第21話 出撃『最強メイド』
――現実主義者という、現実逃避の仮面。その仮面を外したことで見えてしまった真実。自覚してしまった自分の罪。
山口、速水、田中。三者とも普通の人間だった。
ロレル、シルヴィ。二人とも魔界で暮らす魔族だった。
それでは何故、三人が魔族になってしまったか。二人が何故、この世界に迷い込んでしまったか。
答えは、原因は一つ。
「我こそ全ての元凶。我こそ間違いであり罪そのもの。故に消す。あの日、魔界と繋がってしまった直樹を殺し、全ての間違いを正す」
これこそが直樹の本当の願い。たとえ魔王になろうと変わらない自責、自己否定、破滅願望の極地。――そしてどこまで行っても変わらない現実逃避。
――力を得た。過去の自分が与えた、過去の自分を殺す力。
逃避の果て、全てから逃げるための能力『逃避跳躍』。自分を、他者を、時空を、あらゆる事象を跳ばして飛ばす、究極の能力。
魔王と呼ぶに相応しい現実逃避の力を、彼は奮った。
「――アイ! 座標と時を割り出せ! 時空跳躍ゲートを形成する!」
『ハイ、マスター』
漆黒の鎧。胸に備わった黒龍の瞳が紅く光り、アイの無機質な声が答える。
『計算完了。マスターの魔力ヲ使用し、ゲートを展開シマす』
闇に覆われた空に巨大な魔法陣が浮かぶ。名古屋がすっぽり収まりそうなソレは、中心に空の闇よりさらに暗い深淵を覗かせている。
「良くやった。……お前には世話になった」
かけたのは労いの言葉。直樹の現実逃避を支えてきたパートナーへの感謝。しかしそれももう必要ない。何故ならあの深淵――時空ゲートの先の自分を殺せば、自分の存在は消滅するから。
直樹が羽ばたき、ゲートに向かう。過去の自分を殺すため。全ての罪を償うため。
だが――。
「……嘘、だよね? 意地悪言ってるだけ、だよね?」
ロレルが俯き、声を震わせた。
「嘘じゃない。我は本気だ。そしてこれ以上の問答は……」
「嘘だよ。嘘つきだよ。……だって直樹言ったもん! 私の責任取ってくれるって! 帰ったら妻の務めを頼むって!」
直樹の発言を引き合いに、彼の無責任さを問う。ここまで思い詰めた直樹は、本当に自分を殺してしまうとロレルは気付いていた。
「我は直樹ではない」
「直樹だよ! 自分じゃないって逃げないで! 使命とか責任とか、もっともらしいこと言って逃げないで! ……いい加減私に本当のこと話してよ。何が直樹をそこまで追い詰めてるの? 私のこと、そんなに信じられないの?」
「…………何のことだ」
付き合わないと言いつつ、ロレルの言葉に耳を傾けてしまう直樹。そして彼女の本質を見抜く力は、直樹の根源に触れていた。
「直樹は弱虫だよ。いつも何かを言い訳にして、自分の本心を隠してる。……今もそう。魔王になって、力を手に入れて、それでも何かを必死に隠してる。自分を殺してでも隠したいことって……なんなの?」
「……っ! 何も隠してなどいない! 我は直樹を殺す! それが我の本心であり使命――」
「もういい! そうじゃない! 弱虫! 嘘つき! 童貞魔王!」
逃げようと、誤魔化そうとした直樹に、ロレルの我慢が限界突破した。大層な大義名分ではない。直樹の本当の本音、逃避の根源を知りたいロレルにとって、これ以上の言い訳は聞きたくなかった。
「き、貴様……魔王である我になんて口を……」
「怖くなんかないもん! 私は魔王の娘ロレル・リラ! 弱虫童貞魔王の直樹なんか、全然怖くない! シルヴィっ‼︎」
「はっ‼︎」
百三十年連れ添った主従に言葉はいらない。お互いがお互いの気持ちを分かり切っている。
ロレルの求めに応じて、シルヴィの角が光る。瞬間、シルヴィが消え、直樹の背後に現れる。
――言葉がダメなら力づくで直樹を助ける。
ロレルの思考通りに放たれたメイドパンチ。
直樹もロレルとの論争から一変。二人の考えを一瞬で察し、背後から迫るシルヴィに振り向いた。
――――だが。
振り向いた先には誰もいない。直樹の反応を想定した連続転移。シルヴィは見事に直樹の裏を掻き、直樹の頭上に転移していた。
「メイドメテオキックッ‼︎」
全身の体重と魔力を込めたドロップキックが、直樹の脳天に直撃した――――。
――――メイドメテオキック。その威力は魔界の地面を砕き、大きな地割れすら引き起こす馬鹿げた威力の蹴り。
故に一撃必殺。これをまともに受けて無事だった者はいない。
そして直樹は――初めて無傷で受けた魔族となった。
「不意打ちか……。卑怯とは言うまい。我と貴様にはそれほどの戦力差が――」
「真・メイドクラッシャー‼︎ メイドローリングソバット‼︎」
直樹が言い終わる前にシルヴィの手刀が、回転蹴りが次々と炸裂する。
「……喋らせろ」
しかし直樹には一切のダメージがなく、それどころか困った表情で鬼気迫るシルヴィの攻撃を受け続ける。
「真・メイドラッシュ‼︎」
拳の雨あられ。彼が喋る暇もないほどに降り注ぐ超威力の連続パンチ。
――しかし直樹にダメージはない。シルヴィもその異質な感触、手応えのなさを感じながらも、攻撃の手を緩めない。
「……いい加減にしろ!」
一喝。ただそれだけで吹き飛ぶシルヴィ。
今の一連の攻防だけで理解できる圧倒的な力の差。直樹の『逃避跳躍』は、自身へのダメージを全て跳ばしていた。
「分かっただろう。誰も我を止めることなど――」
呆れたように言いかけた直樹。だがその言葉は、二人を静観していたロレルに塞がれた。
「うん、分かった。直樹の能力は跳ばす、もしくは飛ばすこと。シルヴィの攻撃の威力を空に跳ばしたんでしょ?」
ロレルが空を指差す。黒い雲が大きく割れ、太陽の光が差し込んでいる。それはシルヴィの攻撃の異常さを雄弁に示していた。
「なるほど、手応えがないはずです。流石魔王を自称するだけありますね」
「ふん、気付いたところで無意味だ。いや、気付いたのなら諦めろ。我にはどんな攻撃も通じない」
疑いようのない事実。物理ダメージ、魔力ダメージ、全てを無効化する力。ゲームでいえば一人だけ無敵チートを使っている状態の直樹に通じる攻撃は、数える程しかない。
「――直樹、私言ったよね? シルヴィをみくびらないでって」
「――は?」
ザンッ! と直樹の翼が消滅した。予想外の事態に直樹はグラついたが、すぐに魔力で翼を再生させる。
「ロレル様。許可を」
角を煌々と光らせたシルヴィが、直樹を見据えていた。
「許す。久しぶりに暴れろシルヴィ‼︎」
「ハッ‼︎」
魔王にすら届き得るブリンガー家の傑作。
シルヴィ・パワァ・ブリンガーの本領が、遂に発揮されることになった――。
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