第22話 全部見せて

 ――能力バトル漫画に必ず付き纏う最強キャラランキング。

 分かりやすい炎や氷属性。主人公補正。設定上の最強キャラ。それらの能力の中に、必ず挙がる能力がある。

 ――それこそ空間操作能力。

 単純な移動手段や空間操作に隠れた凶悪すぎる必殺技。空間ごと断絶してしまう、物理攻撃を超越した究極の切断技。

 通常なら作者都合で不当な扱いを受ける能力こそ、シルヴィの本領だった。

 

「次は尻尾です!」

 言葉と同時に切断される直樹の尻尾。直樹の体から遠く離れた空に現れ、力なく地面に落ちていく。

 対象の一部の強制転移。これこそがシルヴィの攻撃の正体。

「そうか、転移能力の応用か。理不尽だな」

「メイドヘッドバット‼︎」

 かと思えば一瞬で移動したシルヴィの物理攻撃も襲いかかる。顔面にめり込んだ頭突きを、直樹が涼しい顔で眺めた。

「我が人間なら、な」

 シルヴィに触れようと伸ばされる手。だがその手が触れる前に、シルヴィの姿は消える。

「落ちなさい‼︎」

 再び直樹の翼に放たれる『転移断絶』。防ぐ手段のない必中の攻撃は、しかし不発に終わった。

「どうしたシルヴィ。何を驚いている?」

「……何をしたのですか」

「簡単だ。お前の転移能力を跳ばしただけだ。我には二度と通じない」

「……理不尽はどちらですか」

 相手が直樹でなければ、とっくに終わっている。そしてシルヴィに勝機があったとすれば、最初の転移断絶で直樹の首を飛ばすのみだった。

 しかしそんな選択肢を、彼女が取れるはずはなかった。

「行くぞシルヴィ。逃げてみせろ!」

 初めて直樹から動いた。自身の体を跳ばし、シルヴィの目ですら追えない速度で距離を詰める。

「くっ⁉︎」

 辛うじて角が光る。能力上限二百メートル離れたシルヴィ。しかし、その背後には直樹が回り込んでいた。

「――遅い。トべ」

 肩に触れ、唱える。『跳べ』でも『飛べ』でもない『トべ』は、シルヴィの意識のみをトばした。

「…………っ……ま、だ…………まだですッ‼︎」

「――ほう、やるな」

 しかしシルヴィは落ちない。意識が消える直前、自身の唇を噛み締め、遠のく意識を取り戻した。唇からは血が伝っている。

 もう一度消える彼女。もはや勝機はないが、諦めるはずがない。際限なく転移を繰り返し、転移断絶を跳ばされ、直接攻撃を放ち、また転移を繰り返す。

 直樹は静かにそれらの攻撃を跳ばし、弾きながら、もう閉幕にしようと魔力を昂らせた。


 ――そんな二人を、ロレルはジッと見つめていた。


「……シルヴィでも勝てない、か。あの能力に対抗できるのは、お父様くらいだろうな」

 冷静に眺め、分析をする。口元に手を当て、まるで探偵のように直樹を見つめる。

「…………カッコいいよ、直樹」

 そして深刻な状況にも関わらず、瞳を熱く潤ませた。

 惚れた弱み。自殺しようと戦う彼ですら、ロレルには雄々しく見える。

 弱虫と、嘘つきと罵倒したが、それも彼を愛しているから。

「絶対、私が助けてあげるからね」

 静かに決意を固める。転移を繰り返していたシルヴィの腕が、遂に直樹に掴まる。


 ――その瞬間、ロレルは叫んだ。


「シルヴィッッ‼︎‼︎」

 一瞬目が合い、すぐにシルヴィの意識が完全に刈り取られる。地に堕ちていく彼女の体を、直樹がスカイタワーの展望台まで飛ばす。

「……ごめん、シルヴィ」

 ロレルのすぐそばで聞こえた彼の嘆き。

 驚きはしない。むしろ当然。シルヴィは最後に、ロレルを彼の元に転移させていた。

「――捕まえたよ、直樹」

 目の前にある彼の背中。優しく投げかけ、冷たい鎧を抱きしめながら――ロレルは能力の限界を超えた。

「直樹の全部、私に見せてッ‼︎」

「しま……っ! ロレルっ⁉︎」

 驚く直樹の内側。彼の心――深層世界に、ロレルは飛び込んだ。

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