第17話 ヘビーメタリカと真・メイドクラッシャー

 ――田中の体、骸骨の顔の穴から瘴気が噴き出す。纏わり付く瘴気を周囲に撒き散らすように、狂気のヘドバンが始まる。

 異様過ぎる光景と奇行にシルヴィは警戒を強め、しかし長年の戦闘経験から先手を打った。

「本気で行きます」

 角が輝き、姿を消す。早くも二回目の能力を使用し、田中の背後に転移した。

 すかさず繰り出される渾身の手刀――『超・メイドクラッシャー』。だが手刀が田中の脳天をかち割る寸前で、彼の体がブルッと震えた。

「ジャアアアアアアアアッ‼︎」

 それは声と呼ぶにはあまりに破壊的な衝撃波。超音波のような高音と、地鳴りのような低音が入り混じった、彼の魂の絶叫(スクリーム)。

「ッ⁉︎」

 展望台のガラスが大きく震え、ビキッとヒビが入る。無論その声を超至近距離で受けたシルヴィは無事ではなく、まるでトラックに轢かれたかのように大きく吹き飛ばされた。

「シルヴィ!」

 ロレルが叫び、飛び出そうとする。だがヒビ割れたガラスの向こうで頭を振る田中と――隣で放心する、直樹の痛々しい姿が目に入った。

「直樹……」

 繋いだ手から冷たい体温と震えが伝わり、ロレルは動けなくなった。

(あれが、哲也さん…………あんな優しかった人が……どうして…………)

 嘘みたいな現実を受け入れた。その結果、信じられない現実が直樹に襲いかかった。

「タカダファアアアアックッッ‼︎」

 地の底から響くようなデスボイス。直球過ぎる内容は、直樹への憎悪に満ちている。

 ガシャアンッ‼︎ とガラスが弾け飛び、破片がキラキラと地上に落ちていく。頭を振り狂う田中が、展望台に――直樹に目掛け疾走した。

(ああそうか……全部、俺のせいなんだ…………ごめん)

 眼前に迫る猛禽類の爪。明確に向けられる殺意。

 だが直樹は驚くほど静かに、その現実を受け入れた。


 そして――――。


「直樹は私が守るッ‼︎」

 胸に飛び込んできたロレルに、その場で押し倒された。前髪を爪が掠め、殺気が後方に飛んでいく。

「ロレル……」

「死なせない! 直樹は私が死んでも守るの‼︎」

 ロレルの翼が羽ばたく。直樹を抱きしめたまま、風を切って外に脱出した。

「怪我はない直樹⁉︎ しっかりして!」

「……ロレル……」

 もはや彼女が飛べたことにも驚かない。直樹の心は、罪悪感、絶望、そして自責の念で埋め尽くされていた。

「……離してくれ。俺が悪いんだ。……償わねえと」

「ダメに決まってるでしょ⁉︎ 直樹は私の夫なの! 私の全部なの!」

「……本当にそう思うなら……夫の、俺からの一生のお願いだ。……今すぐ、この手を離してくれ」

「なお、き……っ」

 ロレルは悟った。現実から逃げ続けてきた直樹の心。剥がれた仮面が見てしまったのは、自分を殺したくなるほどの非情な現実だと。

 ロレルの角が輝く。直樹の傷付いた心を癒そうと、精一杯能力を使う。

 ――だが。

「ありがとうロレル。……けどいいんだ」

 深く傷付いた心は、たとえロレルの能力でも癒せない。たとえ癒えたとしても、直樹の心は既に決まっていた。

「ヘェェルイエエエエエェェェエッ‼︎‼︎」

 さらに畳み掛けるような田中のスクリーム。本来会場を湧かすための叫び、煽りは、直樹の自殺願望を後押しする。

「ほら、哲也さんもああ言ってる。ちゃんと、責任取らねえと」

 直樹がロレルの手を掴む。

「だめッ‼︎」

 ロレルの腕が、体全体が、さらに直樹を力強く抱きしめる。

「……なら私の責任も取ってよ。直樹に幸せをもらった。生きてて楽しいって思った。……私もう、直樹がいないと生きていけないん、だよ?」

「ロレル……」

 涙を浮かべ、胸に縋りつく、純粋すぎる少女の願い。

 能力じゃない、彼女の魂の叫びに触れ、直樹は静かに俯いた。

(――何やってんだ俺。こいつを泣かせるなんて……ゴキブリ以下のクズ野郎じゃねえか……)

 罪悪感は、自責の念は消えない。しかしそれ以上に、別の感情が湧き上がる。


 ――ロレルの笑顔が見たい。俺がこいつを幸せにしたい。


 自覚すると、こんな現状だというのに笑みが溢れた。田中に対する責任を取るといいながら、なんて無責任な男だと呆れてしまった。

「…………すまん。さっきのなし。……やっぱお前を遺して死にたくねえ! てか童貞のままじゃ死んでも死にきれねえ!」

 直樹の全身に力が湧き上がる。ロレルを目一杯抱きしめ返し、彼女の目を真っ直ぐ見つめる。

「えへへへっ。……じゃあ私も責任取って、妻の務めを果たすね!」

「無事に帰れたら頼む! けど哲也さんを人間に戻して、シルヴィを助けて、全部片付いたらだ! ちなみに算段も作戦もゼロ! こんな時はアイ先生に頼るしかねえ!」

「いや流石に先生でも無理じゃないかな」

 ロレルの冷静なツッコミ。だがその目は優しく、彼に微笑んでいる。

「じゃあどうしたらいい? 哲也さん、今にも俺たちを殺しそうだぜ?」

 直樹が指差した先には、二人を憎々しく眺め、全身を大きく震わせる田中の姿があった。それは先ほどシルヴィを吹き飛ばした彼の能力、『重金属音絶叫(ヘビーメタリカ)』の最大チャージを意味する。

 最大出力で放てば周囲一キロ圏内の建物、生物、ありとあらゆるモノを崩壊させる規格外の衝撃波に抗う術はない。

「チッチッチッ。直樹はみくびりすぎだよ。私を――ううん、シルヴィのことを!」

「……へ?」

 自信満々、可愛いドヤ顔を見せたロレルに、直樹がキョトンとした刹那――。


「――真・メイドクラッシャアアアアアアアアッ‼︎‼︎」


 『魔界の最強メイド』の手刀が、田中の体をド派手に吹き飛ばした――。

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