最強不死身魔王の倒し方

第25話 魔界を統べる覇者

 ***



 魔王ラリル。魔界に生きる者全ての憧れ。

 先代から魔王の称号を引き継ぎ二千年。全ての民に優しく、公平に接してきた、魔王のイメージとはかけ離れた魔王。

 家臣からの信頼も厚く、かと言って厳格なだけではない。冗談も通じ、情に熱く、何より他の魔族とは明確に一線を画す強さは、現代社会の上司ガチャでも最高レアに分類される人格者。


 ――だが、そんなラリルにも一つだけ欠点があった。


『ああああ、あの人間! わしのロレルに接吻しおったぞ‼︎ 許せん! わしの愛娘を傷モノにしおって! 今すぐブチ殺してくれるわああああああッ‼︎‼︎』

『ま、魔王様落ち着いて! あの人間、めちゃくちゃピュアっすよ! 絶対いい奴ですって!』

『そうだそうだ! あのロレル様と一緒に寝てて手ぇ出してないんすよ⁉︎ 俺ならとっくにヤってますよ!』

『馬鹿! お前殺されたいのか⁉︎』

 監視ルームを包む阿鼻叫喚。現世と映像が繋がってから、魔王の責務をそっちのけ。

 ラリルは魔界でも随一の愛娘家だった。


 愛する妻を亡くし、残された、託された、可愛すぎる娘。

 ノエルと自分の全てを託すのが娘の幸せだと信じ、最高の教育を施してきた。ロレルへの接し方は不器用だったが、その根幹には、病的なまでの愛が込められていた。


『転移装置はまだ完成しないのか⁉︎ 今すぐ、今すぐロレルをあの男の手から救い出す!』

『も、もう少しです! 転移自体は可能ですが、肝心の世界軸の割り出しに手間取って……』

『馬鹿者! あのゲートを利用すればいいだろう!』

『あっ! ちょっと魔王様! マジで待って! せめてロレル様の初夜を見させて――』

『させるかああああッ‼︎ 帰ったらお前も血祭りだああああ‼︎』

 行き過ぎた親バカ。しかしその力は魔界の全生物が束になっても敵わない、正に最強。


 こうして、全ての魔族の力をその身に宿した厄介すぎる厄災は、愛する娘のために旅立った――。



 ***



「お、お父様⁉︎ なぜこの世界に⁉︎」

 ラリルの殺気盛り盛り魔力の叫びに、ようやくロレルが反応する。直樹の前で見せる本来の姿ではなく、瞬時に仮面魔王女モードに切り替わる。

「いなくなったお前を連れ戻すために決まってるだろう‼︎ 転移装置を開発させながらずっと監視していた‼︎ ……そうしたら……そんな、そんな人間の男となど……ッ‼︎」

 声を詰まらせ、さらに魔力が膨れ上がる。途方もない、無限とすら呼べる魔力に、直樹もラリルの姿を視界に入れた。


 ――大きな二本の角が長い白髪の上に捻れ、ロレルの面影のある整った顔の中年。黒と赤の魔力が空の彼方まで噴き上がり、金や魔石が装飾された白のマントやジャケット風の服が揺れている。

(お父様……? ってことは、あのおっさんがロレルの親父? ――――え、つまりガチの魔王?)

 思い至り、緊張で震える直樹。ロレルと正式に恋人になった。その直後、まさかの親が出てくるなんて冗談ではない。しかもキスしてるところもバッチリ見られた。気まず過ぎて吐きそうになる。

「え、えっとお父さん初めまして! 俺、今日からロレルと――じゃなくて、ロレルさんとお付き合いさせていただくことになった高田直樹と――」

「誰が口を開くことを許可した‼︎ それに誰が貴様の父さんだあああああッ‼︎」

 ゥオンッ‼︎ と大気が弾かれた。

「待ってくださいお父様! 直樹は私の大切な人です‼︎ 何をするつもりですか⁉︎」

 慌てて直樹を守るように両手を広げるロレル。だがその言葉と行動は完全に逆効果となり、ラリルの怒りは頂点をさらに突破する。

「欠片も残さず消滅させる‼︎」

「んなっ⁉︎」

 直樹を守ろうと立ち塞がったロレル。逆にそれが仇となった。直樹の周囲に現れた、夥しい数の光の球。一つ一つは手のひらほどのサイズだが、そのどれもが太陽ほどの熱量と光を放つ極大炎熱球。

