第33話 多分世界一ロマンチックな年越しと呆れ果てるアイ

 ――二人は地表を離れ、青く美しい星を眺めていた。

 直樹の魔力が二人の体を包み寒さは感じない。そして器用にも地上と繋いだ空間跳躍ゲートは、魔力の膜の中を酸素で満たしている。

 一瞬でこんな芸当ができるのは現代魔王ならではだが、その力は愛する彼女のためにしか使わないと決めていた。

 そして今こそ、その力を使うタイミングだった。

「こんなところに来てどうしたの直樹? ロレルさんはビックリだよ」

「ごめんなロレル。どうしても今、お前と二人きりになりたかったんだ」

「ひょ? どういうこと?」

 不思議そうな顔をする彼女だが怯えはない。心から直樹の全てを信じている。

 直樹もそれを理解しており、ロレルの両手を正面から握りしめた。

「……今年、俺はロレルのお陰で変われた――いや、生まれ変われた。本当に最高の年になった」

 突然始まる告白にロレルは目を丸くしたが、直樹の真剣な表情に朗らかな顔になる。

「……うん」

「今年一年、ありがとうロレル。来年も、そのまた来年も……これから先ずっと、俺のそばにいてくれ。……世界一愛してる」

 告げたのは未来への――永遠の愛の誓い。二人だけの世界に、直樹の真摯な言葉が優しく響く。

 ロレルの目に大粒の涙が浮かぶ。だがそれは悲しみからではなく、身に余る幸福がもたらす至福の雫。

「……うん、うんっ……もちろんだよ。これから先、どんなことがあっても直樹を信じてる……ずーーーっと直樹のそばにいる。直樹はね、私にとっての全てなの。直樹がいてくれるだけで、私は世界一幸せなの。……永遠に愛してるよ」

 言い終わり、自然と重なる唇。体温を、愛を伝え合い、離れないように抱きしめ合う。


 地上では今まさに年が移ろい、皆が新年を喜びで迎える中――――二人はいつまでも熱く抱きしめ合っていた。



 ――――二人が永遠の愛を誓った翌日。つまり新たな一年の始まり、元旦元日。

 昨夜あれだけロマンチックな年越しを迎えた二人は、その後シルヴィのことも忘れ、二人だけでアパートに帰っていた。

「ふあぁ……よく寝た……」

 先に目を覚ました直樹が目を擦ると、すぐ隣から可愛らしい寝息が聞こえた。

「すぴ……私は……直樹の、奥さん……すぴー」

 毛布に包まれ幸せそうに眠るロレル。直樹はそんな彼女の頭を優しく撫で、やはり優しく目を細めた。

(天使だ……天使がいる……)

 すっかり見慣れたはずの寝顔に、毎日感動し続ける直樹。その可愛さは写真を撮らずにいられないほどで、やたら慣れた手付きで枕元のスマホのカメラを起動させる。

「――うーし、新年初ロレルゲット。俺のロレルフォルダも喜んでるぜ」

 ロレルの写真で埋め尽くされたフォルダ。もちろん盗撮だけでなく、シルヴィに撮ってもらったツーショットや、クリスマスケーキの蝋燭を楽しそうに吹き消しているロレルも入っている。

「んー、どのロレルも可愛いすぎだな。……あ、この写真、首にキスマーク映ってる……」

 もう一度現実のロレルを見る。そこには写真と同じく、首筋に赤いマークがいくつも付いていた。

「……跳ばしとくか。親父やお袋に見られたら気まずすぎるし」

 そっと指でなぞると綺麗サッパリ消えるキスマーク。昨日愛し合った痕跡が消えるのは少し寂しいが、そんなこと言ってられない。

「うし、これで完璧。そろそろ起きて準備すっか」

 そうして立ち上がろうとした直樹だが、その手は眠っていたはずのロレルにガッシリ掴まれた。

「おはよー直樹……まだ起きたくなーい……」

「おはようロレル。けど今日は俺の実家に行く予定だし、早めに起きようぜ?」

 壁に掛けてある時計は朝七時を指している。朝食を食べて、ゴロゴロしてから駅に向かえば、昼頃には伊勢市に到着できる時間だ。

「むー。直樹が飛ばしてくれたら一瞬だよ?」

「まあそうだけど」

「じゃあ直樹…………朝のチュー……して?」

 目を瞑り、唇を突き出してくるロレル。隠すことない要求に、直樹は躊躇いを見せた。

「…………いや、そうしたいけど、今日は流石に……」

「して?」

「はい……」

 逆らえるはずもなくロレルに覆い被さる。直樹としても嫌なはずがない。嫌なはずがないが、この後の展開が予想できてしまい、もう一度時計を眺めた。

「んちゅー」

「はい、ちゅー。――――ロレル、今日は、その……」

「むむむーっ! 私にしゅーちゅーしてない! もっかい!」

「はい」

 もう一度、今度は要求通り情熱的に。そして流される、彼女の欲望に。

「えへへへ。直樹のちゅーのせいで、もっと欲しくなっちゃった。…………ダメ?」

「…………はぁ、もういいや、いざとなったら時間でも跳ばしてなんとかなるだろ!」

 そんなことしたら逆に時間がなくなるが、意味不明な感情論が発動する。

「言っとくけど止まんねーからな!」

「キャー! 直樹のケダモノー!」

 セリフとは裏腹にウッキウキのロレル。直樹は彼女の毛布をガバッと剥がし、その小さな胸に飛び込んだ。


『……はぁ……今年も相変わらずですね。あ、あけおめことよろです』


 アイの呆れ声にも気付かず、二人は『超バカップル』生活に没頭した――。

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