第5話 決着、メイドクラッシャー

 ***



 彼女はメイド。魔王ラリルに古くから仕え、ロレルが産まれた瞬間からそばにいた超専属メイド。

 今は亡き魔妃ノエルの親友であり、彼女の『ロレルのこと……よろしくね、シルヴィ……』という最期の言葉を忠実に守り続けた。

 魔王からの信頼も厚く、美人でスタイルも抜群のパーフェクトメイド。それが彼女に対する魔界の評価だった。


 だがそんな彼女の信頼は、一晩で瓦解した。


『ロレルは、ロレルはどこに行った⁉︎ シルヴィ! 貴様、我が娘をどこに転移させたのだ⁉︎』

 家臣を信じ、民を労る。誰もが尊敬し、その強さに畏怖する魔王ラリルは、愛娘の消失に怒り狂った。

 長くうねった銀髪を逆立て、山を蒸発させるほどの魔力を迸らせ、長年仕え続けた彼女に激情をぶつけた。

『申し訳ありません。全て私の責任です。お望みとあらば、私の命をもって償わせていただきたく……』

『当たり前だ! だがその前にロレルを連れ戻せ! あの子は魔界の全てを背負う魔王女! 全魔界を統べる君臨者となるのだ!』

 普段の微笑みは怒りに歪み、真紅のマントを魔力で靡かせる魔王。シルヴィはそんな彼の姿に――心底呆れた。

『…………はぁ……うっざ』

『………………え?』

 彼女の一言に魔王が、その場にいた家臣たちの目が点になった。

(もういい、ノエルとの約束は守る。けど我慢の限界)

 静かに決意し、シルヴィは溜まっていた不満をぶっちゃけた。 

『お言葉ですが、魔王様はあの子自身の幸せを思ったことがありますか? あの子の好きな食べ物、辛いことがあるとどこに行くのか、あの子が隠している本当の顔を知っていますか? 知りませんよね? 知るわけないですよね? 貴方はロレルを後継者としか見ていない。肝心なあの子の本心に気付いていないクソ親父ですもんね』

『…………シルヴィ、さん……?』

 魔王が呆気に取られる。怒髪天は驚きにペチャンコに潰れ、彼女の迫力にたじろぐ。

『さっきの言葉は撤回します。貴方のようなクソ親父に償う命はありません。もちろん今日この時をもって貴方の家臣の座を降ります。長い間お世話になりました』

 言いたいことを言い、スカートをひるがえすシルヴィ。その場の誰もが放心する中、彼女は角を光らせた。


『私はあの子を追います。残された魔力を辿れば見つけられるでしょう。――私以外の転移能力者が見つかると良いですね』

『ま、待てシルヴィ! 考え直し――』

『では』


 そう言い残し、シルヴィは魔界から去った。唖然とした魔王や側近たちの顔は、すぐに記憶から消した。

 そして名古屋に転移した彼女は、ようやく見つけたロレルが、見たこともない変態に襲われている場面に遭遇した――。



 ***



 遠くに見えたシルヴィの角が光った。直樹やロレルからは距離があり、一瞬キラリと光を映した直樹の視界は、二度目の突風――シルヴィの怒りの魔力に混じる砂埃で霞んだ。

 その刹那――。

「ロレルから離れなさい不届者」

 グジャァ! と何かが砕けるような音が響き、直樹はまたもや混乱した。

(え、なんだ今の音。さっき遠くに見えたメイドさんか⁉︎)

 目を必死に擦り顔を上げる。すると直樹の予感通り、水色髪の美人メイドのハイヒールが、変態レオタードの顎をかち上げていた。

「いでぇっ⁉︎ な、何だこのメイド! ――いや待て、こいつも同胞じゃないか! なぜ俺の邪魔をする⁉︎」

 山口がヨロつき、ようやくロレルから体が離れる。かち上げハイキックで砕けた下顎は、すぐにジュゥゥゥッと焼肉のような音を立て再生していく。

「その子は貴方のような変態魔族が触れて良い相手ではありません。今すぐ消えなさい」

「し、シルヴィ⁉︎ シルヴィ! 助けに来てくれたのか‼︎」

「ええ、もちろんですロレル様。私は貴方だけに仕えるメイドですから」

「シルヴィ……ぐすっ……」

 解放されたロレルがシルヴィの背後に隠れる。目の前で展開される涙の救出劇に、直樹はボケーっと静観した。

(ロレルのコスプレ仲間? けどさっき一瞬で距離を詰めたのは――そうか! 突風に乗ってムササビみたいに飛んだのか! すげえぞこの空手家美人メイド!)

