第2話

第四章 小さな正義


それから一週間。

竜太郎は、自分の中で何かが変わっていくのを感じていた。


学校の廊下を歩く時。

教室で授業を受ける時。

電車で通学する時。


——あらゆる場面で、「悪」が目についた。


万引きしそうな中学生。

痴漢まがいのサラリーマン。

老人に暴言を吐く若者。


彼らは皆、法律の網をかいくぐって生きている。

警察は動かない。

誰も罰しない。


なら、僕が——


木曜の夕方。

竜太郎は駅前のコンビニで、一人の高校生を見つめていた。雑誌コーナーで立ち読みしながら、巧妙にお菓子をポケットに滑り込ませている。


店員は気づいていない。

他の客も気づいていない。


竜太郎は静かに携帯を取り出し、110番をダイヤルした。

「もしもし、駅前のファミマで万引きです。今、高校生が——」


五分後。

パトカーのサイレンが響く中、高校生は青い顔で連行されていった。


これでいい。

これが正義だ。


帰り道、竜太郎の足取りは軽やかだった。

世界が、少しだけ綺麗になった気がした。


---


第五章 家庭の亀裂


その夜の夕食は、いつものように重苦しい空気に包まれていた。


「竜太郎、お疲れさま。今日も遅かったのね」

母が申し訳なさそうに微笑む。

「ばあちゃんが夕飯作ってくれたから、温め直すわね」


祖母が箸を置く音が、やけに大きく響いた。

「温め直すって……作ってすぐ食べさせればいいのに」

「お母さん、お疲れなんです。仕事から帰ってきたばかりで——」

「仕事、仕事って。昔の嫁は——」


竜太郎は無言で食事を続けた。

毎晩繰り返される、この不毛な争い。


祖母の小さな嫌がらせ。

母の我慢の限界。

そして、どちらも譲らない意地の張り合い。


憎悪は、こんなに身近にある。


竜太郎は咀嚼しながら考える。

学校のいじめっ子も、万引きする高校生も、この家の女たちも——根っこは同じだ。


自分の感情を押し通すためなら、他人がどれだけ傷つこうと構わない。


僕だけが違う。

僕だけが、正しいことをしている。


その夜、布団の中で竜太郎はガチャガチャのカプセルを握りしめた。

赤いプラスチックが、かすかに温かい。


—あのおばあさんに、また会いたい。

—もっと力が欲しい。

—もっと多くの悪を、裁きたい。


暗闇の中で、竜太郎の瞳が静かに光っていた。


---


第六章 小さな記事の重い真実


数週間後の朝。

竜太郎は新聞の三面記事に目を留めた。


『川崎で強盗殺人 主婦射殺、現金百万円奪われる』

昨夜、川崎市内の住宅に男が押し入り、住人の大豆生田(おおまめうだ)あつ子さん(34)を拳銃で射殺、現金を奪って逃走した。同居していた姑のハルさん(74)は「外国人のような男だった」と証言。県警は——*


大豆生田。

その名前に、竜太郎の手が震えた。


慌てて家を飛び出し、駄菓子屋のあった場所へ向かう。

しかし、そこにあったはずの古い木造家屋は跡形もなく、更地になっていた。

隣の表札を見ると——確かに『大豆生田』と刻まれている。


「あの、大豆生田さんのおばあちゃんは?」

近所の主婦に尋ねると、

「ああ、ハルばあちゃん? 息子夫婦のところに引っ越したのよ。川崎の方にね」


川崎。

新聞記事の現場と同じ場所。


竜太郎の中で、恐ろしい推理が組み立てられていく。

あのおばあちゃんが、嫁を——?


自宅に戻ると、母と祖母がまたケンカしていた。

「だから言ったでしょう! その味付けじゃ竜太郎が可哀想だって!」

「余計なお世話よ! お義母さんに料理のことで文句言われる筋合いはない!」


竜太郎は二人を眺めながら、ぞっとした。

嫁姑の確執——それは、どこの家庭にもある普遍的な憎悪。

もしもあのおばあちゃんが本当に...。


その夜、竜太郎は決意を固めた。

あのおばあちゃんに会いに行こう。

そして、もっと多くの『力』を手に入れるのだ。


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