第35話 祝福のゴールイン
高田家に現れた二人は、驚く両親ズに堂々と言い放った。
「ラリル様の身分を証明する法的手続きは全て完了しています。完璧メイドに不備はありません。これが書類一覧です」
シルヴィが分厚い封筒をローテーブルにパサリと置く。中から出生届、住民登録などと綴られた書類が顔を覗かせる。
「役所の者たちの常識を少しだけイジった。娘の幸せのためなら造作もないことだ」
ラリルが腕を組み、トンデモ発言でドヤ顔をする。しかもその手には、『今月分のオリハルコン』と書かれた布袋を握っていた。
「パパっ⁉︎ なんでここに⁉︎」「ロレルパパにシルヴィ⁉︎ お前らなんで……⁉︎」
もちろん何も聞かされていなかった二人は大混乱。だがそれ以上に、直樹の両親は大混乱していた。
「あ、貴方たち何でうちに勝手に上がり込んでるの⁉︎ というかロレルちゃんのご家族⁉︎」
「イケオジに美人メイド参戦⁉︎ ちょ、待って、父さん心の整理が……」
混乱しながらもラリルたちの素性を察する母と、直樹のオタク気質の根源である父の動揺。
シルヴィはそんな彼らをクールに一瞥すると、両手をパンッと大きく鳴らした。
「今言った通り、ロレル様はこちらの世界の住人として既に登録済み。あ、もちろん私もです。ロレル様の後を追いかけてから今日まで、こうなることを予測し、裏でずっと働きかけていました」
完璧、パーフェクト、死ぬほど有能メイドに不可能はない。そしてその不可能をさらに可能にしたのは、理不尽チート魔王の能力だった。
「直樹君は私も認めている。どうかうちの愛する娘を幸せにしてやってほしい。――この通りだ」
揃って深々と頭を下げるラリルとシルヴィ。言ってること、やってることは無茶苦茶だが、その真摯な態度が直樹の両親ズの動揺を収めた。
「――――降参よ。というか別に反対なんてしてなかったけどね」
「超降参で超賛成。今日からロレルちゃんは家族の一員だ。そちらの二人も、これからよろしくお願いします」
そしてついに認められる若い二人。
もはや反対する理由はない。家族ぐるみ、不安要素を全て取り除かれたら、大切な息子の門出を祝うしかない。
「お袋……親父……」
直樹の目に涙が浮かぶ。ロレルも同じく涙目になり、直樹に思いきり抱き付いた。
「やった……やったー! これで直樹と結婚だー! 愛してる! 愛してるよ直樹ーっ! これからもたっくさん愛し合おうね‼︎」
「おう! ってだから待てって! 俺が稼げるようになったらって言ったろ⁉︎ 絶対すぐ売れるようになるから我慢しろって!」
「…………ぶー! 直樹のいけずー!」
可愛らしく顔を膨らませるロレルに、両親がぷっと吹き出す。ラリルは娘の可愛すぎる仕草に「ぐおおおっ⁉︎ ノエル見てるか⁉︎ うちの子可愛すぎてるぞ⁉︎」とダメージを喰らい、シルヴィは穏やかに微笑んだ。
「ふははは、頼もしい息子だ。それとロレルちゃん、忘れそうだったが今月分のオリハルコンお小遣いだよ。こっちは新年らしいし、質の良いのをたくさん揃えてきた!」
「わーい! パパありがとう! 三番目に大好きだよー!」
「…………ノエル、パパやっぱり泣きそう」
ラリルの手から布袋がゴトンと落ち、中から輝かしい光が広がる。
それを見た直樹の父は、「え……まさかこれ、学会で発表された新鉱石じゃ……」と目を点にした。
「なんだ、やっぱ知ってたか鉱石オタク親父。……そうだよ、これが今の俺たちの収入源。ロレルパパが毎月届けてくれてんだよ」
「………………まじ? え、これ一つでいくらするんだ?」
「今は下世話な話はやめようぜ。……けど参考までに、その欠片一つで親父の手取りくらいかな」
直樹が仕方なく答えた言葉に、父の体から力が抜ける。そのまま母の膝に力なくもたれかかり、ラリルよろしく弱々しく呟いた。
「…………母さん、父さんも泣きそう」
――――季節は流れ、寒い冬から温かな春の日差しが木漏れる四月。
活気づく名古屋の小さなアパートに、直樹の喜びの声が響いた。
「やったぞロレル! ついに俺やりました! 今、某有名出版社からメール来やがりましたー!」
昼食後の昼下がり。春の眠気にソファーでうつらうつらしていたロレルは、直樹の興奮した声にガバッと起き上がった。
「ほんとっ⁉︎ おめでとう直樹! ついにISNがメジャーデビューするの⁉︎」
「やりましたね直樹。流石は私が認めた男です!」
窓の拭き掃除をしていたシルヴィも、興奮した顔で直樹に駆け寄る。
「おう! SNSで宣伝したり速水ちゃんが紹介してくれた効果かもな!」
「それもあるかもだけど、やっぱり直樹が頑張ったからだよ! 偉いね、頑張ったね直樹……私……すごく、嬉しい……よっ……」
直樹に抱き付き、感動で泣き始めるロレル。愛する直樹が世間に認められた。恋人として――妻としてこれほど嬉しいことはない。
「……ありがとなロレル、今まで支えてくれて。全部お前のお陰だ」
『おめでとうございますマスター。私も全力でサポートした甲斐がありました』
「おう。アイにも世話になった。これもロレルとアイとシルヴィのお陰だ」
改めて言い直す。ロレルの癒しと応援、シルヴィの献身的な生活サポート、アイの編集者並みの校正、どれが欠けてもISNの脱稿には至らなかった。
(みんなのお陰だ。俺一人じゃねえ。――これで、本当にロレルと結婚できる!)
「直樹! 約束! 結婚! 私、これで本当に直樹の奥さんになれる!」
「ああ! もちろんだ! 式はどうする? 新婚旅行は? 先に籍入れた方がいいのか? ……の前にみんなに報告だー!」
「おーー‼︎」
抱き合いながら舞い上がる二人。今なら何でもできそうな全能感を感じながら、無邪気にはしゃぎ回る。
『そういえばマスター。最近SNS上で流れてる噂はご存知ですか?』
「へ? 何のこと?」
しかしそれも束の間、アイの言葉に喜びの舞が中断された。
『なんでもISNが話題になり、マスターの黒魔術を模倣する投稿が流行っているとか。……中には黒魔術が成功し、魔族を召喚できたと写真付きでの投稿も見られますが』
「…………いやいや、そんなことあるわけ……」
「そ、そうだよアイ先生! 私と直樹は運命で結ばれてたからで、他の人にそんなこと――」
二人が否定していると、今度はシルヴィが声をあげた。
「私からも報告があります。最近魔界では魔族の行方不明事件が発生しているとのこと。……それに加え、ISNが魔界でもメガヒットしており、転移装置を使い、この世界への恋人探しツアーも企画されているとか」
「…………いやいやいや、それはない……とは言い切れねえ……」
「普通にありそう……家臣のみんな、転移装置を量産するって言ってたみたいだし……」
さっきまでの喜びが、何とも言えない気まずい雰囲気に変わっていく。
直樹とロレルは「えーっと……」「うーんと……」と少し考えると、二人して考えるのをやめた。
「ロレル、結婚しよう」
「うん! 結婚する!」
そして、何はともあれ目の前の幸福に浸ることにした。
四月一日。桜舞う季節。
二人は正式に夫婦となり、多くの人々、魔族たちに祝福された――――。
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