第22話 クラス対抗試合 その6
『さぁぁぁぁぁあああああ!! お待たせしましたぁぁぁああああ!!!』
試合会場にフラメル先生の絶叫が響き渡る。もう、声ガラガラじゃない。
『いよいよクラス対抗試合、最終戦っっ!! 火花を散らす魔法の競演! 美しきフィナーレを飾るのはこのふたりぃぃぃ!!』
ズダダダーーッとドラムの音が長めに鳴り響き、両者、舞台中央へ歩み出る。
『まずは! 皇翼のガガンボから、炎と風、2属性を操る天才魔術師! 紅の貴公子! セルジュ・ルイギス・ラングレー!!』
真紅のローブに金糸の刺繍。手には装飾が施された杖、両手の指には幾つものリング……魔力を底上げする魔道具、フル装備じゃない!
『そして対するは! タンポポの綿毛が誇るちびっこ魔術師! その実力は未知数!? マリル・トールソン!!』
「ち、ちびっこって言わないでくださーーーいっ!!」
マリルちゃん、ローブの裾をぎゅっと握って顔が真っ赤。いつもの、ふわふわした雰囲気はどこへ──。
『ルールは単純明快っ! 制限時間内に、どれだけ多くのドロ人形を撃破できるかの勝負となります──!』
場内に多数のドロ人形が現れる。
『開始の合図とともに、魔法発動可能となります! それではぁー……レディィィー……ファイッッ!!』
――ぽすんっ。
小さく掲げたマリルちゃんの手から、水の弾丸がひとつ、ぴゅっと飛ぶ。
ドロ人形に直撃――したけど、ぐにゃんとよろめいた程度。なんとか形は崩れたけど……倒した、っていうには、ちょっと微妙な反応ね。
「……う、うーんっ! これでどうだっ!」
次は火の魔法。ぽっ、と赤い火花が咲いて、ドロ人形の端っこがじわぁ……って焦げていく。
『おぉっとぉ!? マリル選手も2属性の魔法を扱えるのか──! しかし苦戦している模様ぉぉぉ! 破壊力不足かぁぁぁ!?』
「あちゃー、”2”じゃ弱すぎたかー」
「アルフレッドくん、”2”って、例の魔威力制限?」
「うん。制限しとかないと、対戦相手が大怪我するかもだから、”2”までにしとけって言っちゃったんだよなぁ」
「相手がドロ人形なんだったら、制限なんかいらなかったな」
「マリルって、真面目過ぎるとこあるからねぇ。”2”って言ったなら”2”までしか使わないよ?」
デュロスくんもファリスちゃんも、心配そうに見守る。
試合中の、選手への直接指示等は禁止されているので、見守るしかないわね……。
「ははっ、そこのお子様は何をモタついているのかな~? 2属性魔法の使い方を見せてあげようか」
舞台の反対側、セルジュくんは風の刃を飛ばし、さらに火球でとどめを刺して、次々とドロ人形をなぎ倒していく。
「むぅー」
ぷくーっとほっぺたを膨らませるマリルちゃん──か、かわいい──♡
「まったく……魔法は才能と知性の結晶。どこの田舎者か知らないけど、そんな素人魔法でボクと競えると思ってたのか~い?」
あ……マリルちゃんの様子が……
「ちびっこはちびっこらしく、田舎へ帰ってマジックショーの真似事でもしてなよ」
【ブチッ】
「あ」
「ヤバ」
「あ~あ」
「死んだな」
「え? え? 何、今の音」
場内にひしめき合っているドロ人形たちが、小刻みに揺れている。
「ちびっこって言わないでって……言ったわよね。ねー!」
杖をゆっくりと横に構える。マリルちゃんの足元に、4つの魔法陣が重なるように展開される。
赤、青、白、緑──
「えっ……? 4属性同時!?」
ズンッッッッッッ!!
魔力の奔流が、地面を押し返したように爆発する!
空気がビリビリと震え、観客席の悲鳴と歓声が混ざる。赤ん坊が泣き出し、大人たちが思わず口を押えるほどの魔力の暴風。
「ヤッバ! 防護結界! 早くッ!!」
アルフレッドくんが叫ぶと、事を察した魔法科の先生が客席と会場の間に防護結界を展開する。
マリルちゃんは静かに、詠唱を始める。
『火よ、風よ、水よ、氷よ……集い、渦巻き、ひとつの輪となりて──』
4つの魔法陣が一斉に輝きを増し、マリルちゃんの杖先に凝縮されていく。
『“四重奏・天輪爆葬(クアドラ・サンクション)”──』
杖を振り下ろす!
