第15話 世界がひっくり返る前の平穏
『――昨夜未明、名古屋市内でビルのガラスや外壁が広い範囲で破壊される事件が発生しました。目撃者によりますと……えー、鳥の死神が飛んでいた……とのことで、警察は周辺の監視カメラの映像を解析しているもようです。なおこの事件の被害額は、現在判明している時点で――』
朝のニュースが垂れ流れるリビング。今日は久しぶりに直樹が朝食を作り、三人が囲むちゃぶ台にはトーストの破片とスクランブルエッグの欠片が残されていた。
「どうだシルヴィ。俺もこれくらいなら作れるんだぜ?」
直樹がシルヴィに語りかける。いつも三食用意してくれる彼女への恩返しのはずが、ついドヤ顔になっている。
「ありがとうございます。とても美味しかったですよ直樹。特に『味噌汁』というのが気に入りました。私のために毎朝作ってほしいくらいです」
「……そりゃ構わねーけど、それ他所で言うんじゃねえぞ? 普通に勘違いされるからな?」
「はて? どういう意味ですか?」
ひと昔前のプロポーズを口にしたシルヴィが、知ってか知らずか首を傾げる。直樹は彼女の反応に頬を掻きながら、「な、なんでもねえ……」と顔を逸らした。
「こらシルヴィ、私の直樹に変なこと言うな。こればかりはお前でも許さんぞ」
「ふふ、冗談ですロレル様。……今のは忘れてください直樹」
シルヴィは一瞬瞳を揺らし、すぐに平静を繕った。二人の邪魔をする気はない。ただ、ほんの少し女としての幸せに触れたかっただけだ。
「……すまないシルヴィ。――それはそれとして、今のニュースどう思う?」
ロレルも薄々彼女の気持ちに気付いていた。だがこれだけはいくらシルヴィでも譲れないと切り替え、小さな液晶テレビに視線を移した。
(……なんだ今の微妙な空気。気のせい、か?)
直樹は微かに二人の違和感に気付いたが、いかんせん童貞。その詳細に気付くはずがない。
「はい。恐らくですが彼だと。……そしてもう一つ。どうやら私たちの認識は誤っていたようですね」
「ああ、考えを改める必要があるらしいな」
またもや続く意味深談義。ロレルもすっかりなりきり口調になり、口に手を当てる探偵ポーズをとっている。
「……一応聞くけど、なんの話だ?」
真剣な顔の二人の会話に、直樹が参戦する。二人は視線を交わすと、シルヴィが口を開いた。
「女装変態魔族、不届サキュバス、私たちは両名を召喚された、もしくは転移してきた魔族だと推察していました。これまで何度も街を探索したのも、隠れている魔族の痕跡を発見するため。……ですが成果はゼロ。これが何を意味するか分かりますか?」
やはり真剣な、深刻な顔を保つシルヴィ。直樹は珍しく――というか初めて魔族トークを真剣に返した。
「サッパリだ。隠れるのが上手い、とは違うのか?」
「はい、そうではありません。前述した両名は、いずれもこのアパート、もしくは近所で生活していました。恐らく――いえ、間違いなくただの人間です」
「……へえ」
直樹はポーカーフェイスを装いながらも、胸の中には期待と疑問が同時に押し寄せていた。まるで探偵モノのワンシーンのような会話。封印したはずの厨二病が疼く。
(おいおい、なんか雰囲気カッコよくね? ……じゃねえ。今のがもし、仮に本当なら、なんでこの近所でばっかり)
その答えは、黙って聞いていたロレルが口にした。
「この辺りには魔素が流れている。魔素は感情に反応して集まる性質があってな。奴らの激しい欲望がそれを吸い寄せ、体内に吸収――魔力に変換されて姿を変化させたんだろう。そして魔素の発生源は恐らくこの……いや、これはまだ不明だ」
どうやらロレルはガチモードになると今の口調に戻るらしい。魔王女としての知識を語るには、魔王女モードが自然と出るんだろう。
「なんだよ、気になる言い方すんなって。……それとロレル、そっちの喋り方、やっぱちょっとイタいぞ」
「むっ! じゃあこの話やーめた! 私イタい子じゃないもん!」
ぷくーっとフグのように膨らむ頬っぺた。直樹は急なキャラ変に「ははっ、悪い、冗談だ」と返しながらも、いつものロレルに安堵した。
