第44話
アユミは疎らな梢の下に立ち尽くし、遠くの戦場に視線を釘付けにしていた。そこでは、爆音と赤黒い閃光が断続的に閃き、まるで世界の終焉に走る亀裂のようだった。
彼女の上着のポケットには、五枚のカードが静かに収まったまま、一度も触れられていない。
その声は、戸の隙間から吹き込む風のようにかすかだった。
「誰が……あのダミアン・クロウハーストをここまで追い詰められるというの? あの男は、かつて私と共に数多の強者を一掃したというのに。」
アユミは、試験時間がとうに終わっていることを理解していた。だが、その冬の湖面のように冷たい瞳には、戦場へ踏み出す意志も、ダミアンにカードを渡して試験を突破させるつもりも微塵もなかった。
乾いた靴音が背後から静寂を破り、脳裏を一打ごとに叩くように響く。アユミは即座に振り返り、警戒の光を帯びた瞳を細めた。
霧と淡い光の中から、見慣れた姿が現れる——アコウ。
その身体は血に塗れ、衣服は裂けていたが、顔は死んだ月のように静まり返り、感情の揺らぎは一切なかった。
「やはり私の予想は間違っていなかったようだ。」低く落ち着いた声で彼は言う。
「お前は最初から、皆と共にこの試験を終える気などなかった。結局、あのダミアン・クロウハーストも……お前にとっては取るに足らぬ存在なのだろう?」
――戦場へ戻る。
空気は血の臭いと熱気で濃密に満ちていた。
地獄の槍のような濃く凝縮された赤い血の矢が、虚空から次々とゾアへ向かって放たれる。一射ごとに鋭い風切り音を響かせ、灰色の空を切り裂き、相手の魂さえ貫こうとしていた。
対するゾアは胸の奥で獣のように咆哮し、漆黒の炎が宿る瞳を燃やす。
手にした剣は炎と鋼が一体となって閃き、迫りくる血の矢を次々と断ち切った。だが、彼の体内のエネルギーは呼吸ごとに削られていく。黒炎は生き物のように刃に纏わりつき、力の源であると同時に、残された力を喰らい尽くす枷でもあった。
退かず、止まらず。
彼は砲弾のような速度でダミアンへ突進する。
今や、ダミアン・クロウハーストは真正面から相対することを避けていた——黒炎のもたらす圧倒的な恐怖が、その瞳に深く刻まれていたからだ。だが、恐怖は即ち降伏ではない。
鋼と血がぶつかる轟音が鳴り響き、その一音ごとに森全体が葬送の鐘に包まれる。遠巻きに見守る受験者たちは、介入することなく、その一騎打ちに魅入られていた。
ゾアは迫り来る血の矢を本能と死線の技でかわし、炎の剣閃で触れる前に焼き払う。逆に、ダミアンは全力で血を操り、地面や空から何十もの赤い槍を生み出し、飢えた蛇の群れのように襲いかからせた。
ゾアはその全ての軌道と間合いを読み切る。鳥のように軽やかに宙返りし、血の槍は虚しく地に突き立ち、紅の結晶片となって砕け散った。彼はその破片の嵐を背に、烈風のように駆け抜ける。
歯を食いしばるダミアンの瞳に炎が宿る。
再び血剣を呼び出し、紅い影となってゾアへ突進。刃と刃が噛み合い、小地震のような衝撃が地面を裂き、破片が四散する。
連打は戦鼓の如く鳴り響く。腕は震え、それでも止まらない。
一歩退けば、その瞬間に敗北が決まると知っていた。
ダミアンは戦術を変える——地面から、巨柱のような血の棘が何十本も突き上がる。ゾアは跳び退きかわすが、その刹那、ダミアンの姿が視界から消えた。全身を血が覆い、紅い影は血の棘と溶け合い、次の瞬間、ゾアの背後から必殺の突きを放つ。
全てが終わったかに見えた——だが、ゾアの黒炎の剣が閃光を放ち、下から上へと爆ぜる円弧を描く。突きを断ち切り、ダミアンの血剣は弾き飛ばされた。次の瞬間、渾身の蹴りが彼の胸を打ち、肺から空気が一気に絞り出される。
好機を逃さず、ゾアの剣が振り下ろされ、黒炎が轟く。
ダミアンの片腕が宙を舞い、噴水のように血が迸る。
時が緩やかになり、痛みに歪む顔と大きく見開かれた瞳が鮮明に映る。
彼は崩れ落ち、失われた腕のあった場所を押さえる。ゾアは剣を構え、全てを終わらせるべく刃を振り上げた。
……だが、その動きが止まる。警戒の色を帯び、一歩大きく跳び退く。
「なぜ……今、止めを刺さない?」——震える声で誰かが呟く。
断ち切られた腕から溢れた血溜まりに、月光を浴びた血の結晶のような紅い鎖が生まれ、ゾアへと走る。瞬く間に彼の全身を絡め取り、骨が軋むほど締め上げる。
歯を食いしばるゾアの口元から血が滲む。
ダミアンは痛みに震えながらも立ち上がる。
「貴様のせいで……これを使う羽目になったじゃないか、クソッ。」
