平穏への回帰、超バカップルたちのその後

第31話 ハゲて爆ぜろリア充

 ――超バカップルが爆誕し二ヶ月。

 季節はすっかり冬も真冬。テレビや動画サイトは、いよいよ明日に迫った年越しに向け、皆が皆盛り上がっていた。

「ねーねー直樹ー」

「んー? どしたー?」

 マミムメゾンの一室では、ノートパソコンと睨めっこする直樹と、彼の膝枕をスリスリしまくるロレルがいた。

「今どれくらい書けたー? もう私とチューしたー?」

「んーにゃまだまだ。今シルヴィのメイクラでぐっさん――じゃなくて、レオタードすね毛ロリコンが倒されたところー」

「おー、ついに山口さんが倒されたー。後で読ませてねー?」

「ういー」

 直樹が紡いでいるのは、ロレルと出会ってから今日までの想い出。そして近い将来、日本と魔界で大ヒットする『ISN 〜異世界侵食都市名古屋〜』と銘打ったノンフィクションWEB小説。

「楽しみにしてるよー? それが有名になったら直樹は作家さん。毎日私とイチャイチャしながらお金も稼げるんだからー」

「今もイチャイチャしっぱだろ。てか期待しててくれ、めちゃくちゃ面白いからな」

「うん! もちろん信じてるよ。なんたって直樹は私の旦那さんだもーん」

「だから気が早いって。明日うちの両親に挨拶して、このISNで作家デビューするまで我慢してくれ」

 これが直樹が進んだ道。男としてロレルを養うため始めた執筆。元々自分の好きなアニメやキャラの夢小説や妄想を書き、自分だけのオカズにしていたオタク。

 正直ラリルの――定期的なオリハルコン配達のお陰で金には困らない。だがそれはそれとして、何か手に職を持つべきだと考えた直樹は、こうして執筆作業へと至ったのだった。

(――てかこれがノンフィクションだなんて誰も信じねーだろうな。……それにこんな面白い実体験、受けねーはずがねえ)

 オタクとしての直感が告げる。控えめに言ってもクソ面白いと。

 そして何より、こうして在宅でできる仕事なら、いつでもロレルと一緒にいられる。

「……ぐへへへへへ。ヤッベ、久しぶりに書くの楽しすぎワロタ。ロレルも可愛すぎて萌え死ぬ」

『マスター、流石にそのスラングは古すぎるかと。ですが楽しそうで何よりです。校正は私に任せてください』

「はっ⁉︎ ……頼んだぜアイ先生。ただしあくまで校正だけだからな?」

『当然です。なんなら感想や評価もお伝えしますよ。私とマスターの力なら大ヒット間違いなしです』

「頼もしすぎて草」

 アイも完全に協力体制。直樹はオタク時代の口調を隠すこともなく、ダラしなく顔を緩ませる。

「今の直樹も可愛い。チューしていい?」

「……ロレルまじエンジェル。好きすぎて辛い……」

「えへへ、はいチュー!」

「んー!」

『………………チッ、爆ぜろ』

 見兼ねたアイがボソリと呟く。しかしこうなった二人の耳にはそんな言葉届かない。

「……ねえ直樹……足りない、かも」

「……ああ、俺もスイッチ入っちまった」

『またこのパターンですか。爆ぜ散らかせクソが』

 昂る熱情。荒ぶるアイ。カオスな部屋にノックの音が飛び込んだ。

「ただいま帰りました。執筆は順調ですか直……樹…………。ハゲて爆ぜろ」

「うげ! お、おかえりシルヴィ! お疲れ様!」

「し、シルヴィ⁉︎ もうおせち買ってきたの⁉︎」

 シルヴィの帰宅により二人のイチャイチャが強制中断される。直樹はロレルを押し倒した体勢から、両手にズッシリしたレジ袋を抱えたシルヴィに向き直った。

『助かりましたシルヴィ。危うくマスターが執筆中のデータをデリートするところでした』

「礼には及びませんアイ。こんな日中から盛られたら、私の居場所もなくなってしまいますから。――それと今さらですが、私たちが交互に喋るとキャラが混合しますね」

『気付いてしまいましたか。これからは被らないように気を付けましょう』

「ええ、そうしましょう」

 とんでもないメタ発言を交わし、意気投合する二人。最近ますます直樹への当たりが強くなったが、これも超バカップルのせいで間違いない。

「それで? 物語はどこまで進んだんですか? もう私の活躍まで描けましたか?」

「お、おう、今メイクラが決まったところ。次はアイのレポートを挟んで、次章のむみぃ戦への導入だな」

 ズイッと直樹を押しのけ、シルヴィが画面を覗く。瞳だけを上下に動かして内容を確認すると、ふんすと鼻を鳴らし頷いた。

「少々荒削りですが及第点です。あっ、それと本編ではメイクラと略称はダメですよ? メイドクラッシャーは私のアイデンティティなんですから」

「すまん、多分もう遅い」

 直樹もメタ発言で返す。シルヴィからジトリと睨まれると、下からロレルの恨み節が聞こえた。

「直樹、シルヴィと顔近くない? いつも言ってるよね? 五十センチ以上の顔接近は禁止って。パパに相談しちゃうよ?」

「俺に非があったか⁉︎ ――けどすまん! お前を不安にさせた俺が悪いよな! この通り、どうか許してくださいロレル様あああああ!」

 元・童貞魔王がすぐさま土下座をカマす。彼女のバックには魔界の最強魔王が付いており、さらに彼女は最強魔王以上の存在である。しかも直樹の最愛の恋人ともなれば、一生尻に敷かれるのは確定している。