「消え失せろッ‼︎‼︎」

 ラリルが叫び、光球が直樹に向かい収束する。どんな生物でも生存不可能。もはや熱とも呼べない絶対の死のエネルギーが、暗くなった空を眩く照らす。

「な、直樹ーッ‼︎」

 途方もない熱を浴びながらロレルが叫ぶ。普通ならロレルごと焼き払ってしまう熱量だが、ラリルは彼女の周囲に光の防護壁を何重にも張っていた。

「まだまだまだまだあああああッッ‼︎‼︎」

 ラリルが手を休めることはない。炎熱球に続き絶対零度の氷柱が、どんな生物も一瞬で溶かし尽くす毒の霧が、光すら飲み込む重力場が、それら全てが光球が巻き上げた塵と煙の中に放たれる。

「直樹……やだ……そん、な……」

 無事なはずがない。生きてるはずがない。初めてできた大切な人を奪われ、ロレルの顔から血の気が引いていく。

「帰るぞロレル! もう奴は消えた。あんな男のことは忘れろ!」

 直樹の死を確認するまでもなく、ロレルの手を掴むラリル。その力は抵抗を許さない膂力だが、その手は娘を傷付けないよう優しく握られている。

「…………離せ」

「何だと……?」

 その優しい手つきに、ロレルの怒りが燃え上がった。

「この手を離せ‼︎ 穢らわしい手で私に触れるな貴様ァッ‼︎」

 バッと手を振り払い、ロレルが絶叫する。直樹を殺した、最も忌むべき手に触りたくなどなかった。

「……よくも直樹を殺したな。私の初恋を、私の全てを、よくも奪ってくれたな‼︎ 許さん! いくら魔王とて、いくら父親とて、決して許さん‼︎」

「うるさいぞロレル! お前は騙されていただけだ! お前は私の娘。高貴で名誉ある血族だ! それがあんなどこの馬の骨とも知らん輩に……!」

「何が高貴な血族だ‼︎ 怒りに呑まれ、罪もない直樹を殺した貴様はただの罪人だ‼︎ 触れるな! 今すぐ自死しろ‼︎ 貴様など親ではない‼︎」

「…………そうか」

 初めて娘が見せる涙に、ラリルは静かに俯いた。しかしロレルに手をかざすと、手のひらから鈍色の鎖が伸び、ロレルの体を縛り上げた。

「ぐっ⁉︎ は、離せ……っ!」

「離さん。お前はこのまま連れ帰る。二度とあんな男に騙されないよう、今度は男女の教育も施すとしよう」

「誰がそんなもの! 私が心を許すのは直樹だけだ! いい加減に、しろおおおっ‼︎」

 しかしいくらロレルが足掻いても、鎖はビクともしない。どんな魔力も打ち消す能力の鎖に、彼女ができることはない。


 その時――。


「おいアンタ! いくら親父だからってヤリすぎたろ! ロレルを離せオッサン‼︎」

 直樹の声が、背後から投げられた。

「――――なぜ生きている?」

「……直樹? 直樹⁉︎ 生きてたの⁉︎」

 二人が視線を向ける。そこにいたのは、シルヴィに手を繋がれた直樹。どこにも怪我はなく、シルヴィに「すまん、助かった」と小さく感謝した。

「見たまんま、最強メイドの能力だ! それにいきなりカマしやがって! 挨拶くらいさせやがれ! ついでに俺とロレルのことも認めやがれくださいお父様!」

 完全に火に油をぶっかける直樹。本人はいたって真面目だが、シルヴィはあちゃーと頭を抱えた。

「……直樹、貴方分かっててやってます?」

「何のことだ? 将来の義理の父親への挨拶は礼儀だろ?」

「……はぁ……そうですね」

 どこまでも不器用で真面目すぎる直樹。しかし相手の心境を完全無視した挨拶は、天然を通り過ぎて馬鹿のレベルに達していた。

「殺す……何度でも殺す……」

 ラリルの怒りが限界を突き抜ける。燃え上がっていた憎しみの炎は、氷のように凍てつき、その奥にはより鋭い殺意が研ぎ澄まされていく。

「直樹! こんな奴に挨拶なんて必要ない! いいから逃げるぞ! てか私を助けろ!」

「わ、分かったよ! 【跳べ】、ロレル!」

 途端にロレルの体が浮き上がり、直樹の元に跳ばされる。そのままロレルの手を握り、直樹はラリルに背を向けた。

「き、今日は挨拶だけで失礼しやす!」

 逃げるように飛び立つ直樹とロレル。その後を追うシルヴィ。ラリルはそんな三人の背を眺めると、さらに表情を闇に沈ませた。

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