第2話 魔女ミア(2)

 恩師の教えてもらったことはたくさんある。その土地で育てやすい作物、盛んな商売、よく食べられる料理や、どんな政治をしているか。人はどのように考え、生きているのか。その中でもミアの生きる糧になったものがある。

 人は生まれ変わる可能性があることだ。


「私たち魔女は長生きだ。だから、多くの人間を看取っていく。だけどね、人は生まれ変わる。たとえ、悲しい別れをしたとしても、また別の人間として会えるかもしれない。だから、ミア。悲しんでばかりじゃいけないよ」


 恋人を亡くしたばかりのミアにはその言葉は響いた。もし、あの人が生まれ変わるとしたら、悲しみに暮れた姿を見せるわけにはいかない。


「ミア、強い女性になりなさい。魅力のある人になれば、きっと運命を引き寄せることができるだろう」


 ミアは恩師と旅をしながら、いろんな人と出会い、別れた。誰かを看取るときには、生まれ変わることを願い、きっとまた会えると期待した。

 だから、会えたと思った。あの人の生まれ変わりに。

 だが、それは嘘だった。それがわかったときには、こんなにも自分はあの人への恋心に囚われていたのかと気づいた。

 恋心を捨て、思ったのは恩師のことだ。ライオネルと出会ったことで、恩師との旅は終わった。

 彼女との旅はとても楽しかった。彼女のもとでさまざまなことを学んだ。そして、思った。彼女のように、誰かを導ける人になりたいと。




 結局、村の中で生き残ったのは三人の子どもだけだった。村の様子を見に来た者たちも撤収し始めている。

 村を襲われ、助け出された三人の子どもたち。彼らは不思議なものを見るようにミアを見ていた。


「私たち何を学ぶの?」


 女の子がそう尋ねた。ミアは優しく笑い、答える。


「いろんなことを。君はどんなことを学びたい?」

「私は……みんなを助けられること」


 女の子は目を伏せる。きっと同じ村の人たちを救えなかったことを後悔しているのだろう。


「そうか。君が望むなら、教えよう」

「本当?」


 大きな目をくりくりとさせて、こちらを見た。


「ああ、本当だ」


 ミアがうなずくと、幼い方の男の子も口を開いた。


「僕も、一緒に行きたい」

「もちろんだとも。君も一緒に来てほしい」


 そう言って、もう一人の男の子の方を見た。


「君も一緒に来てくれるかい?」

「俺は……」


 戸惑いのある瞳だった。自分がどうしたいのかわからないのだろう。


「ダン、一緒に来て。二人だけじゃ寂しいの」

「一緒に行こう?」


 二人の年下の子にせがまれて、ダンと呼ばれた男の子はこちらを見た。


「……俺も一緒に行く」


 そこには警戒の色があった。きっと、ミアのことを信用していないのだろう。


 ……まぁ、仕方がない。


 ミアはそう思うと、ダンと向き合った。


「歓迎するよ。私たちの生徒たち」





 ミアは子どもたちを連れて家へ帰った。連れて来られた彼らは落ち着かない様子で家を見ている。


「薬のにおいがする……」


 女の子が不思議そうに店の中を見ていた。


「ああ。私は薬師もしているからな。部屋はこっちだ。おいで」


 店を通り抜け、部屋に案内する。ミアが住んでいる家はそこまで大きくない。だが、店にしている玄関に近い部屋と、居間、そして寝室があり、村の中では広い方だろう。


「さあ、ここが今日から君たちの家だ。狭いだろうが、慣れてくれ」


 ミアの言葉に幼い男の子が首を振る。


「僕たちの家より大きい……」

「そうね、私たちの家より広いわ。ダンの家よりは小さいけど」

「そうか、それはよかった」


 居間に入ると、ミアは三人に座るように促した。三人は周りの様子を見ながら椅子に座る。


「まずは自己紹介をしようか。まずは君からいいか?」


 ダンに向かって言うと、彼は立ち上がった。彼はダークブロンドの短い髪を持ち、青い瞳をしていた。大きな目がまっすぐとこちらを見る。


「ダンだ。トロア村の村長の息子……だった。歳は十二。……十二になったばかりだから、まだ仕事は何もしたことはないけど」

「そうか。なら、まだ何でもできるということだ。私も教える」


 ダンはじっとこちらを見てから椅子に座った。次に立ったのは女の子だ。

 プラチナブロンドの髪に緑色の瞳をしている。髪は頭の上で二つに結ばれていた。


「私はデイジー。十歳よ。隣にいるコリンの姉なの。私たちは三人きょうだいで、お兄ちゃんは私の三つ上で……もういないけど……」


 デイジーは表情を暗くする。だが、すぐに首を横に振って笑顔を作った。


「だから、私はお姉ちゃんなの。お母さんのお手伝いをすることもあったから、何かあったら言ってね」

「わかった。頼りにしているよ、デイジー」


 ミアの言葉を聞いて、デイジーはうなずいて座った。最後に立ったのは幼い男の子だった。デイジーと同じプラチナブロンドに緑色の瞳をしている。少したれた目を細めてこちらを見る。