「それはそうと直樹。今日は天気も良いですし、どこかピクニックにでも行きませんか? 場所は……そうですね。建物も人も、なるべく少ない所が適切かと」
そして急に変わる話題。シルヴィは何かを考えるように提案し、直樹の同意を求めた。
「めっちゃ急だなおい。だけどたまにはいいな。今日は世間一般は平日だし――うん、アソコなら人も少ないだろ」
「ほ? アソコってどこなの直樹?」
「勿体ぶらずに教えてください」
ポンと手を鳴らした直樹に二人が詰め寄る。だが直樹はニンマリと笑い、「それは着いてからのお楽しみだ」とさらに期待を煽った。
そこで世界がひっくり返るような体験をすることは、この時の直樹は想像もしていなかった――――。
東山動植物園。ゴリラやゾウなど、さまざまな動物が飼育される動物園。遊園地や植物園、展望台から名古屋市を一望できるスカイタワーまで併設された、名古屋を代表するテーマパーク。
園内の芝生広場には家族連れが弁当を囲んだり、フリスビーをして楽しそうに遊んでいる。
――そしてその中に、直樹たちの姿もあった。
「もぐもぐ……どうだ二人とも、楽しんでるか?」
芝生に広げた小さなレジャーシート。シルヴィお手製弁当に舌鼓を打ちながら、直樹が二人に話しかける。
シルヴィは行儀良く正座で、ロレルは足を崩しながら、それぞれ卵焼きと魔菜炒めを箸でつついていた。
「んぐ、ごくん……。もちろんだよ直樹! 見たことない生き物や植物がいっぱい! 楽しすぎるし私の知的好奇心がうなぎ上りだよ!」
「どれも魔界にはいなかった生き物ですね。それにあの大きな塔、実に見事な造形です。魔界の建築士が見たら腰を抜かしますね」
目を輝かせるロレルと、スカイタワーを指差すシルヴィ。二人は動植物園や併設された遊園地、そして敷地内にある池に浮かぶボートを、直樹の拙いエスコートにより堪能しまくった。
「はは、そいつは良かった。俺も初めて来たけど良いもんだな。――何より平日効果で人も少ない。名駅や大須とは大違いだ」
「え? 直樹も初めて来たの?」
ロレルが意外そうに、嬉しそうに直樹を見つめる。
「おう。俺基本的にバイトかパチンコくらいしか外出してなかったし、人が多いところ嫌いだからな」
「ふーむふむ……えへへ、直樹の新情報ゲット。心のメモリーディスクに彫刻しとくね」
「新しいなソレ。けど電子機器に彫刻したら一発でオシャカだな」
そしてメモを取るジェスチャーをしたロレルに、直樹は現実的なツッコミをお見舞いした。
「大丈夫ですー。直樹に関することは忘れないもーん」
「……お前、そんな恥ずいセリフよく堂々と言えるよな。嬉しいけど」
直樹が照れを誤魔化すように視線を泳がせる。シルヴィと目が合い、彼女の穏やかな微笑みが目に入った。
「ふふ、照れてる直樹も可愛いですね。ロレル様とお似合いですよ」
「ばっ⁉︎ な、何言ってんだシルヴィ! だいたい、俺とロレルはまだそんな……」
普段のクールさに混ざる女性らしい柔らかな微笑みに、直樹はさらにテンパった。
そんな慌てた彼を、ロレルがジーッと睨み付ける。
「……直樹、なんでシルヴィに赤くなってるの? 新婚早々に浮気?」
「どうしてそうなんだ……今のはラブコメ定番の恋心弄られリアクションだろ……」
肩を落とす直樹。ロレルはトボけた顔からイタズラっぽい顔で舌をペロリと出し、シルヴィは二人を生温かく見守る。
――しかし次の瞬間、シルヴィは何かの気配を感じ取ったらしく、視線を遠い空に移した。
「ロレル様」
「ん? ……そうか、動き出したか」
ロレルも反応し、シルヴィと同じ空を見上げる。
「直樹、あの塔に登りましょう。その方が見つかりやすいはずです」
「え、いきなりどうしたんだシルヴィ? 別に良いけど」
「では参りましょう」
弁当もそのままにスカイタワーに向かうシルヴィとロレル。
(……もしかして新たな魔族の気配でも感じたのか? ……って、すっかり俺も染められてんじゃねーか。んなわけないない)
直樹はレジャーシートをチラリと見ると、「ま、誰も盗んだりしねーか……」と呟き、二人を追いかけた。
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