第29話 真の最強キャラ
シン――と静まり返る。時間が止まったかと錯覚するほど、痛いくらいの静寂が流れる。
――ラリルを倒す方法は何か? 無限に回復し、一億を超える能力を操る最強の魔王の弱点は?
答えは一つ。ラリルの唯一の欠点、弱点を突くこと。そしてその弱点は――。
「…………ごめんロレルちゃん‼︎ パパのこと嫌いにならないでおくれえええええっ‼︎」
実の娘から嫌われること。それだけだった。
百人いたラリルが霧散する。残された一人――本物のラリルは尊厳の欠片もなく、哀れなほどオロオロし始める。
「やだ! 嫌い嫌い嫌い! 直樹を傷付けるパパなんていらないもん‼︎」
「こ、これは、直樹君がロレルちゃんに相応しいか確かめようと!」
「言い訳するパパはもっと嫌い! ちゃんと直樹に謝って!」
「ぐ……ご、ごめんなさい直樹君! 認める! 二人のこと認めるから‼︎」
あまりに呆気ない決着に、直樹が目を点にする。コケそうになりながら、滑稽な姿になった最強魔王から視線を外せなくなる。
「――――へ?」
「へ? じゃないよ直樹! 私たちの勝ち! パパの負け! もう喧嘩はお終いね!」
「……………………まじ?」
完全決着。勝者ロレル。いくら最強の魔王でも、愛する娘に勝てるはずがない。本来の姿を見せた娘に、ラリルも魔王としての仮面が剥がれ落ちていた。
「マジです。貴方たちバカップルの完勝。レフェリーの私が宣言します」
転移してきたシルヴィが、バカップルの手を持ち空に掲げる。
「……えー、これにて新旧魔王対決は決着となります。勝者バカップル。愛の力が全てを薙ぎ払いましたー」
クッソやる気のない声での勝利宣言。だがそれを見た魔界の観客たちは、シルヴィのやさぐれた態度と正反対に湧き上がった。
『魔王様の最強伝説終了だああああ!』『てか賭けはどうなんだ⁉︎ この決着を予想した奴いるか⁉︎』『いるわけねーだろ! いいから騒げこのヤロー‼︎』
いつの間にか夕陽が射していた空に、魔族たちのバカ騒ぎが響き渡る。
(魔王が負けたのに何で嬉しそうなんだよ。……てかマジでガチ魔王に勝っちまった……ロレルが)
現実感を必死に掻き集める直樹と対照的に、ラリルはガクリと肩を落としている。そんな哀愁さえ感じる親バカ親父に、ロレルはさらに死体蹴り紛いの要求を突き立てた。
「それじゃパパ、戦後処理の時間だよ。まずは壊れた展望台を元に戻して」
「そ、それは私は関係な――」
「直して」
「はい……」
有無を言わさぬロレルに、ラリルが情けなく従う。遠くに見える展望台に手をかざすと、田中とシルヴィに破壊された展望台はみるみる元通りになった。
「一応解説です。あれは『修復』能力。壊れた物体を直します」
「サンキューシルヴィ。てか見たまんまだな。流石、無茶苦茶チート親父」
直樹の頭の隅にあった不安。展望台の賠償金が消滅する。だが問題はまだまだ山積みだ。
「うんうん、流石パパ! それじゃあ次は、この戦いを見た人たちの記憶を消去。もちろんできるよね?」
それは直樹が考えた山積み問題のメイン。しかしロレルは平然とラリルに要求する。
「もちろん。ほら――――これでいいロレルちゃん?」
しかし相手はクソチート魔王。眼下に広がる名古屋を見下ろすと、地球全体がピカッと光った。
「一応解説です。あれは『超範囲記憶操作』。全ての人類から魔界に関する記憶を消去しました」
「……解説助かる。転生チート系主人公もビックリのご都合主義だな」
ここまで来ると、直樹は考えることを放棄した。ラリルのやっていることは神の所業だ。
「……つーか待て。そんなの出来たなら、最初から俺の記憶消しとけば良かったんじゃね? 俺は困るけど」
ふと湧いた疑問にラリルが答える。
「ロレルの為にも、そんな卑怯な真似するはずないだろう。それに直樹君だって私に遠慮していただろ? 君の能力なら全ての攻撃を私に跳ね返すことも出来たはずだ。――そうなれば、戦局は大きく変わっていただろうに」
「いや、ロレルの親父さんを怪我させられねーっすもん。というか態度変わりすぎじゃないっすか?」
あの状況でも直樹はラリルを気遣っていた。ラリルの言う通り攻撃を反射できたが、目的はあくまでロレルとの仲を認めてもらうこと。本気の殺意を向けられても、将来の義理パパを傷付ける意思はなかった。
(それに、多分反射しても次の引き出しがあったろうし)
「……まいった。完全敗北だ。殊勝な態度にもなるさ」
ラリルの背中がみるみる小さくなる。そんな哀愁で埋め尽くされた父親に、ロレルは最後のワガママで殴りかかった。
「それじゃあパパ! これから毎月、オリハルコンを私たちに届けてね? あれ高く売れるらしいし、私と直樹の生活費にするから! これを約束してくれたら、今までのことぜーんぶ水に流してあげるー!」
「ほ、ほんとかロレルちゃん! もちろん約束する! ロレルちゃんのお願い、ぜーんぶ叶える! だからパパのこと嫌いにならないで!」
もはや親子というよりパパ活のような光景。あれだけ恐ろしかった魔王が、娘の機嫌を取るために必死になっている。
(……一番怖いのは……最強はロレルだったのか……)
計算のない無邪気な要求。どこまでも純粋な悪魔――否、魔王の娘。直樹は今になってロレルの真の恐ろしさを目の当たりにした。
「えへへ、じゃあ許す! 直樹とシルヴィの次にパパも好きだよ!」
「…………ノエル、私泣いていいか?」
複雑すぎる表情を伝う一筋の涙。あまりに不憫な父親の姿に、直樹の目頭も熱くなった。
「よーし、これで一件落着かな? ……それじゃあ直樹、お腹も空いたし帰ろ? 今日は私がカップラーメン作るから!」
「…………はい。分かりましたロレル様」
思わず敬語になってしまう直樹。ロレルは「ん?」と直樹を見上げると、恐れる彼の胸に飛び込んだ。
「――幸せに、してね?」
「…………モチロンデス、ロレル様」
消沈する魔王。幸せいっぱいに微笑むロレル。ロレルに慄く直樹と映像魔族たち。
シルヴィは彼らをそれぞれ眺め、ニヤリと微笑んだ。
「私の教育の賜物、ですね」
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