第34話 両親に追い詰められる超バカップル
――――二人が伊勢市に着いたのは十二時ちょうど。
伊勢神宮の最寄駅ということもあり、日本家屋をイメージした瓦屋根の駅は、伊勢神宮への参拝客で身動きも取れないほどごった返していた。
「うわぁ……すごい人だね……」
「だろ? 年明けから一週間は毎年これだ。地元民にとっちゃいい迷惑だぜ」
二人がいるのは駅の上空。直樹の能力で飛んで来て、そのまま伊勢市駅を見下ろしていた。
「ちなみに初詣も一週間……いや、二週間は空けた方がいいな。親父は一日に行きたがりやがってな、毎年お袋と説得すんの大変だったぜ」
両親の顔を思い出しながら話す直樹に、ロレルも「あはは、そうなんだ」と嬉しそうに答える。初めて聞く彼の両親の話は、ロレルにとって新鮮そのものだった。
「それで、何時に待ち合わせなの? そろそろ下に降りた方がよくない?」
「んーにゃ大丈夫。適当にタクシー捕まえて帰るって言ってある……けど、まあ飛んでくのが正解だな」
直樹もすっかり忘れていたが、整備された駅のロータリー。そのタクシー乗り場は、何時間かかるか分からない長蛇の列ができている。
「賛成。けど能力なしで普通に飛んでこ? 直樹の育った町を観てみたいの」
「おう、たっぷり観せてやるぜ。……つっても家まですぐだけどな」
「ぶーぶー! 直樹のおうちのいけずー!」
頬っぺたを膨らませるロレルに、直樹はぷはっと吹き出す。
「あははっ! しゃーないだろ! ……それじゃ、なるべくゆっくり飛んでこうぜ」
「うん!」
近くに見える大海原と緑の山々。豊かな自然に挟まれた伊勢の町を、二人は並んで飛んで行った――。
「――つーわけで到着! ここが俺の実家。高田家本山へようこそロレル」
「……ほわー。ここが、直樹の実家……」
空を飛び十五分。二人が降り立ったのは市街にある一軒家の前。雪が薄っすら積もった青い瓦屋根。薄灰色の外壁の二階建ての家は、ごく平凡な一戸建てだ。
「ああ。……なーんも変わってねえ。俺が出てった頃のまんまだ」
「ふむふむ、つまり直樹の部屋もそのまま保管されてる可能性が⁉︎」
「めちゃくちゃある。てか多分片付けてねえだろうな」
「ひゃっふー! 過去直樹の遺産だー! 気になってた漫画あるし、ぜーんぶ読破しよーっと!」
両手を突き上げ体全体で喜びを表現するロレルに、直樹は目を丸くする。
(ああ、ほんとに俺、ロレルと会えて良かった)
目と鼻の先に迫り、やはり目を背けたくなる自分の部屋。だがロレルは無邪気に喜んでみせた。深層世界の中となんら変わらない、純粋な好奇心を全開にしている。
するとロレルの高い声に応えるように、玄関がガチャリと音を立てた。
「もしかして直樹ー? タクシー乗れた……の…………へ?」
扉から顔を出したのは、ザ・主婦といった中年女性。直樹によく似た流し目は、息子と手を繋ぐ少女の姿に見開かれ、歯磨き中の口から歯ブラシがポロッと落下した。
「……ようお袋。久しぶり」
「は、初めましてお母様! 私、ロレル・リラと言います!」
照れ隠しに素っ気ない挨拶をする直樹と、緊張マックスで仰々しく頭を下げるロレル。『久しぶりにそっちに帰るよ』としか聞いていなかった母親は、まさかすぎる事態に完全にフリーズした。
「……お……お……」
そして状態異常・麻痺が解けていくように、プルプルと肩を震わせた。
「お父さーん‼︎ 直樹が……直樹が見たこともない美少女連れて帰ってきたわよーーーっ‼︎」
突然の絶叫に固まる二人。そんな二人に構わず、家の奥から大きな足音がドタバタ聞こえた。
「んなにーー⁉︎ 見せろ! 父さんにも見せろー!」
母親を押しのけ顔を出す父親。新聞を片手にダラしない部屋着の彼は、直樹そっくりに通った鼻筋だが、鼻の穴が興奮で開きまくっている。
「え……悪魔のコスプレ……? いや、天使……? …………天使のロリ美少女だーーーッ‼︎」
ロレルを見た父親も絶叫を上げる。あまりに騒がしすぎる歓迎に、ロレルも珍しくフリーズする。
「……え……えっと……私、直樹の婚約者で……」
しかし意を決したロレルの自己紹介に、両親は揃って固まった。
「「え……はぁ⁉︎」」
――二人が通されたのは高田家のリビング。フローリングの隅では電気ストーブがカタカタと部屋を暖め、カーテンやラグは温暖色で揃えられた温かみのある部屋。
普段は付けっぱなしのテレビは真っ暗な画面で沈黙を垂れ流し、四人が向かい合わせに座ったミルク色のソファーに挟まれ、ローテーブルの上には玄米茶が湯気を昇らせていた。
「――――えーっと、つまりロレルちゃんは魔界を統治する魔王の娘さんで、直樹と結婚を前提に付き合ってる……ってことかしら?」
