リハビリ

ヒマツブシ

リハビリ


薄暗い河川敷を走る小太りの男。

フーッ、フーッと疲れた様子で息を吐いている。


橋の下にたどり着き、ヨロヨロと歩きながら道の端に座り込む。

滝のような汗と痺れる両足を見て、男は思った。


——これは思ったよりも、元に戻すのに時間がかかるな。

少しずつ慣らしていかないと。


ウエストバッグから水を取り出し、ひと口飲む。

男の前をランナーたちが通り過ぎていく。

最近は、日が落ちれば夜は涼しく、ランニングにちょうどいい気候だ。


駆け抜けていく背中を見ながら休憩していると、電話がかかってきた。

男はワイヤレスイヤホンのスイッチを押す。


「調子はどうだ?

そんな簡単にブランクは取り戻せないんじゃないか?」


「うるさい、いいところなんだ、邪魔するな」


通話を切る。

かすかな街灯の灯りに照らされた河川敷を眺める。

顔の横を吹き抜けていく風が心地よい。


——————


「ヨシ、行くか」


休憩を終え、再び走り出す。

しかし、足はすでに限界だったらしく、もつれて転びかけた。

その時、前から走ってきた初老の男が、小太りの男の腕を取り支えた。

そのおかげで、転ばずに済んだ。


「大丈夫ですか?」


「ああ、ありがとうございます。

ちょっと久しぶりの運動で、よろけてしまったみたいです」


「そうですか。では、お気をつけて」


「あ、待ってください。お礼をさせていただきたいので、連絡先でも——」


それを聞くと初老の男は、醜いものを見たかのように顔を歪めた。


そしてそのまま、ぐにゃりと表情が崩れる。

片方の口角が裂けるように吊り上がり、頬が波打つ。

焦点の合わない目が、上下に揺れながら男を見ていた。


初老の男は、自分の顔の変化に気づいたのか、慌てて手で覆い隠す。

顔を上げたときには、先ほどまでの穏やかな表情に戻っていた。



「いえ、お気になさらず。お礼など結構です。それでは」


足早に去っていく背中を見送る。

男はフーッと大きな息を吐いた。


————


再び歩き出し、男は電話をかける。


「お、どうした? もう終わったのか?」


「ああ、終わったよ」


「どうだ? 久々の仕事は? 本当にうまくいったのか?」


「大丈夫。ちゃんと薬が効いてるのを確認した。あと数分で、あの世行きだろう」


「さすが、ブランクを感じさせないね」


「馬鹿言え、体が重すぎて失敗するかと思ったわ。ダイエットは継続だ」


「そうか、しばらくリハビリ期間が必要かもな。まあ、これからもよろしく頼むよ」


電話が切れる。



男は足を止め、自分の腹をひと摘みしてため息を吐いた。

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リハビリ ヒマツブシ @hima2bushi

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