お姫さまは魔王城のてっぺんに!!

渡貫とゐち

第1話


 とある事情で前任者から『勇者』を継承した赤髪の少女は失念していた。


 勇者以前の感覚でいたが、そう言えば私は勇者だったのだと実感する。


 そう、ついつい忘れてしまうが、勇者についてこれる仲間は限られている。少なくとも、そのへんにいる兵士を連れてきても全員が脱落するだろう。

 それくらい、勇者というのは集団に混ざれば頭ひとつ飛び抜けているのだ。


 魔王を倒すために選ばれた世界でたったひとりの救世主なのだから、そうであるのが当然であるのだが……。


 赤髪の勇者――元、とある王国のお姫様だ。

 彼女が魔王を倒す旅に出る時に、数人の兵士を引き連れたのだが……彼らは早々に脱落した。次の町で治療をし、先を急ぐ彼女はその場には留まれないが、彼らは怪我が完治したら国へ引き返すだろう……そういう約束だ。


 無理して追ってこられても彼女が困るだけである。


「すみません、姫様……っ」


 と、悔しそうにしてくれたけれど、並みの兵士でもついてこられる勇者であっても、それはそれでどうなんだ? と不安が残る。


 兵士に混ざって頭ひとつ飛び抜けない勇者が、果たして魔王を倒せるのか――。


 そう思えば、引き連れた兵士を脱落させるくらいの影響を与えるのは、勇者としては及第点なのではないか。


 ……なんてことを考えた。

 及第点であろうとなかろうと、結局、勇者は世界にひとりである。彼女が前へ進むしかないのだ。兵士が脱落したから、ひとり旅である――……寂しいなあ、ということはなく。


 実はお姫様、このひとり旅が結構ハマっていた。守る者がいない旅は動きやすかった……たまに融通が利かないこともあるが、大抵の場合は勇者の力でなんとかなる――

 腕力であれ、権力であれ――結果、単独で魔王の城までこれた。……これてしまった。


 あれ? 試練は? 勇者についてこれる仲間は?

 もっとこう、色々と悪戦苦闘するけど最後には友情が育まれるような、十代らしい青春なんかも入り混じったドキドキな恋愛模様なんかも体験できるイベントの数々が、その……あるべきなのでは?


 それどころではないだろう、というのは置いておく。

 ……なにもなかったのだ。


 赤髪の勇者は、本当に、なにもなく、スムーズに――――


 彼女は恐らく歴代でも最速で、魔王城に辿り着いた。



「ひとけがない……そんなものなの……?」


 あるはずだろうと身構えていたけれど、奇襲もなかった。


 ……普通、侵入者だーっ、くらいは、魔王の部下なり幹部なりが降りかかってきそうなものだけれど、それもなかった。魔王軍として問題なのではないか?


 いらぬ心配をしてしまう。

 まさか魔王城じゃないとか、あり得るか……?


 それはそれで、この城こそが罠だとすれば、ある意味、奇襲ではあるけど。


 だとすれば道中になにもなかったことにも納得できる。障害が一切ない旅路だったのは……いいのだけど、しかし勇者としての立場から言わせてもらえば、つまらなかった。


 苦戦しない旅は喜ぶべきことなのだけど……、塩梅があるだろう。ちょうどいい旅にならないと腕が鈍って仕方なかった。

 今も、身構えているけど奇襲があったら対応できるか分からない……。剣なんてもう数日、振ってないんだけど??


 城の内部を歩く。

 先に見えた重たい鉄の扉を見つけ、両手をつける。


 ぐ、っと押すと、ゴゴゴゴゴ、という重たい音が響き渡った。


 ……勇者だからこそ押し開けられたのだ。

 筋力が増加している――装備のおかげではない。装備に関してはなにも更新していなかった。出発時点で持っていた剣、鎧だ。

 王国で選び抜かれた装備ではあるものの、途中のダンジョンで宝箱から見つけたものと入れ替わることもなかった。そもそもダンジョンさえ見つけてないし。


 普通に森を抜けて山を越えただけだった。海は見てもいない。


 今更だけど、普通の剣で魔王に通用するのだろうか?



 魔王城の奥へ。

 通路の隅々までは、掃除は行き届いていなかった。


 周囲は薄暗いし、そういうものだろうか。

 魔王城、というよりは廃墟である。


「だれもいない、のよね……?」


 耳を澄ませば、カサササ、と虫が這う音は聞こえてくるが……いや、遠くから、足音だった。


 ――駆けてくる足音が聞こえ、勇者が剣を抜いて身構える……くる!!


 奥の暗闇から飛び込んできたのは――反った角を生やした青髪の青年だった。



「たっ、助けてくれぇ勇者ぁん!!」


「…………は?」



 刃が彼の首に落ちる寸前でギリギリ、止まった。

 ……腰にしがみついてきた青年……魔王……? を、深呼吸の後で横へ殴り飛ばす。

 そのことに罪悪感があったが、彼から出てくる禍々しい、紫で、黒いオーラは間違いなく魔王のそれだ。つまり、全力で殴ってよかったのだ。


 ぶへ!?!? と、城の壁に潰れた虫のようにくっついた魔王が、数秒後、剥がれるように倒れた。


 もちろん、この程度で気絶するわけもなく、頭に瓦礫を乗せながらも、がばっ、と起き上がって勇者の腰に手を伸ばした。


「ちょ、ちょっと……!」


「助けてくれ勇者っ。て、手のつけられんわがまま姫がっ、この城を乗っ取って……っ、魔王になっちまったんだよォ!!」


「…………なに、それ」


 なにを言っているのだろう??