「はい、そうです」
包み隠さず事情を説明した直樹とロレルに、母親は改めて確認した。答えたロレルの目はどこまでも真っ直ぐで、どう見ても本当のことを言っているようにしか見えない。
「……直樹、一応父さんからも確認だ。…………ガチで言ってるのか?」
「ああ、本気で本当だ。俺とロレルは愛し合ってる。それに歳だってロレルは俺たちよりずっと歳上だ。何も問題ないだろ?」
久しぶりに帰って来た息子が見せる真剣な眼差し。高校卒業と同時に家を飛び出した逃避行息子は、一人の女性を愛する男になって帰ってきた。
その成長は両親を驚かせるのに十分だったが、いかんせん二人の話は現実離れしすぎており、両親は素直に喜べなかった。
「そうか…………なあ母さん、どう思う?」
ロレルをチラチラ見ながら父親が訊ねる。その目はどこかソワソワしながらも、気持ちを抑えているようだ。
「……二人が真剣なのは分かったわ。だけど二年も連絡もなかった直樹からいきなり帰るって連絡が来て、オマケにこんな可愛い娘さんを婚約者として連れて来るなんて…………真偽はともかく少し頭を整理させて」
最初のハイテンションはどこへやら。息子に劣らず現実的な母が、二人を交互に見ながら口に手を当てる。
(……まあこうなることは分かってた。けどそれがどうした。たとえ二人に反対されても、俺たちの気持ちは変わらねえ)
ロレルに手を重ねる。彼女もやはり不安だったのか、直樹の手に自分の手を重ね、揺れる瞳で直樹を見上げる。
「――大丈夫だ。安心しろロレル」
「う、うん。……大丈夫、直樹が隣にいてくれるから、何も怖くないよ」
「おう、任せろ」
どう見ても恋人の――深く愛し合っているやり取りを交わした二人に、両親は顔を見合わせた。
すると父はもう我慢の限界だったのか、一度深呼吸をして立ち上がった。
「許す! 息子をこんな立派な男にしてくれたロレルちゃんを全面的に信じる! うちの倅を頼む!」
「言うと思ったわよお父さん。――だけど待って。仮にこの子たちの言葉を信じるならロレルちゃんの戸籍とか法的な問題はどうするの? それに聞いたところ、直樹は今働いてないのよ? お金はどうしてるの?」
ガバッと頭を下げた父に、現実的すぎる疑問を呈する母。あまりに的確な指摘は、かつて直樹が思考を放棄した問題だった。
「「それは……」」
二人して言葉に詰まる。金についてはオリハルコン収入があるが、これを話せば大騒ぎになる。かといってISNはまだまだ執筆中であり、作家デビューできるとしてもまだ先の話。
そして何よりロレルの戸籍や住民票など、法的な手続きは何も考えていなかった。
「ほらみなさい。二人が好き同士なのは伝わったけど、入籍とか婚約はまだ認められません。まずはロレルちゃんの身辺整理をしたうえで、然るべき手順を踏んでから。それに結婚は他人同士が家族になるのよ? ロレルちゃんのお家の方にも会ってみないと――」
次々と飛び出す現実問題攻撃。直樹以上の現実主義者の母が、さらに言葉を続けようとした時――。
ピンポーン。
――と、チャイムの音が鳴った。
「誰かしら? 父さん、見てきてくれる?」
「あ、ああ……母さん、あまり二人をイジメないであげて」
「イジメてない。あくまで現実的な話をしてるだけよ。ほら、早く行った」
「はい……」
高田家を支えるのは母。直樹と同じく、父は母に逆らえない悲しき血筋。心配する父が渋々玄関に向かうと、母は「ふぅ……」と、湯呑みに手を伸ばした。
「……直樹、どうしたらいいの?」
「……お袋の言うことはもっともだ。まずはロレルの戸籍から何とかするとして……どれくらい時間がかかるんだろうな……」
「分かんないよ……」
二人して消沈する。正論に正論を重ねられ、流石のロレルも何も言い返せない。
もちろん母は二人を想ってこその指摘であり、二人の仲を裂くつもりは一切ないため、なおのこと反論できなかった。
――その時、玄関に向かった父の悲鳴が聞こえた。
「うわあああっ⁉︎ ええ、どちら様⁉︎ うちに何の御用ですか⁉︎」
「失礼。お邪魔する」
「押し通ります」
続いて聞こえたのは覚えのある中年の声と、聞き慣れた女性の声。
「ま、待て! 母さん、警察! 警察呼んで!」
父が情けない声で助けを求めるが、二つの足音が遠慮なくリビングの前に立ち、ガチャリと扉が開いた。
「話は聞かせてもらいました。全て問題ありません」
「我は絶対支配者ラリル・リラ! ――どうも、ロレルの父です」
最強魔王と最強メイドの、救世主コンビが登場した――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます