第9話 ともにいること(1)

「ミア、お前の力を貸してくれないか?」


 店に入ってくるなり、アルがそう言いだした。ミアは村人に風邪薬を渡したあと、わざとらしくため息を吐いた。


「君は相変わらず唐突だな。まず、椅子に座ろう。話はそれからだ」


 デイジーが気を利かせて、奥からお茶を持ってきてくれる。彼女にとって、顔のいいアルは見ているだけでご褒美なんだとか。

 アルはお茶を受け取りお礼を言うと、ミアの方に向き合う。


「最近、この国では異常気象が起きていることは知っているか?」

「そうなのか?」


 ミアが住んでいる村は特に異常気象に悩まされている様子はなかった。魔獣が出てくる量が多いが、それくらいだ。


「ああ。場所に寄るが、雨が降らずに田畑が干上がっている地域があるんだ。ミアにはそれを解決してほしい」


 その言葉にミアは眉を寄せる。


「おいおい。私といえども、天候を操るのはかなりの魔力が必要になる。一度だけならまだしも、ずっととなると無理だ」

「その地域の湖や池を水で満たしてほしいんだ。そうすれば、しばらくは生活できる」

「しばらくは、だろう? 根本的な解決にはならない」


 とはいえ、水がなければ、その地域の人たちが生活に困るのは事実だ。何か解決方法はないものかとミアは腕を組む。


「……少し遠いが、水の石でも採りに行くか?」

「水の石?」

「水の石というのは、雨が多く降る地域で採ることのできる石だ。たいていは山の中にある。その石に祈りを捧げれば、雨が降るといわれているんだ」

「そんな石の話は聞いたことがないぞ」


 ミアは生徒に話すときのように人差し指を立てた。


「水の石のことは知っている者は少ない。多くの者が使えば、天候が荒れてしまうしな」

「その石は祈るだけで雨が降るのか?」

「祈るというのは形だけで、正確には魔力を必要とする石なんだ。人間には魔法が使えないといわれているが、わずかに魔力が流れている。両手で石を包み込めば、石に魔力が流れる。そうすれば、雨が降るんだ」


 アルは感心したように「へぇ」と声を漏らした。ミアも水の石を見たのは一度だけだ。そのとき恩師である先生が教えてくれた。


「じゃあ、その石さえ手に入れば、持続的に雨を降らすことができるのか」

「そういうことだ」


 ミアはそう言うと、生徒たちの方を見た。


「三人とも。出かける準備をしてくれ。今回は遠方に行くことになる」


 生徒たちはうなずくと各々動きはじめた。それを見て、アルは仕方なさそうに息を吐く。


「今回も生徒たちも同行するってことか?」

「ああ。課外学習だ。あの子たちも外の世界を知るべきだと思っていたからね」


 アルは立ち上がると、ミアの耳元に口を近づけた。


「残念。二人きりかと思った」


 ミアは慌てて耳を手で塞ぐ。突然のことだったため、顔が赤くなった。


「三日後、迎えに来る。準備をして待っていてくれ」


 赤くなったミアを面白そうに見ると、アルはそう言って店を出ていった。





 三日後、朝にアルが訪ねてきた。生徒たちは準備万端の状態で待っている。それを見て、アルは頬を緩めた。


「やる気じゃねぇか」


 アルがダンとコリンの頭をガシガシと撫でる。ダンには嫌がられていたが、コリンは満足そうな笑みを浮かべていた。

 前の魔獣狩りのときとは違い、アルは一人で来ていた。人手がそんなにいらないと判断したのだろう。


「それで、どこに行くんだ?」

「雨が降る地域を教えてくれ。そこの山にあることが多いんだ」

「雨か……。なら北の方の地域だな」


 地図を広げ、いくつかの地域を指さす。ミアはそれを見て、一か所を指さした。


「ここにしよう。水源の多い地域は水の石の影響を受けている可能性がある」

「ここなら一日で着けるな。とりあえず、近く街まで行って、そこから出ている馬車に乗ろう。近くの村に着いたら、そのあとは歩きだな。それでいいか?」

「ああ、わかった」


 村人に荷馬車を借り、そこに子どもたちを乗せる。そして、街まで走った。

 目的地の近くにある村に着いたのは夕方ごろだった。その日はその村の宿に泊まることにする。

 朝になると、空は曇り空だった。黒い雲も多くある。雨が降る可能性が高いだろう。


「どうする? 山には行くのか?」

「ああ、行こう。朝早くに行って、早めに戻って来ればいいだろう」


 ミア、アル、ダンはツルハシを手に持つ。デイジーとコリンはまだツルハシを持てないということで、山に生えている薬草採集をすることになった。


「じゃあ、行こうか」




 山の土はぬかるんでいた。昨日も雨が降っていたのかもしれない。

 デイジーとコリンは薬草を見つけては、嬉しそうに採集していた。その様子をアルとダンが見守っている。彼らはツルハシ以外に腰に剣が差さっていた。魔獣が現れても対応できるようにだろう。


「水の石はどこらへんにあるんだ?」


 アルの問いかけにミアは微笑んで答える。


「洞窟で見つかるだろう。そういった場所を見つけたら、教えてくれ」

「わかった」


 アルとダンはデイジーとコリンを見守りつつ、洞窟がないか見ていた。だが、なかなかそういった場所は見つからない。雲が厚いため、日の動きがわからない。しばらくすると、ダンが声をかけてきた。


「先生、あそこ見てくる」


 そう言って駆けていき、手を振ってこちらに合図する。


「ここ、洞窟だ!」


 身に行けば、奥深くまでありそうな洞窟があった。


「よくやったな、ダン!」


 ミアが撫でてやれば、ダンはまんざらでもなさそうに笑みを浮かべる。


「よし、中を見てみるか」


 アルは松明に火をつけ、先頭を歩いてくれる。殿はミアが歩いた。

 洞窟は湿った音がしており、水気が多い。


「特に不思議なところはないが……」

「そうだな。ダン、壁近くを砕いてみてくれ」


 ダンはツルハシを構えると、壁を砕きはじめる。


「手伝おう」


 アルはミアに松明を預けると、一緒になって砕きはじめた。しばらく砕き続けると、音が変わった。


「お?」

「先生、青い石みたいなのが出てきた」


 ミアは近づいて、光を照らす。そこには青く輝く石が埋まっていた。


「それが水の石だ」


 アルとダンが手分けして石を掘り出す。コリンの顔ほどの大きさの石を取り出すことができた。


「加工はアルに任せよう。それを手のひらサイズに作り変えて、必要としている村人に渡してやってくれ」

「わかった」


 アルは石を布で包むと紐で背中に括り付けた。


「じゃあ、戻るとしよう」


 来た道を戻っていく。出口に近づくと、しとしとと雨が降っているのが分かった。


「暗くなるとまずいな。早く戻ろう」


 アルの言葉に、皆が急ぎ足で歩いていく。あたりは次第に暗くなっていった。

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