その瞬間、舞台上に“嵐”が舞い降りた。
火の柱が縦横に駆け巡り、風がドロ人形の群れを斬り裂き、氷の刃が雨のように降り注ぎ、水流が渦を巻いてすべてを飲み込む──
セルジュくんはその場にへたり込んで、茫然自失といった表情のまま固まっている。
すべてのドロ人形をなぎ倒し、舞台の上には、何も残っていなかった。
砕けた泥の破片すら、浄化されるように蒸発していた。
それでも、マリルちゃんからあふれ出る魔力は止まらない。
まさか……暴走してる!?
ゆっくりと、いつものぽわぽわした表情を取り戻したマリルちゃんは、周囲の状況を察して『気まずい……』といった表情を見せる。
そして。
「最後に……これっ!」
マリルちゃんは、くるっと一回転すると、杖を高く掲げ──
『“花輪昇華(フローラル・アセンション)”!!』
ぱんっぱんっ! ぱあんっ!
魔力の花火がいくつも打ち上げられた。
火の蝶、氷の花、水の龍、風の鳥──色とりどりの魔法が、夕焼けの空を彩る。
まるで、“怒りの魔女”が、ちょっとだけ照れ隠しに花束を投げたみたいに。
『試合──終了ぉぉぉおおおおおっ!!』
フラメル先生の喉が、ついに音を上げた。もう、誰も突っ込む余裕すらない。
『勝者はーーー! 怒れる四季の魔女! マリル・トールソンっっっ!!!』
「「「うおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」
爆発のような歓声が、地面を揺らした。
◇ ◇ ◇
その晩、ウェスタニアの裏通りにある老舗の酒場『風車亭』では、盛大な打ち上げパーティが開かれました。
「皇翼のガガンボ、タンポポの綿毛、どちらも、お疲れ様ー! かんぱーーーい!!」
ジョッキがぶつかり合い、ジュースと酒とソーダと泡が天井まで飛んだ。
「うおおー! この串焼き! 昼のヤツより柔らかいー!!」
「それ、フーリオくんが厨房で手伝ってくれてるんだって!」
「そういや、あいつ、あれ?……いねぇ……」
「こっちの上品な料理はもしかして!?」
「ふふっ、フィオナさんと並んで厨房にいたわよ」
「え!? マジか!? あいつ、マジか!?」
「ベイルさん、ピッチ早過ぎですってばー!」
「筋肉が喜んでいるのだぁぁ!! ぬおっ、マスター、もう一杯ぃぃ!!」
店内は、笑い声と乾杯の音が絶えない。
テーブルには料理が山のように盛られ、生徒も先生も一緒に果実飲料で頬を赤らめながら盛り上がっていた。
そこへ、皇翼のガガンボ──一組の生徒数名が、控え目に姿を見せる。
先頭に立つのは、貴族の嫌味王子ことリオネルくん。その後ろに、高貴なる恥将のコンラッドくんと、赤っ恥の貴公子、セルジュくん。
「……あの……」
少しぎこちない笑顔で、彼は言った。
「試合での態度、いろいろと……失礼を。反省しています。今日はその……良ければ、一緒に飲ませてください」
色々と姑息な手段を使ったこと、ちゃんと反省してるみたいね。
サーっと静まり返る風車亭。でも──
「もちろんっすよ!」
アルフレッドくんの大声が、店内に風を吹かせた。
「同じアカデミーの仲間っしょ!」
「……こっちこそ、無礼があったら謝るよ」
「勝負は勝負。終わったら、握手っしょ!」
「もう、ちびっこって呼ばないでくださいよ?」
マリルちゃんも、ちょっと照れた笑顔でほっぺを膨らませている。
アランくんの前に歩み出たコンラッドくんは、”トールソン”のことを調べてきたらしく、謝罪して深々と頭を下げていた。
みんな、素直な良い子たちなんだ。
「……若いって、いいもんだな」
いつの間にか隣に立っていたレオナルド先生が呟いた。
「そうですねぇ。ちょっと妬けてきました。あたしも、冒険者になって、あんな素敵な仲間たちと冒険の旅がしたいなぁ……」
レオナルド先生はただ黙ってジョッキを差し出してくれました。
「さーて、昼間喰いそびれた串焼きでもご馳走になってくっかなー」
「がーっはっはっはっ!! 料理は奪い合い、酒は流し合い、宴は全て筋肉の糧となるのだぁぁ!!」
「お前っ! その串焼き!!」
ベイルさんは、最後まで元気でした。
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