第15話 目を合わせて Side:和泉日色
基本的にいつも落ち着いていて、きっちりしているイメージが強い深町さん。そんな彼女は、明らかに大丈夫な状態ではなかった。今まで一度も見たことない風に頼りない声を出して、久坂さんへ泣きついている。
おそらく……いや、確実に、あのうわさのせいだろう。その犯人も、その動機まで分かっているのに俺ができることはほとんどない。つい先日の職員会議で「もう少し泳がせる」と決まったばかりなのだ。
指導できるほどの何かをやらかしたわけでもない、そんな微妙なラインを走る例の3人。意外と後先を考えているのか、それともただの偶然なのか……。
ひとまず、可愛い生徒のメンタルをなんとかした方が良さそうだ。あくまで俺の予想だけど、たぶん深町さんは緊張とかストレスとかで食欲がなくなるタイプ。その点からも早めになんとかしておきたい。
……しかし、泣きついているところも可愛い。なんというかこう、頭を撫でたくなる。
「和泉先生! 伊都から相談したいことがあるらしいデスよ!」
一瞬、考えを見透かされたかと思った。……俺が話を聞いて、少しでも楽になってくれたらいいけど。
椅子に座っている深町さんへ「どうしたの?」と近づき、膝立ちになって目線を合わせる。
話の内容は概ね俺が把握していることと一緒だった。まさか夏川くんのことに気づいてないというのは少し驚いた。
「——もしまた何か話したいことができたら、遠慮なく声をかけて?」
そうやって笑ったら、深町さんは突然視線をうろうろと動かし始める。少しして俺の方を見てくれたが、そのありがとうの言葉には動揺が多分に乗っていた。
……可愛い。緩みそうになる頬へ笑顔を被せる。今度はじわりと頬を染めて視線を逸らされてしまった。
「お昼、無理はしなくて大丈夫だけど、一口でも食べられそうなら食べてね」
こくりと頷いてくれたから、予想は当たっていたのだろう。
放課後、ちょうど旧校舎に行く用事があった。少し遠回りにはなるけどその道中にある図書室へと向かう。理由はもちろん、深町さんが夏川くんと図書室で話すと言っていたから。それと、何か胸騒ぎがしたというのもある。何もなかったらそれでいい。
だが、そういう希望的観測は外れるというものだ。深町さんは、夏川くんの胸ぐらを掴む男子生徒を止めようとしていた。危ないと考えるのと、体が動くのは同時だった。次の瞬間、ばっと振り払われた深町さんは、背中から床に向かって倒れていく。
間一髪で支えられたけど、もしも間に合わなかったらどうなっていたことか。「大丈夫?」と聞いたら、唖然とした様子で頷いてくれた。その瞳は涙に濡れている。
久々に、怒りが湧いてきた。
だからうっかり言ってしまった。
「君たちは、俺の可愛い生徒に一体何をしたのかな?」
正直、これは失敗したと思う。「可愛い生徒」だけならまだいいかもしれないが、「俺の可愛い生徒」なんて、言われてそう嬉しいものではないはず。
その考えはとりあえず隅に追いやって、目の前の3人に聞いてみる。深町さんの右手首が赤くなっていたのに気づいた時は、頭が妙に冷えていく感覚がした。
ちょうどやってきた3人と夏川くんの担任に、騒動の元凶を任せて、2人の無事を再確認する。
「深町さん、夏川くん、2人とも大丈夫?」
「僕は大丈夫。伊都先輩は?」
「わ、わたしも……」
ほっと息を吐いた深町さんは、だんだんと頬を染めていく。夏川くんとは合わせている視線も、俺とは全く合わせてくれない。もしかすると……、1つの可能性が頭に浮かぶ。
「類ちゃん、助けようとしてくれてありがとう。和泉先生、偶然だと思いますけど来てくださって助かりました。ありがとうございます」
深町さんは早口でそう言い、ぎりぎり注意されないくらいの早歩きで去って行く。相変わらず律儀な子だ。そして可愛い。でも……。
「……偶然ではなかったんだけどね」
呟いた言葉が深町さんに届いているのかは分からなかった。
「深町さんおはよう。手首は大丈夫?」
次の日そう声をかけたら、右往左往と視線を動かしながら「おはようございます……大丈夫です……」と答えてくれた。その手首には、痛々しいあざを隠すように白い包帯が巻かれている。クラス委員の仕事はしばらく休むかと訊いたけど、見た目ほど酷くないので手伝いをさせてほしいと言われてしまった。
深町さんは、今までと変わらず久坂さんを引っ張って国語準備室に来てくれる。夏川くんを見かけたら進んで声をかけに行く。俺以外の先生に対してだって普段通りだろう。でも、俺と目を合わせてはくれない。
やっぱり気まずいのかもしれない。相手へ好意を向けていることに気づいたはいいものの、どう接したら良いのかが分からない。そんなところだろう。……まあ、この予想自体が外れている可能性もあるわけだけど。
深町さんはまだ高校3年生だ。26歳の俺とは年代が違う。きっとそのうち、俺へ向けてくれている好意は冷めて、他の人を好きになるはず。
……その相手は深町さんを任せられると確信できる人がいい。それ以外は絶対にダメだ。
…………こんなことを考える俺は一体何目線なんだ。
帰宅中に吐いたため息は、夜雨の音にかき消されていく。
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