第18話

 蓮は改めて男の方を見た。

「そういえば……名前、聞いてなかったな」

男は少し間を置き、低い声で答える。

「……神谷だ」

「じゃあ、上司の名前は?」

「俺か? 黒瀬だ」


黒瀬は二人を見回し、「今は休め」とだけ言い残すと、そのまま椅子に座ってうたた寝を始めた。蓮もいつの間にか眠りに落ちる。


翌日、退院した蓮は神谷と共に拠点へ戻った。

「そういや……禍憑の強さ、最近おかしいと思わないか?」

神谷が口を開く。

「本部でも調査中らしい。俺たちにもいろんな場所で情報を集めてくれってさ、バイトとかで」

蓮はふと、自分の年齢のことが気になった。

「でも俺、まだ年齢が……」

神谷はあっさりと答える。

「偽造しといた」

「は?」

「厚底の靴も用意してやった。ほら、これ履け」


そのまま二人は街へ出る。既に裏で黒瀬やお偉いさんが手を回してくれていたらしく、着いた先はこじんまりとしたカフェだった。

「今日からここでバイトな」

蓮は一瞬固まったが、神谷はもう制服に袖を通している。どうやら、これも任務の一部らしい――。


蓮は慣れない手つきでトレーを持ち、テーブル番号を確かめながらコーヒーを運ぶ。

「お待たせしました――」

言いかけて顔を上げた瞬間、心臓が跳ねた。そこに座っていたのは南雲と、同じクラスの数人だった。


視線が合う前に、蓮は慌ててカップを置く。

「失礼します」

そして、逃げるように踵を返す。


――その瞬間、背後から聞こえた声が耳を刺した。

「今の……蓮じゃね?」

血の気が引く。

(やば……!)

だがすぐに南雲の声が割り込む。

「違うでしょ、あんなとこで働くわけないじゃん」

その一言に、蓮は心の底から安堵した。


その時だった。奥の席に座る二人組が、妙に静かに会話をしているのが目に入る。何気なく目線を逸らしつつ、蓮はポケットから小型ゴーグルを取り出し、背を向けるふりをして装着した。


ゴーグル越しに見ると――二人の周囲には、無数の透明な糸が張り巡らされていた。

(……あれは、罠か)

蓮は息を殺し、距離を取って様子を伺う。


しばらくすると、二人組は急に声を荒げ始めた。

「おい! 注文間違ってんだろ!」

「ふざけんな、金返せ!」

店内の空気が一気に張り詰める。蓮は迷った。

(ここで動くべきか……いや、まだ――)


だが、二人は怒鳴り散らしたあと、椅子を蹴るようにして店を出て行った。蓮は即座にトレーを置き、後を追う。


外の路地。

「……で、あの蓮ってやつ、どうやって殺す?」

ゴーグル越しに見えたのは、男の背中と、再び伸びてくる透明な糸。


「っ!」

反射的に身をひねり、糸を避ける。腰の剣に手を伸ばすが――そこにはない。

(くそ、置いてきた……!)

手にあるのは、短剣一本。


男が振り返るより早く、蓮は駆け出した。短剣の刃で糸を次々と断ち切りながら、一気に間合いを詰めていく――。

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