「……油瓶? 4つ?」

「まさか、お礼……?」

「なんだか、思いもしなかった展開だなぁ」

「こんな仕掛け? があるなんてな……」


 レオナルド先生も驚きを隠せない様子。

 ふふん♪ やっぱり、ただ討伐して進むだけのダンジョンじゃないのよ。ここは。




◇ ◇ ◇




 合流地点の部屋──。


「ここにも、石板があったわよね」


「解読するでござる」

「最初のと同じ、ルーン文字ですね」


 アランくんとフーリオくんの後ろで、彼らに意識を集中していた。


 その時──


「危ね!」

 背後を警戒していたレオナルド先生が、小さく叫ぶと同時に剣を抜いて一閃。

 反対側の通路から、数体のゴブリンが迫ってきてたみたいで……


「あ、ありがとうございます」

「なんの。どんな時でも、警戒を怠るなよー」


 たとえ練習用のダンジョンだとしても、警戒を怠らない──それが本物の冒険者。

 ただの怠け者じゃないってとこが、なんだか……ムカつくのよねぇ~。


「解読できたでござる」

「重要そうな部分だけ言うと、”通路の下に降りるのが正解”って感じですね」

「通路の下?……ってことは、あの落とし穴のことか?」


 デュロスくんが、思い出したように足元を見下ろす。


「前回ガガンボの連中が落ちてったの、ただの事故だと思ってたけど……あれ、実は正解ルートだったってことか?」


「そういえば、下にも石板があるって言ってたわね」


「くそー、なんか悔しいなー」


「誰が落ちる? アランとフーリオは必須だよな」

「特に危険はないだろうけど、俺が一緒に行くよ」


 デュロスくんが名乗り出た。男前~♪


「じゃ、行くぞ」

「いつでも良いでござる」

「OKです」


 そう言って3人は、なぜかクラウチングスタートの姿勢──。

 そして全力で、落とし穴に落ちるリアクション!?


「ぅわぁあああああ~!!」

「ひょえぇぇえええ!」

「あはははははーーーっ!!!」


 ……デュロスくん、ただ落ちたかっただけなのね。


「下、どお? 灯り足りてる?」


『大丈夫でござるよー』

『ホコリっぽいな……』

『ここも同じルーン文字です!』

『ええと……“眠りへ導くは、四柱の視線と祝福されし腕輪”──でござるな』

『まだ、続きがありますね。“赤を緑に、緑を青に”──?』


「赤? 緑、青? それだけ? “祝福されし腕輪”って、あの黄金の腕輪のことじゃないかしら?」

「“四柱の視線”? 神様は“柱”って数えるんだっけ?」

「まぁ、この先の大広間に行けば、何かわかるだろ」


 レオナルド先生が、通路の先を睨みつける。微妙に口角が上がっているのがわかる。

 ちょっと楽しくなってきてるんじゃない?


『おーい、もういいだろ? 早いとこ上げてくれよー』


 あ! ごめん、忘れてた……。

 



◇ ◇ ◇




 やってきました! 最後の大広間!