 一人納得し、心の中で称賛を送る。全てにおいて見当違いだが、あくまで現実的に解釈した。

「ぐっ……くそ、クソクソクソ! どっか行けクソメイド! その子は俺の嫁だ! 邪魔するなら……同胞でも容赦しねえ!」

 レオタードすね毛ロリコンの全身に突風が纏わり付く。彼が目覚め、命名した能力『カマイタチのラプソディ』は、風を自在に操る凶悪な力だが、当然直樹には風の音しか聞こえない。

「なるほどな。やっぱり天気予報は外れ。今は波浪警報ってところか……」

 うんうんと納得する彼をよそに、シルヴィが「ロレル様、離れていて下さい」と山口と対峙する。ロレルも「分かった。頼んだぞシルヴィ」と距離を取った。

「なあロレル、お前のコスプレ仲間すげえな」

 フラフラした直樹が話しかける。ロレルは彼に振り向くと、心配を全開にした表情で直樹に駆け寄った。

「もうその解釈でいいよ。……だけど直樹、無理しちゃダメ。ほら、後はシルヴィに任せて休んでて?」

「うわっ! ちょ、今押すな……あれ?」

 ロレルにチョコンと押され、直樹は力なく崩れ落ちる。しかし今度は地面に激突することはなく、ロレルに抱き止められ、そのまま膝枕のコンボに繋げられた。 

(え? なんでロレルに膝枕されて…………なんだこの状況……)

「……ごめんなさい……私のせいで直樹を巻き込んじゃった……もう、お別れにする、ね……ひっく……」

 オマケに乙女の涙と、仮面を捨てた本当のロレルのコンボが容赦なく直樹を襲う。すぐ近くでは、シルヴィが格闘漫画でよく見る百烈パンチを繰り出し、山口が「な、なんだこいつ! ま、待って! 危ないって……へぶっ⁉︎」と必死に顔を守りながらも、着々と被弾していく。

 直樹にとって、とんでもなくカオスな状況。

(なんであの変態じゃなくて俺が即死コンボ決められてんだ。……いや待て、あの変態もダウン寸前じゃねーか)

 シルヴィは強い。魔王女のお付きとは、魔界でも屈指の実力がないと任命されない。

 山口が「ち、ちくしょおおお!」と無闇に振るったカマイタチは、彼女の影すら捉えることはできず、その隙を突いたメイドパンチからメイド膝蹴りのコンビネーションが綺麗に叩き込まれた。

(あっちは大丈夫そうだな。……だったら、たまには俺も根性見せるか)

 目にいっぱいの涙を溜め、別れを告げた彼女。声と体を震わせるロレルに手を伸ばすと、彼女はビクッと目を瞑った。

「――さっき言いかけた続きだ。行くアテが……できたとしても、もう少し俺と一緒にいてくれ。俺……お前といると楽しいみたいだわ」

 細い銀の髪を撫で、らしくもなく本心をぶつける。

 ロレルは大きな瞳が零れそうなほど目を見開き――やがて嬉し涙を直樹の頬に落とした。

「うん、うんっ! 一緒にいる! 直樹ともっともっと一緒にいさせて!」

「はは……んだよ、そっちの喋り方可愛すぎだろ……」

「……あ、しまった……けど、もういいや。……えへへ」


 ――この日以来、ロレルは直樹と二人きりの時に、仮面を付けることはなくなった。

 

「メイドクラッシャー!」

「も、もう許してくれええええ! ごべんなざああああいっ!」


 そして山口の魔力は、この日のうちに消滅した――――。

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