「僕の名前はコリン。八歳。……よろしくね」


 コリンはそれだけ言うと、座ってしまう。だが、ミアは気にした様子を見せずに微笑んだ。


「ああ、よろしく。コリン」


 ミアは脚を組むと、子どもたちを見渡した。三人とも辛いことがあったばかりなのに、それを表情に出さない。まだ幼いのに強い子たちだ。


「私はミア。歳はそうだな……。確か百十六歳だったはずだ」


 三人は目を大きく開いた。その後の表情は様々だった。ダンは眉をひそめ、デイジーは目を瞬かせている。コリンは不思議そうに首をかしげていた。それを見て、ミアは小さく笑う。


「君たちは私の生徒になるんだ。隠し事をしたくない。だから教える。……私は魔女なんだよ」

「魔女……」


 ダンが小さく呟いた。きっと彼らにとってはおとぎ話の中の存在なのだろう。だから、信用できなくても当然だった。

 どうやって信じてもらうかと考えていると、デイジーが立ち上がった。


「魔女! すごいのね!」


 彼女は頬を赤らめて目を輝かせる。隣にいるコリンも両肘をワクワクといったように動かしていた。


「私、魔女なんて初めて見たわ!」

「僕もはじめて」

「ねえ、魔法使えるの?」


 姉弟は興奮した様子でこちらを見ている。二人を見て、ミアは笑う。


「ああ、使えるよ」

「じゃあ、見せてみろよ」


 ダンは落ち着いた声で言った。彼だけはミアを疑っているようだった。それが正しい反応だ。ミアは彼を見て、にっこりと微笑む。


「簡単な魔法なら、あとで見せてやろう」

「わぁ! 楽しみ!」


 嬉しそうにする姉弟に対し、ダンだけは疑ったような目でこちらを見ていた。





 次の日、ミアは日が昇るころに目が覚めた。ベッドがいくつも入り、狭くなった寝室には三人の子どもたちがいる。昨日の出来事は夢でなかった。

 隣で眠っているデイジーの頭を撫で、ミアは起き上がり、寝室を出た。


「さあ、食事でも作るか」


 昨日は残り物しか食べさせることができなかった。今日はちゃんとしたものを食べさせたい。そう思いながら、村人から分けてもらった野菜を切っていく。

 しばらく料理をしていると、コリンが起きてきた。彼は眠そうにしながらミアの隣に立つ。彼は興味深そうにじっとミアと手元を見つめていた。


「……料理」

「ああ、そうだ。コリンは料理に興味があるのか?」

「美味しいものを作るのは、すごいこと」


 コリンの言葉に、ミアは笑う。


「ああ、そうだ。美味しいものは元気が出るからな。一緒に作りたいのなら、顔と手を洗っておいで」


 コリンはコクリとうなずくと、パタパタと離れていった。ミアはそれを見届けて、料理に戻る。次に起きてきたのは、デイジーだった。


「ねえ、ダンとコリンは……?」


 デイジーはふわりと欠伸をしながら尋ねる。


「コリンはさっき起きてきたよ。ダンはまだ寝ているんじゃないかな?」

「……? ダンはもういないわよ?」


 その言葉にミアは手を止めた。


「もういない?」


 包丁を置いて、寝室に足を向ける。部屋を除けば、そこには誰もいなかった。


「コリン、君が起きたときにはダンはいたか?」


 顔と手を洗い、戻ってきたコリンに尋ねる。彼は首を振った。


「いなかった」


 ミアは居間を出て、玄関に向かう。鍵は開いていた。


「……外に出たかもしれないな」

「え! もしかして、ダン……」


 デイジーが顔を真っ青にする。


「ダンが行きそうなところに心当たりがあるのか?」

「……トロア村」


 コリンが呟く。彼は武器の入っている戸棚を見ていた。


「……魔獣狩りに行ったかも」


 戸棚は開いていた。そこに入っていた剣がなくなっている。


「そういうことか」


 ミアはキッチンの火を魔法で消す。そして子どもたちの方を見た。


「私はダンを探しに行く。君たちはどうしたい?」

「……私たちがついて行ってもいいの?」


 デイジーが恐る恐る尋ねる。彼女の言葉にミアはうなずいた。


「君たちが来たいのなら」


 デイジーとコリンは顔を見合わせた。そして覚悟を決めたようにこちらを見た。


「行きたい!」


 ミアは二人の目線に合わせるようにしゃがむと、人差し指を立てて、くるりと回した。二人の周りにきらきらとした光の粒が舞う。


「わぁ……!」


 二人は目を輝かせてそれを見ている。


「君たちを守る魔法だ。これで、魔獣は君たちを襲わない」


 ミアは立ち上がって扉を開く。


「じゃあ行こうか。トロア村へ」


 二人はうなずくと、ミアのあとをついて行った。

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