第30話 初夜とランクアップ
――――その日の夜。
アパートに帰った直樹は、ロレルの用意したカップラーメンを啜り、風呂で疲れと汗を流したところだった。
しかし部屋にシルヴィの姿はなく、直樹は自室の布団でゴロリと天井を見上げていた。
『それでは二人とも、私は野暮用ついでにこの人を魔界に送り届けます。――一週間は帰らないと思うので、どうぞごゆっくり』
あの後、シルヴィはラリルを連れ魔界に転移した。野暮用が何かは教えてくれなかったが、疲労困憊の直樹はそれを聞くこともしなかった。
(これで本当に全部解決か。今日は色々ありすぎた。てか体中痛くて動けねえ……)
一度自覚した疲労は、底なし沼のように直樹を絡め取る。能力で跳ばすことすら億劫だと、直樹は枕を堪能した。
そこに――。
「直樹、起きてる?」
カチャリと開かれた扉から、チョコンとした角と銀髪が生えた。続いて愛しい彼女が、上気した顔をヒョコリと覗かせる。
「ん、起きてるよ。どうしたんだ?」
風呂上がりのホカホカロレル襲来。まだしっとり濡れた髪を広げ、直樹の隣に「よいしょっ」と寝転がる。
「……二人きり、だね」
「――――ハッ⁉︎」
完全に忘れていた。ロレルと交わした蜜月の約束が、直樹の脳裏を駆け巡る。熱くトロけた表情のロレルが、もじもじしながら顔を近付けてくる。
「……ねえ直樹……私ね……」
「ちょ、ちょっと待てロレル! 今日は流石に疲れてるし、また明日にでも――」
「ん? 何言ってるの直樹? ……私はただ、直樹にありがとうって伝えたかったんだよ?」
「……え?」
甘い吐息が直樹の顔をくすぐる。ロレルは一度目を閉じると、自分の気持ちを一つ一つ紡ぎ始めた。
「直樹のお陰でパパに本心をぶつけられた。ずーっと言えなかったワガママも言えた。――直樹が私に勇気をくれたの。直樹が私を助けてくれたの、救ってくれたの」
「ロレル……」
きっと長い間遠慮していたんだろう。ノエルを失い、自分への教育に傾向したラリルに。その傍らで、完璧な魔王として魔界を統治する立派な父親に、ロレルはロレルで気を遣っていた。
ロレルも分かっていた。母を失った悲しみは形容できなかったが、どんな時もシルヴィがそばにいてくれた。頭の良いロレルは、自分の置かれた立場、ラリルの期待を背負い、魔王女として仮面を生きる道を選んだ。
「直樹だけじゃないの。私もずーっと仮面を付けて生きてきた。……だけど、直樹が私の仮面を外してくれた。本当の私を受け入れてくれた。……ありがとう、直樹」
健気すぎる少女の本音。本心を全て晒け出した彼女に、直樹も応える。
「……俺の方こそ感謝してる。自分の過去が大嫌いだった。全部無かったことにして、見ないフリをして生きてきた。……だけど違った。どんなに逃げても過去はなくならねえ。当たり前だ。過去があるから今がある。これまでの積み重ねが、今の俺を作ってんだからな」
手を握ると、彼女の熱すぎる体温を感じた。
「ロレルのお陰で向き合えた。オタクだった俺も、イタい黒歴史も、ロレルと一緒だから受け入れられた。救われたのは、俺の方だ……」
「直樹……」
視線が交わる。互いの瞳は互いの姿を映し、潤み、ゆっくり近付いていく。
「もう一度――何度でも言うよ。……愛してる。ロレルの全部が大好きだ」
「私だって、直樹の全部を……愛してるよ」
熱く重なる吐息。導かれるように唇が触れ、さらに深く求め合う。溢れる吐息はさらに熱を帯び、部屋にくぐもった声が吸い込まれる。
――ようやく唇が離れると、ロレルは耳まで赤くなっていた。
「直樹……私……」
「……ああ、分かってる」
ロレルの期待が最高潮に昂る。もはや二人を止めるものは何もない。念願だった妻の務め。直樹とさらに次の関係に進めると感動した彼女は――直樹の口から出た言葉に唖然とした。
「今日はガチでクタクタだし、もう寝ようか。……愛してるよ、ロレル」
「…………ん?」
「…………へ?」
意思疎通の失敗。この期に及んでも直樹は優しく彼女を気遣う。そこにはやはり童貞らしさが滲んでいて、ロレルはピキッと笑顔を凍て付かせた。
「……ああ、そう。パパにはあんなに勇敢に立ち向かったのに私からは逃げるんだ。口では愛してるって言ってるのに、本当は私のこと嫌いなんだ」
「え、えーっと、ロレルさん?」
たじたじと怯える直樹。魔王になった。逃げるのをやめた。だがこればかりは話が違う。いくら約束してたとしても、いざとなったら逃げ腰になってしまう。
「そーいっ!」
「うわーっ⁉︎」
押し倒された。マウントポジションを容易く奪われた。体は痛くて動けない。
「直樹はジッとしてて! 妻の務め! この前の続き! さらにその先も、ぜーんぶ私に任せて‼︎」
据わった目から一変。瞳を輝かせ迫るロレルに、直樹は「ひいいいっ! ま、待てロレル! 今日のところは……」と最後の防衛を図るが、その抵抗は無駄に終わった。
「却下ー! 直樹のぜーんぶ、私にちょーだい!」
「ちょ、やめ、やめてケダモノ! ……ら、らめええええっ‼︎」
そうして満月が輝く夜空の下、童貞魔王は元・童貞魔王へとランクアップを果たしたのだった――――。
***
――ロレルがケダモノと化した同時刻の魔界。
「うわああああっ⁉︎ シルヴィ殿! 魔王様! せっかく、せっかく今からだったのになんて事をおおおおお⁉︎」
現世の監視ルームに、魔族たちの絶叫と、シルヴィの正拳突きで粉々になった監視水晶の破片が散らばっていた。
「まさかとは思いましたが、こんなことだろうと思いました。主人の初夜を見せるはずがないでしょう?」
「言ったはずだな。帰ったら全員血祭りだと」
涼しい顔で拳を構えるシルヴィ。直樹に向けたモノより禍々しい魔力を纏うラリル。両名はロレルたちを覗き見しようとしていた魔族たちを壁際まで追い込んでいた。
「言ってない! 全員血祭りは盛ってるっすよ魔王様ー⁉︎」
「言い訳無用! 今この場にいる貴様ら全員、粛清対象だッ‼︎」
愛する主人を、娘を守るため、最強メイドと最強魔王は今日何度目かの本気を披露した。
「「いやああああああ‼︎ 誰か助けてええええええええッ‼︎」」
その日、スケベ魔族たちは魔王ラリルとシルヴィの恐怖を、体の芯まで刻み込まれた――――。
***
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