第28話

「どうやらお前の友は死んだらしいな。ならば……お前の価値ももうないってことか?」


甘く、それでいて冷たく、刃のように夜を切り裂く声が響いた。少女は異様なほど美しかった――しかし、その美しさに温もりは一切なかった。冷たく、無感情。その周囲の空気さえも、言葉の凍りつく恐ろしさを増幅させている。


古びた教会の地下深くに隠された巨大な図書室。埃と蜘蛛の巣に覆われた棚は朽ち果て、軽く触れただけで崩れ落ちそうだった。足元には雑草が冷たい石の床を突き破るように生え、まるで過去の遺物を締め付ける怪しい根のようだった。湿気と静寂が支配する空間は、時間さえも封印されたかのように思えた。


その陰鬱な空間の中心には、ただ一つの机と数脚の木の椅子が残されている。少女たちはそこに座り、あたかも生死をかけた試験ではなく、支配者同士の優雅な午後のお茶会でもしているかのように会話を交わしていた。


「そんなはずはない! 嘘をつくな、この……化け物!」

怒りに満ち、かすれた声が響く。


黒く緩くカールした髪を持ち、前髪が片目を覆う少年。小さな丸眼鏡が、天井の微かな光を反射する。瞳には怒りの炎が燃え、目の前の者を焼き尽くさんとするかのようだった。


「お前は彼に、この場所を見張らせ、食事を届けさせるだけで、誰も手助けしない! 彼はただのDランクの生徒だ!」


言葉を続ける前に――顔面に強烈な蹴りが飛び、少年は仰向けに吹き飛んだ。縛り付けられた椅子も一緒に倒れ落ちる。周囲の少女たちは微笑むだけで、まるで安っぽい喜劇を見ているかのように静かだった。誰も声を上げない。


蹴りを放った少女が歩み寄り、少年の胸を踏みつける。呼吸が詰まり、痛みに目がかすむまで押さえつける。


「黙れ。ここでお前に発言権はない。」

冷たく告げる。

「もし彼が雑用を受け入れなければ、二人ともとっくに死んでいたのだ。」


その少女こそが マルグリット・ド・ノワールヴェイル――バンド レ・フルール・モルテル の最高指導者だった。彼女の名声は闇の中で生きた伝説のように広まっている。力の描写によれば、わずか数秒で一つのギャングを壊滅させることができる。しかし最も恐ろしいのは、誰も彼女が実際に戦う姿を目撃した者がおらず、生き延びた者もいないということだった。


教会の上階、薄明かりが冷たい石の床を照らす。キングはゆっくりと目を開け、身体を起こし、遠くに立つ影を細めた目で見つめる。


「確かリーダーは別のやつを連れて行ったはずだ、この筋肉野郎じゃなくて……」

金髪の少女がつぶやく。


キングは立ち上がり、指の関節を鳴らす。乾いた音が冷たい空間に響き渡った。


「次の相手か……完全には回復していないが、戦えないこともない。」

低く落ち着いた声。


少女は一歩後退し、警戒の姿勢を取る。


「私の質問を聞いていないのか? お前はこの場所を守る者か?」


眉をひそめ、不快そうな表情を浮かべるキング。


「守るだと? さっきから何をぐだぐだ言ってるんだ? さあ、戦うのか?」


少女の顔に不安が浮かぶ。すぐに構え、目を見開いた。


「守護者を倒したのか? すぐにリーダーに報告しなさい!」


時間を無駄にせず、少女は突進し、剣を光らせて空中に鋭く振り下ろした。しかしその瞬間、キングは手を上げ――掌で剣を直接受け止めた。傷一つつかず。


「な……何だこれは?」

少女は慌て、目を見開く。


直後、拳が空気を切り裂き、腹部に叩き込まれた。強烈な力は衝撃波を生み、埃を吹き飛ばす。少女の身体は一瞬弓なりに反り、まるで壊れた玩具のように投げ飛ばされた。血が飛び、瞳は広がったままやがて薄れていく。


キングは吐き捨てるように、失望の声を漏らした。


「そんなに弱いのか?」


少女は痛みに体をよじり、かすかな視線をキングに向ける。しかし背後には、濃い赤の影がゆっくりと現れつつあった。


「……ごめんなさい……倒せなくて……」


キングは顔をしかめ、意味がわからなかった。不安が肌を這い始める。


ザッ!


