第24話 『絶対支配者』魔王ラリル

 現実世界に帰った二人は、熱く抱きしめ合っていた。

 真っ暗な空。眼下に広がる名古屋の街並み。日常とはかけ離れた非日常すら、二人の視界に入らない。

「愛してる」

「私も」

 短く交わし、さらに密着する。互いの体温が交わり、匂いに包まれ、幸福感がその場を支配する。

(これがリア充か。……やべ、幸せすぎて爆散しそう)

 リア充爆発しろ。過去に何度もSNSに投稿した直樹は、今では爆発する側になっていた。

「――ねえ直樹。チュー、して?」

 すっかり甘えん坊モード全開で求める彼女。恥ずかしさに頬っぺたを染めながら、可愛すぎる上目遣いをしてくるロレルに、直樹の顔もみるみる染まる。

「……おう。目、瞑ってくれ」

「うん」

(爆散確定だな……)

 爆発しそうな鼓動を隠さず、顔を近付ける。ロレルの甘い匂いが鼻腔をくすぐり、男としての本能が刺激される。

「いくぞ。――――ん」

「んっ……」

 そしてようやく触れる唇。しっとりと濡れ、フニっと柔らかく、無限の愛と幸福感が直樹を包む。

 一度離し、もう一度。今度はもっと長く、唇からロレルの全てを感じようと。

 背中に回されたロレルの手が、ギュッと直樹の鎧を掴む。直樹もガチャンと音を立て、さらに強く彼女を抱きしめる。

「――――ぷはっ。ど、どうだロレル? ちゃんとキス、できてたか?」

「――んにゅ……。分かんない……分かんないけど、しゅごかったよ……」

 素直すぎるリアクションに、さらに掻き立てられる。だが慎重に、華奢なロレルを傷付けないように、彼女のおでこにキスを落とした。

「ここも可愛い。てか全部可愛い。好き」

「にゅふふふ。どうも、直樹の彼女です」

「ああどうも。ロレルの彼氏です」

 完全にバカップルと化した二人。初めて受け入れられた喜びが、それを相手が喜んでくれる幸せが、二人の理性のタガをぶち壊していた。


 ――そんな二人を、展望台から眺める女性がいた。


「良かったですねロレル様、直樹」

 回復力も最強のメイド・シルヴィ。見ているだけで自分さえ恥ずかしくなりそうな甘々の二人を眺め、彼女は二人を穏やかに眺めていた。

「……ですが、ちょっと悔しいですね。これが敗北、ですか」

 生涯無敗だった彼女。初めて戦闘で負け、初恋も同時に敗れた。主人と、そのパートナーになった直樹。二人から与えられた感傷に戸惑いながらも、亡き親友の顔を思い浮かべた。

「ノエル、見てますか? あの子の、貴方の願いは叶いましたよ」

 ポツリとこぼし、空を見上げる。暗雲に浮かぶ巨大な魔法陣。その中央の深淵を、なんとなく見つめる。

「………………そんな……アレは……」

 そこで目に入った人影に、覚えのある魔力に、シルヴィは固まった。

 二人は気付かず、またキスを交わし始める。『恋は盲目』効果により、遥か頭上でわなわなと震え、怒りの形相を浮かべた彼の存在に気付けるはずがない。

「本当に、タイミング最悪な――いえ、壊滅的なクソ親父ですね!」

 飛び上がる彼女。二人に危機を知らせようと、角を光らせる。

 だがシルヴィが二人の元に転移する前に、彼の殺意が、魔界最強の魔力が、名古屋の空を切り裂いた。


「私の娘になにをしとるか貴様アアアアアアアッッッ‼︎‼︎」


 結ばれた二人の最初にして最大の試練。

 絶対支配者・魔王ラリルが、現世に降臨した――――。

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