血が爆ぜ、彼の全身を覆う。
深紅の瘴気が放たれ、周囲の空間全てを地獄の色に染め上げた。
――場面は変わる。
暗く冷えた部屋。唯一の光は暖炉の炎。
深紅のワインが揺れるグラスを片手に、ビロード張りの椅子に腰掛けた男がいた。
十字架のイヤリングがわずかに揺れる。
彼は微笑み、命令のように囁く。
「見せてやれ……“血の悪魔”の力を、ダミアン・クロウハースト。」
ここから、堕罪七つ――堕落へ導く七つの罪について語られる。
1. 血の悪魔 ― ヘッツマ
象徴: 血、生――死、犠牲と虐殺。
姿: 血が凝固して形成された鎧に覆われた巨大な人型。常に怒りに燃える瞳。背中には絡みつく蔓のような巨大血管が伸びている。
能力: 自ら生み出す血液の操作、血から武器を作り出す、高速再生。
性格: 無慈悲で短気、血に飢えるが、独自の規律を持つ――冷徹な秩序。
2. 影の悪魔 ― シャドウスピリット(かつて原初の闇の化身の代理だった)
象徴: 闇、隠蔽、執着。
姿: 固定の形を持たず、濃密な影の塊。明確に姿を現すときは、頭巾を被った人型、白炎のように輝く瞳。
能力: 影に溶け込み、他の影を経由して移動、対象の影から生命力を吸収、悪夢に囚え死に至らせる。
性格: 寡黙で予測不能。直接手を下すよりも観察と操縦を好む。
3. 骨の悪魔 ― コツマ
象徴: 死、骸骨、枯渇。
姿: 破れたマントを羽織る巨大な骨格。手には龍の背骨で作られた大鎌。
能力: 骸骨軍団の召喚、敵の骨からカルシウムを吸い取り腐敗させ、残った骨片から再生可能。
性格: 冷静で堅実、感情に左右されない。
4. 黒炎の悪魔 ― ブラックフレイムデーモン(十色座の一人、ガイアを裏切った者)
象徴: 破壊の炎、絶望。
姿: 身体全体が消えぬ黒炎に包まれ、巨大な炎の翼を持つ。
能力: 魂を焼き尽くす黒炎、水では消せず封印のみ可能、敵の記憶さえ焼き尽くす。
性格: 短気で無差別に破壊、痛みに笑う。
5. 鉄の悪魔 ― アイアンデーモン(四騎士・黙示録の従者の一人、戦争担当)
象徴: 戦争、武器、筋力。
姿: 金属の鎧で覆われた巨漢、手に岩のような戦槌。
能力: 鋼の如き皮膚、身体から武器を生成、周囲の金属操作、物理攻撃ほぼ無効。
性格: 正面から挑むタイプ、策略を嫌い、公然の戦いを好む。
6. 霧の悪魔 ― フロストデーモン
象徴: 冷気、静寂、緩やかな終焉。
姿: 高身長で痩せ、青白い肌、息は霧化、長く白銀の髪。
能力: 空間の凍結、吹雪の生成、血や息を凍結、小範囲で時間を止める。
性格: 冷静沈着、相手が徐々に消耗するのを観察するのを好む。
7. 呪いの悪魔 ― クルーデーモン
象徴: 言葉、怨恨、死の誓い。
姿: 常に陶器の仮面で顔を隠し、古文書の巻物で身体を包む。
能力: 聴いた者に呪いをかけ、恐怖や苦痛を力に変える。嘘をつくたび呪いを撒く。
性格: 陰険で忍耐強い、短期決着より苦痛の継続を好む。
これらの悪魔は、NG種族の昔話に伝わる恐怖の象徴である。四騎士、魔女、そしてこれらの悪魔は、もともとはNGであり、権力を濫用し歪んだ理想を残虐に実行した者たちであった。その物語は、戒めとして、恐怖と教育の両方の意味を持って伝承された。かつての彼らの力はあまりに強大で忘れられることはなく、民間伝承の姿は暗く恐ろしいものとして描かれる。実際の姿は時間の流れに飲み込まれ、完全には正確に残っていない。
だが、その力は新世代に甦る可能性を秘める。黒炎は通常の炎からでも復活し得る――条件が整えば、力は堕落しつつ再び顕現する。
そして、ダミアン・クロウハーストこそが、血の悪魔 ― ヘッツマの化身である。
姿は現れる――血が凝固して鎧となった巨大な人型、怒りに燃える瞳。凝固した血は宝石のように輝き、鎧のピースを形成し、西洋騎士の甲冑のように見える。知らなければ、鮮紅のルビーに見間違えるほどだ。鎧は震え、血管が根のように伸びる――鼓動は災厄の太鼓のように響く。
その恐ろしさと共に、彼は一撃を放つ――ゾアを後方へ吹き飛ばすほどの衝撃。息は氷のように冷たく、血の鉄の香りを帯びる。声を発する、落ち着いた口調だが骨まで冷えるほど冷酷に。
「この形態を使うと後始末が少し面倒だ。しかし、生き残るためには、お前の命を終わらせるしかない。」
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