 魔王が、そんな弱音を吐くだろうか?


 でも、間違いなく彼は魔王だ。勇者の本能がそう言っている。


「もうっ、勇者にしか頼めんのだっ、お願いだ――勇者ぁ!」


「分かったから、しがみついてこないでくれる……?」


 なんて隙だらけだ。ここで魔王の首を斬り落としてしまえば……、って、それで終わる話でもないことは明白だった。


 魔王城は、今や別の魔王(?)が、乗っ取っているらしい。


「それで? なにがあったの?」


「そ、それがな――」



 完全に、魔王の不注意だが。

 攫ったお姫さまに、魔王城の操作盤を奪われてしまったらしい。


 部屋に閉じ込めていたはずの若い姫が気づいたら脱獄していて……部下どころか幹部さえも罠にはめて、さらには魔王まで追放し……この魔王城の新たな主となった。


 つまり、現時点での、ある意味で、魔王である。


 罠にハマった幹部たちはどうなったのか……地下に閉じ込められているのだそう。


 魔王軍、ひとりのお姫さまに完敗である。

 まさか、人質に中枢を支配されるとは。


 魔王にも予想できなかった事態だ。


 かわいい顔に油断した――


「アイツを止めてくれぇ!!」


「なんで私がそんなこと……」


「勇者だろうっ!?!?」


「あなたを倒すのが私の役目なんですけどね……」


 そのつもりだったが、魔王城が世界を滅ぼす兵器であるならば、若いお姫さまに操作盤を預けたままなのは、魔王を野放しにするのと同じくらいに不安だ。


 悪意なき世界滅亡のことなど考えたくもなかった。


 禍々しい絶対悪の魔王だからこそ、恨みがそこへ向く部分もあるのだ……、人質だった姫が誤って世界を滅ぼした、としたならば…………じゃあ、恨みはどこへ向かえばいい?



『うーん、まおー? どこいったー?』



 城内に響き渡る高い声。

 ……魔王だ。

 いや、攫われたお姫さまだけど。


「ひっ!? ヤバイ……なんだよアイツ、なにをどう操作したんだよ!?」


「ほんと、なにしたのかな……?」


 暗闇の向こうから。


 どしん、どしん、と世界を揺らしながら歩いてきたのは……三つ首の、獣だった。


 ケルベロス。


 勇者は、剣を握り締める。

 ……初めて、試練っぽいのがやってきたぞ?


「まさか、これを年下っぽい姫さまに仕組まれるとはね……」


『ん……? もしかして、ゆーしゃさま?』


「ええ、勇者だけど……あなた……『魔王ごっこ』がやりたいの?」


 勇者の質問に、高い声がさらに高く笑った。


『っ、きゃははっ。まおーには期待はずれだったけど、ゆーしゃさまなら――堪えられるよね?』


 ガチャン、と外れた金属音。

 暗闇のもっともっと奥からだった。


 檻から、なにかが解き放たれた気配を感じ取った。

 ケルベロスと同じように……なにかが、勇者を狙ってやってくる。


「あわ、あわわわわわわっ!?」


「魔王、黙って」


「ヤバイってッ助けてくれよ!!」


「なんとかするから。あなたは隅っこで縮こまってなさい」


 魔王を突き飛ばす。

 尻もちをついた魔王は四足歩行で通路の隅っこへ。


 ……魔王像を勝手に膨らませ過ぎていたらしい。会ってみれば、こんなものか。


 魔王が悪いわけではない。

 魔王の脅威を高く見積もっていた、勇者が悪いのだ。



『ねえ、ゆーしゃさま、これどーするの?』


 地獄から。

 呼び寄せた怪物たちがやってくる。


 幸いにも、一本道の通路であるため、まとめて複数体を相手にする必要はなさそうだった……が?


 左右の壁が崩れた。


 通路が横に広がった。……闘技場のように、舞台が拡張される。


「ふうん。……なら、まとめて全部、斬り倒すわね」


『やってみて。うふ……楽しみにしてる』


 ――怪物たちが襲いかかってくる。


 勇者が、その怪物たちを捌きながら――、


 高みの見物をしている姫と、剣を振り回す勇者の紋章を持つ姫が、衝突した。



 ……さて、これはなんのための戦いなんだっけ??




 崩れた壁の瓦礫に埋もれていた魔王がぼそっと呟いた。


 下手に動けない魔王は、死んだふりをするしかなく……、



「おいおい……、こんな姫が世界にはごろごろいるのか……? こんな世界、魔王が支配するなんて夢のまた夢じゃね……?」



 父のようにはいかなかった。


 今世代の魔王の、完璧な敗北宣言である。





 ・・・ おわり

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