空中を横切る剣の軌跡。地獄のように鋭い真紅の刃が背後から迫る。鮮血のような模様が浮かび上がり、キングの背中に強烈な力で触れる。


彼は吹き飛ばされ、床に転がり、口から血を流す。痛みと圧力により、キングは直感する――今攻撃を仕掛けた者は、これまで出会った誰とも違う。


その攻撃を放った場所から、一人の少女が姿を現す。赤く燃えるような髪が暗闇に揺れ、しなやかに足取りに沿って揺れる。着ているのは独特にデザインされた 黒赤のスーツ。上は漆黒、下に向かって血の赤へとグラデーションがかかり、まるで色が彼女の心から滲み出すかのよう。透けるブレザーから白いシャツとワインレッドのネクタイが覗く。袖口は花のように広がり、革手袋が鋭さを増幅させる。


彼女は低く、しかし重みのある声で告げた。


「なるほど……シェン・ユエを倒したのは、お前か。」


キングは顔をしかめ、体を起こそうとする。


「お前は誰だ?」


少女ははっきりとした口調で答える。


「私は マルグリット・ド・ノワールヴェイル、レ・フルール・モルテルのリーダー。これから先、我々の領土に許可なく侵入する者は――私が直接始末する。」


「そんなに恐ろしいのか?あの戦いから今まで……相変わらず自信満々で、常に自分が最強だと思っているのだな?」


暗闇の外から、一人の影が静かに歩み入った。手には宇宙のように渦巻く夜空の色を帯びた鋭い刃。彼は多くを語らず、マルグリット・ド・ノワールヴェイルを冷たく、恐ろしいほど鋭い視線で見つめる――まるで相手の魂を引き裂き、粉々にするかのような眼差しだった。


その声に驚いたのか、彼女は振り返る。その瞬間、目を見開き、現れた人物に気付いた。


「ナサニエル・クロウリー?クレイヴ……ここで何をしているの?」

思わず声が低くなる。そこには微かな狼狽が混じっていた。


「部下は来ていない。」ナサニエルは冷たく答える。「ここにいるのは私と、君だけだ。」


マルグリットは軽く笑い、手で顔の半分を覆い、嘲笑の光を瞳に宿す。


「敵の本拠地に一人で乗り込むのか?そのつもりは?一人で全員と戦う気か?」


だが、ナサニエルは嘲りに耳を貸さない。手は刃の柄を握りしめ、まるで空間さえ切り裂くかのようだ。彼は落ち着いた声で、しかし確固たる意思を込めて告げた。


「今回、私はクレイヴの一員として来たわけではない。シェン・ユエの友として……我々のバンドに加わる者として、ここにいる。」


その言葉の直後、冷たく鋭い切り裂きが空間を横切った。銀河のように渦巻く光が暗闇を裂き、まるで天を切る傷跡のよう。刃は放たれたのではなく、瞬時にマルグリットの前に出現した。耳をつんざくような音が響き、砂埃が渦巻き、衝撃は空間を震わせる。キングはその光景を目撃し、ナサニエルが放った一撃の破壊力に驚愕せざるを得なかった。


しかし、その砂塵の嵐の中――マルグリットは微動だにせず立っていた。自信に満ちた表情、微塵の動揺もない。砂埃が晴れると、深紅の鎖と絡み合った赤い花々が姿を現し、彼女の体を守る生ける壁となっていた。冷たい大地から、彼女を囲む曼珠沙華が咲き誇り、古びた教会の床を赤い光で照らす。