 玉座に座るミノタウロスは前回と同じように、重々しい呼吸と共に玉座から立ち上がると、

 大きなバトルアックスを振り上げ、咆哮を上げた。


「来るぞッ!」

「やっぱこいつ、ヤル気満々じゃねぇか!」


 レオナルド先生が前に出る。

 アルフレッドくんとデュロスくんも、それに続いて剣を構えた。


「倒しちゃダメよ! 時間を稼いで! みんなは周囲を探って!」


 あたしの叫びに応じて、マリルちゃんとシルフィちゃん、アランくん、フーリオくんが四方へと散っていく。


 部屋は広く、装飾らしいものはほとんど無い。

 なのですぐに、誰もが『それ』に気づいた。


「こっちの隅の柱に、石像が掘られてるです」

「こっちもだ!」

「これでござるな」

「でも外向いちゃってるね」


 それぞれの柱には、神々しい姿の石像が彫られていた。

 しかしその全てが、部屋の外側を向いていた。


「動きそうなんだけど動かない……固まってる?」

「でも、これ……台座の部分、回りそうだよ?」


「ミュータスに貰った油瓶──もしかして、これに使うんじゃ!?」


 一番近くのアランくんの元へ走り、瓶の口を開け、柱の根元に垂らした。


 すると──


 ズズズーっと軽やかな音を立て、柱が滑らかに回った。


「やった! 他の柱も!」


 全ての柱に油を塗り、石像たちの向きを部屋の中央へと揃える。

 すると、部屋の中央の床にぼんやりと魔法陣が輝きだした。


「先生! 誘導して!」


「おうっ!」


 レオナルド先生がミノタウロスの気を引き、魔法陣の傍へ誘導する。


『モ゛ォオオ……』


 ミノタウロスは中央へと歩み寄り、


 ──そして。


 その巨体が、魔法陣に完全に収まった瞬間──


 真っ赤だったミノタウロスのが、すうっと……

 優しげな緑色へと変色する。


「止まった……?」


「これが、“赤を緑に”ってこと……?」


「次、“緑を青に”……そうよ、腕輪! 黄金の腕輪を──!」


 シルフィちゃんが玉座の後ろから“黄金の腕輪”を拾い、恐る恐るミノタウロスの腕に装着する。


 次の瞬間──


 ミノタウロスは動き出し、静かに玉座へと歩を進める。

 そして、欠伸をかくように大きく一息吐いたあと、ゆっくりと座り込む。


 その目は──


 青。


 まるで、深い眠りに誘われるかのように。


 誰もが声を発せず、沈黙が降りる。


 ──と。


 パチパチパチパチ……。


 唐突に響き始めた拍手の音。


「えっ……?」

「なんだ?」


 突然、玉座の正面に光の粒子が集まり、数人の人影を成していく。


 彼らは立体映像──幻影のように透けていて、誰もが微笑んでいた。


 白衣の人物、ローブ姿の男女、若き日の教師と思しき人物──


『よくぞたどり着いた、生徒諸君』

『ここは、私たちが築いた“試練と安息”の迷宮──いや、寝所だ』


 中央の男が、優しい声で語り始める。


『このミノタウロスは村を護り、静かに生きる存在だった。しかし、無益な戦いを繰り返すうちに自我を壊しかけたミノタウロスは、目の前に現れる者を攻撃対象とみなすようになってしまったのだ。そんな彼の心を取り戻すために、この仕掛けを残したのだ』


『無益な戦いを避け、知を尽くして解を得る──君たちは、それを成し遂げた。』


 光の教師たちは、誇らしげに頷いた。


『【ミノタウロスの寝所】、クリアおめでとう──』


 そして、光はふわりと舞い上がり、静かに消えていった。


「…………」


 しばしの沈黙。


「すっげぇ……」

「なんだったんだ、今の……?」

「何の話だったんだろ?」


「……わかんねぇけど、とにかく、これで完全攻略、大正解ってことなんだろ?」


 レオナルド先生も、信じられないものを見たー!って顔してる。


 なんだか、胸の奥があったかくて、でも、ちょっと切なくて──

 忘れられない冒険をしたような、そんな気持ちになった。


「こりゃー、エリーシャ先生に一本取られたってとこだな」


 そう言って、レオナルド先生は握り拳をこちらに突き出してきた。

 あたしも、握り拳をコツンとぶつけて応える。


「スッゲー面白かったーー!!」

「ガキの頃を思い出すよなぁ」


 アルフレッドくんたちも、称え合って喜んでいる。


「あの地下神殿とか?」

「そうそう! あん頃は、こういうワクワクした冒険に憧れてたんだよなぁ」

「作られたダンジョンだったけど、すごい冒険した気がするね」

「でも、ミノタウロスはちょっと怖かったです」

「今は大人しく眠ってるぜ?」


 この子たちも、最初はあたしと同じ、キラキラした冒険に憧れていたんだ。

 悲惨な目にあったせいで忘れていただけなんだ。


 そんな冒険心を、ちょっとだけでも取り戻せたなら──

 このダンジョンを作った昔の先生たちも、冒険心に満ちた冒険者を育てたかったのかもしれない。


 あたしは、そんな先生になれるだろうか──



 ん? 違う違う! あたしは冒険者になるのよ! 先生になりたいわけじゃないから!!

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