第36話
空港での手続きを終え、彼らは飛行機に乗り込んだ。案内されたのはビジネスクラス。革張りのシートが並び、広々とした空間はどこか非日常を感じさせる。
席は、蓮と神谷が隣同士。鷹真と蘭華、そして白神がもう一列。
「着くまで暇だし……寝てろよ、蓮」
神谷がシートベルトを締めながらぼそりと言った。その声音は不器用ながらも優しい。蓮はこくりと頷くと、リクライニングを倒し目を閉じた。
一方、隣の席では小さな騒動が始まっていた。
「……ねぇ、私のお菓子は?」
白神が無邪気に問いかける。
鷹真は慌てたように顔を背けた。だが、その口元には何やらもぐもぐとした動きが。
「おまっ……返せ!」
白神の拳が軽く鷹真の腹に入る。
「うぐっ!」
思わず鷹真が吹き出したのは、さっき口に入れていた飴玉だった。
コロコロと転がった飴玉は、弾みでシートの隙間をすり抜け――隣の見知らぬ乗客のカバンの中へ、見事にイン。
鷹真と白神は凍りつき、どうしようかと目を見開く。
その様子をちらりと見ていた神谷と蘭華は、堪えきれないものを抱えつつも、必死に唇を噛んで笑いを堪えていた。
「……ふっ」
「……っく、だめよ、笑ったらバレる」
飛行機が滑走路を走り出す中、彼らの奇妙な旅は早くも波乱含みの幕開けを迎えていた。
機内に安らぎが流れていた。蓮は隣で眠り、鷹真と白神はちょっとした小競り合いを続けている。そんな中、神谷の背後で微かな気配が動いた。
――スッ。
首筋に冷たい殺気。後ろの席から、鋭い刃が神谷の首を狙って伸びてきた。
その瞬間、機体が大きく揺れた。
「……っ!」
乱気流に巻き込まれ、座席全体がガタガタと震える。ナイフは狙いを外し、ふわりと空中に跳ね上がった。次の瞬間、一直線に落下――寝ていた蓮のすぐ横、シートに深々と突き刺さった。
「……ちっ」
神谷は一瞬で状況を察し、素早く刃を抜き取る。そのまま手首をひねり、後方へと返すようにナイフを投げた。
――ザクッ。
嫌な音がして、背後からかすかな呻き声が漏れた。やがて静寂が訪れる。
神谷は肩をすくめると、何事もなかったかのように前を向いた。
「……」
騒ぎに気づかぬまま、蓮が目を擦りながら起き上がる。
「……あ、もうシートベルト外していいんだ」
立ち上がった蓮は、トイレへと向かった。冷たい水で顔を洗い、ようやく眠気が抜ける。
だが、ドアを開けて外に出た瞬間――
「……っ!?」
視界を塞いだのは、壁のような筋肉。
肩幅はドアの枠を超え、二の腕はまるで岩石。頭一つ分も高いその存在感に、蓮の心臓は跳ね上がった。
「ゴ、ゴリラ……!?」
思わず小声で呟いた。男は無言のままこちらを見下ろす。その圧に耐えきれず、蓮は慌てて体をよじり抜け、逃げるように自分の席へと戻った。
再びシートに座ると同時に、機内アナウンスが響き渡る。
『まもなく到着いたします。お客様はシートベルトを着用のままお待ちください』
機体は高度を落とし、窓の外には《ネオ・アーク》のまばゆい光が広がり始めていた。
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