「……シェン・ユエの友か?」マルグリットは微笑む。声には嘲りと軽蔑が混じる。「殺し屋はいつも自分を英雄だと思い込むものだな。」


彼女は守りの花の鎖を軽く引き込み、戦意を宿した眼差しを光らせる。


「ナサニエルがわざわざここまで来たのなら、私は一対一の挑戦を受けよう。仲間の介入は不要だ。」


手に現れたのは、血のように赤い刃。精巧に彫られたバラの柄が施され、刃先は空間を切り裂く準備を整えていた。すでに構えは完璧だ。


間髪入れず、ナサニエルは前方に切りかかる。直撃ではなく、空間の対角に刃を生み出す。マルグリットは本能で一歩後退する。その瞬間、ナサニエルは切り口へ瞬間移動し、銀河の光を帯びた眩い切りを描く。


足元では咲き誇ったバラが鎖に変化し、ナサニエルの足を縛る。マルグリットの身体は花びらに変化し、空中に溶けて跡形もなく消えた。その直後、彼女はナサニエルの背後に出現し、致命の一刺しを放つ。


しかし、刃はナサニエルが背後に用意した切り口に直撃――彼は動きを見越していたのだ。即座に彼女は宙に飛ばされ、反応する間もなく上空からナサニエルが全力の蹴撃を放つ。


恐ろしい高さから落下した体は地面に衝突し、数百枚の花びらが舞い上がり、まるで力の祭儀のように宙に漂う。ナサニエルは軽やかに着地するが、安堵する暇もなく、目に映るのはマルグリットの体ではなく、ただ一輪の真紅のバラ。


彼女は再び身体を溶かし、姿を変えて別の場所に現れた。だが、先ほどの攻撃による傷は確かに残っていた。


突然、後方から別の切りが飛んできた。ナサニエルは弾き飛ばされるが、熟練の技で反転し、素早く地面に着地して構えを整える。


足元では巨大な花が開き、彼を赤い玉座のように持ち上げる。花の鎖が身体を縛り付け、動きを封じる。その距離から、マルグリットは赤い矢のように突進し、致命の一刺しを放つ。だがナサニエルは怒りに満ちて身を強張らせ、瞳を光らせる――銀河の切りが連鎖的に爆発し、周囲を切り裂いた。


マルグリットは攻撃を受け、血を吐き、即座に花びらとなって視界から消え、後方に退く。


この戦闘を通じて、ナサニエルの能力が明確になる――宇宙の形をした切りを任意の位置に即座に出現させ、破壊力を発揮できるのだ。手の動きは不要で、視線によって発動する――これはザイファの手の操作とは完全に異なる。


さらに、複数の切りを同時に作り出したり、同一点に連続で発動することも可能だ。自らを切り口に瞬間移動させたり、相手を当てた切りに瞬間移動させることもできる――ただし相手を移動させる場合はクールタイムが必要。元々Bランクの能力だが、破壊力の凄まじさからAランク相当と見なされるほどだ。


マルグリットの方は、攻撃を受けたことで血がにじみ出ている。致命傷ではないものの、瞳に不快感がにじむ。


「さすがクレイヴの主力……力、恐るべきものだな。」マルグリットは歯を食いしばり、尊敬と怒りが混じった声を漏らす。


「花の力を目の当たりにして……なぜ無数のギャングを打ち倒せるのか、よくわかった。」ナサニエルは率直に相手の実力を認めた。


マルグリットの能力は木属性。ルーカスが雷電の化身なら、彼女は最強クラスの木属性の化身である。雷光の速さはないが、花に変化することでの瞬間移動と変幻自在の攻撃が可能だ。決定打はまだ出していないが、Sランクに匹敵する能力を秘めている。属性持ちなら誰でも強いわけではない――破壊力に達するのはごく一部だけだ。


「慢心するな、ナサニエル・クロウリー。」マルグリットは冷たく言い放つ。「これから……私がなぜこの試験で最も恐ろしい者なのか、思い知らせてやる。」


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