(……なんて、ロレルの可愛い尻になら、いくらでも敷かれたいくらいだ)

「ゆるーす。もう怒ってないから、顔上げて?」

「ひゃい」

 聖母の声に、直樹が顔を上げる。そこには青く宝石のような瞳が、彼に微笑みかけていた。

「はい、仲直りのぎゅーっ」

 直樹の顔を愛おしそうに抱きしめるロレル。薄い部屋着の奥から彼女の柔肌を感じ、直樹は幸せに包まれた。

「……俺の彼女、最強すぎ……」



 ――凍えるような外気に響く鐘の音。時はいよいよ大晦日の終盤となり、誰もが何ともいえない高揚感を感じる一年の終わり。

 普段は人も少ない深夜の街路は、この日ばかりは振り袖やダウンジャケットの人々が嬉々として出歩いている。

 そんな中、直樹たちもアパートから外に繰り出していた。

「どこに向かうんですか直樹?」

 メイド服ではなく、妖艶な紫の振り袖に着替えたシルヴィが直樹に尋ねる。結い上げた水色の髪、普段見せない真っ白なうなじが月夜に照らされ、直樹は慌てて目を逸らす。

「あ、熱田神宮だよ。今夜だけは朝まで参拝できるし、屋台とかで賑わってんだ。っぱ大晦日といったらこれだからな」

 ドキドキしながら返す直樹は、紺色のロングジャケットと革ブーツ。シルバーのチェーンや銀の刺繍が、袖、裾、背中に施されたジャケットは、厨二感が溢れている。

「この服歩きにくーい。けどフリフリして可愛い。どう直樹? 色っぽい?」

 そんな直樹の隣を歩くロレルは、ピンクの振り袖を可憐に着こなしていた。真っ直ぐに下ろした銀髪と白い角が月光に煌めき、リップクリームでプルンと潤った唇に、直樹の視線が釘付けになる。

「世界可愛さランキング一位。殿堂入り確定。――世界を創造した神々ですら、ロレルの前では霞んでしまうよマイエンジェル……」

「嬉しい……にゃおきもカッコいいよ……」

「ロレル様気を確かに。にゃおきってなんですか、知能が低下しすぎですよ」

 超バカップル全開にシルヴィがツッコむ。実際すれ違う男たちは、ロレルとシルヴィをガン見しては、連れの恋人や家族からバシッと叩かれている。

 しかしそんな馬鹿なやり取りをしている三人に、通行人の一人が近付いて来た。それは見覚えのある――というかマミムメゾンの住人の一人、元・レオタードすね毛ロリコンこと山口誠。

「あ、どうもこんばんわ高田君。ロレルちゃんとシルヴィちゃんも一緒に年越し参拝かい?」

「おっ、どうも、その通りっす。山口さんも参拝っすか?」

「あら、こんばんわ山口さん」「こんばんわ!」

 あれからちょくちょくとご近所付き合いができた山口に、三人が軽く会釈する。

「いや、僕は……夜の散歩だよ。冬の夜こそ深夜散歩にうってつけだからね」

「へー、夜散歩いいっすね。そのロングコートも似合ってるし、大人って感じがしますわ」

「あはは、ありがとう高田君。――それじゃあ僕は散歩の続きするね。今日は河川敷を闊歩したいんだ」

 挨拶もそこそこに、ソワソワした山口が別れを告げる。ロレルの能力で人間に戻った山口は、表面上はごく普通のご近所さんになっていた。

「え、了解っす。寒いから気をつけてくださいね」

「うん、ありがとう高田君。二人もまたね」

 黒いコートをなびかせ、笑顔で去っていく山口。直樹も笑顔で頭を下げ、彼の後ろ姿を見送った。

 一方、ロレルとシルヴィは目線を交わし、直樹に聞こえないように呟いた。

「……なあシルヴィ……あのコートの下、どうなってると思う? こんな時間に、本当にただの散歩だと思うか?」

「…………趣味は人それぞれです……そのうちニュースになりそうですが……」

 直樹の覚醒により名古屋の魔界化は解けた。直樹から溢れる魔素は直樹自身と、直樹の能力でロレルとシルヴィのみに絞って跳ばされている。

 つまり山口のコートの下に隠された趣味――ド派手なピンクレオタードは、あくまで彼個人の嗜好である。

「ん? どうしたんだ二人とも? 早く行こーぜ」

「う、うん! 分かってるよ!」

「そうですね、早く行きましょう」

 知らないのは直樹だけ。だが二人は、直樹にはこのままでいてほしいと思い、彼に連れ添って歩き出した――。

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