第23話 火がつく材料は十分にあった Side:和泉日色
旧校舎に行くまでは時間があるから8時まで課題作成でもしていよう。そんな風に考えていたら、想像以上に集中して、約束の時間を5分過ぎてしまった。
深町さんたちはもう旧校舎の中だろうか。慣れた道を通り、いつものように昇降口から入る。相変わらず玲は綺麗好きだ。埃っぽさが全くない。本人……いや、本幽霊いわく暇だからやったらしいが、それでこの旧校舎全体を掃除するなんて本当によくやると思う。だけど、やっぱり感覚が違うのだろう。蜘蛛の巣がインテリアというのは理解できない。
どこに何があるのかをだいたい把握している廊下を進むと、ぶつぶつと何かを呟く声と人の気配を感じる。パッと光を当ててきたのは薄く涙を浮かべている深町さんだった。
「い、いずみせんせぇ……」
「大丈夫……ではなさそうだね?」
「だいじょうぶになりたいです……」
その怯えた様子すら可愛くて、つい頭を撫でてしまった。
「一応聞くけど、久坂さんと夏川くんは?」
「先に行っちゃいました」
そう指差された方向にはばっちりと2人の姿が見える。慌てて隠れたみたいだけど、全然隠れられてはいない。少し違うかもしれないが、頭隠して尻隠さず状態だ。
旧校舎という雰囲気に呑まれている深町さんはどうやら気づいていないらしい。とりあえず、玲を探しながらうろうろとしてみるか。
「それじゃあ、俺たちも行こうか」
しばらく歩いていると、久坂さんたちが何かに躓いたのか、がたがたと物音がした。「ひぇっ!?」と声を上げたと思ったら、左腕に温かさを感じる。
幻覚じゃなければ、深町さんが震えながら抱きついてきていた。
……本当に可愛い。そして揶揄いたくなる。思わず小さく声をあげて笑ってしまう。安心させるように言ったら、深町さんは、俺の腕から離れて、参ったという風に両手を上げたまま固まった。
またもや現れた俺の中の悪魔によって、深町さんへ左手を差し出す状態となる。おずおずと乗せてきたその手は、想像以上に小さくて温かかった。
その後突然現れた玲に、深町さんは気を失ってしまった。本当にお化けの類はダメらしい。あとで玲とお話することを決めて、そっとハンカチを枕に寝かせる。それだけだと頭が痛くなりそうだし、膝枕でもしたいところだけどさすがにやめておいた。
目が覚めてまたパニックになりかけた深町さんの手を握る。ほっと息を吐けたようだ。やっぱり可愛い。
そんな俺と深町さんを見比べてにやりと笑った玲は、俺から深町さんを奪って、あろうことか抱きしめた。
「玲……? 俺の可愛い生徒に何をしているのかな?」
自分の口から出たものだとは思えないくらいに、冷え切った声だった。
玲に名前を呼ばれた深町さんは、そっとそちらの方を向く。どうしてか、玲の顔が深町さんの顔に近づいていく。……深町さんがキスされた? 玲に? 俺の可愛い生徒が? 合意もなく?
その後、未遂だと聞くまで俺は相当怒ったと思う。頭が真っ白になって急速に冷えていく感覚、どうすれば玲にダメージを与えることができるのか、そんなことばかり考えていた。
正直、本当にほっとした。俺の可愛い深町さんが玲に取られていなくて、ほっとした。腕の中で赤くなって固まっている深町さんの頭を撫でて、長い長い安堵の息を吐く。
「それにしても、どうして玲さんはおでことかじゃなくて伊都先輩の唇を狙ったの?」
「そりゃあ……そっちの方が焚き付いてくれるだろ? 何より面白い!」
ふと聞こえてきた会話で、見事に焚き付けられたことをようやく悟った。
……俺は、深町さんのことが好きだ。一度認めてしまったら、次から次へと溢れるようにして「好き」や「愛してる」が出てくる。もう、この気持ちは誤魔化しきれない。深町さんの隣に俺以外がいる未来なんて、絶対になしだ。
ひとまず、玲は許さない。だけど、気づかせてくれたことについては、ほんの少しだけ、ありがとうと言っていいのかもしれない。
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