1

 夜。

拠点の一室で眠っていた蓮の頭に、突如として強烈な衝撃が走った。


「っ……!?」


飛び起きた瞬間、胸の奥に得体の知れないざわめきが広がる。

――思い出せない。

自分がいた“元の世界”のことが、霞のようにぼやけていく。


焦燥に駆られた蓮は部屋を飛び出し、神谷や鷹真、白神、蘭華のもとへ走る。

「なぁ……俺のいた“元の世界”のこと、覚えてないか!?」


しかし返ってくるのは一様に首を傾げる仕草だった。

「元の世界? 何それ……」

「そんな話、聞いたこともないわ」


絶望の色が、蓮の顔に濃く刻まれる。

次の瞬間、再び頭を殴りつけるような衝撃。


「ぐっ……!」


ふらつく足を必死に引きずり、部屋へ戻った蓮は机に紙を広げ、震える手でペンを走らせた。


――もし記憶を失ったら、これを読め。


そこからは止まらなかった。

元の世界のこと、自分の名前のこと。

この世界が破滅へと進んでいると直感したこと。

それを阻止しなければ帰れないこと。

そして、自分を待っている人々が確かにいること。


「……忘れるな。俺には……帰るべき場所があるんだ」


紙の最後に、仲間たちの名前と、それぞれの特徴を丁寧に書き込む。

一人ひとりの姿を必死に脳裏へ焼き付けるように。


――その瞬間。


眩い閃光が走り、蓮の身体は痙攣し、机に突っ伏すように倒れた。


……どれほどの時が過ぎただろうか。


目を開いた蓮の瞳に浮かんでいたのは、空虚だった。

彼の中から“元の世界”という言葉も、記憶も――一片すら残ってはいなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る