第13話 友人が落ち込んでいるようです
笑みを消した鋭い金色が、私の青い瞳を射貫く。
私は、何を言われるのかと身構え、こくりと息を呑んだ。
「週に一度、大地の日の朝だけは、琥珀珈琲を二杯、届けてほしい。そして、大地の日の夜から豊穣の日の朝までは、絶対に私の部屋を訪れてはいけない。良いか、絶対にだぞ」
「……? はい、わかりました。そんなことでしたら」
「……ああ、良かった。ありがとう」
私の答えに、ギルバート様は安心したようだった。絶対に忘れないようにと、心の中にしっかりとメモしておく。
この国で定められた曜日は、七つ。
星月、灯火、慈雨、樹木、黄金、大地、豊穣。
豊穣の日が終われば、また星月の日から週が始まる。
そういえば、私が母屋への出入りを許可されたのが、豊穣の日の朝からだった。
前日、大地の日の夜に、この部屋のカーテンにペットらしき何かの影が映っていたのを思い出した。
だが、この部屋にはその姿は見当たらないし、声も聞こえない。ペット用品らしき物も、パッと見、なさそうだった。
「あの、ところで、ギルバート様。ペットとかは、飼ってらっしゃいますか?」
「……いや? 飼っていないが」
「そうですか……?」
なら、あの日見た翼や尻尾の影は気のせいだったのだろう。私は気を取り直して、他の契約条件についても確認を進めていったのだった。
*
それからというもの。
私の朝は、朝食をいただいてから母屋の三階を直接訪れ、ギルバート様に失敗ポーション改め
ギルバート様と顔を合わせる時間が増えるにしたがって、彼との仲も少しずつ打ち解けていった。
ギルバート様にとって、こうして私と話をする時間は、そもそもの目的であった『琥珀珈琲を飲んで体調を改善させる』ということよりも大切な、安らぎのひとときになっているのだという。
そして、それは私も同じだ。
彼と話をする穏やかでゆったりとした時間は、徐々に、私自身にとっても大切な時間に変わっていった。
ギルバート様と二人の時間を過ごした後は、昼食や休憩の時間を除いて、日が沈むまでの時間をそのまま母屋で働く。
休憩時間と夜間は離れで過ごすというのは、今も変わっていない。
ギルバート様は、母屋の清掃が進んだらそちらに移り住んでもいいと言ってくれているのだが、離れでの自由気ままな暮らしは気に入っているので、今はまだ首を縦に振ってはいなかった。
ちなみにギルバート様からは、丸一日休みの日を週に二回とってもいいと言われていた。
だが、街に出てもすることがないし、ここでの仕事はやりがいがあるから、仕事をして過ごす方が楽しい。
悩んだ結果、ジェーンさんにそう伝えたら、「わたくしも似たようなものですから、無理にとは申しません」と理解を示してくれた。
行きたい所ができた時は、街に詳しいアンディにでも相談してみようと思っている。
けれど、何故かギルバート様も「街歩きをするなら、私が案内するから、必ず声をかけてくれ」と言っていた。
まあ、ジェーンさんから「護衛を雇わなくてはなりませんし、わたくしもご一緒することになりますが」と言われて、項垂れていたが。
ギルバート様も領主としての執務が忙しいようだし、たまには息抜きがしたいのだろう。
私は執務を手伝えない分、琥珀珈琲と身の回りのお手伝いで彼を支えようと、改めて気合いを入れ直したのだった。
アンディは相変わらず街から屋敷に通っており、買い出しと庭の整備、屋敷外観の補修を担当している。
休憩時間は、離れの大部屋で一緒に食事をとったり、琥珀珈琲を飲みながら話をしたりした。
アンディの勤務は毎日ではなく、数日おきに変わったようで、顔を合わせない日は冒険者ギルドで依頼を請け負っているのだそうだ。
そんな事情もあってか、彼はまだ、母屋への出入りを許可してもらっていない。
「そろそろ出入りの許可、降りないのかな? アンディ、頑張ってるのにね」
「まあ、こればっかりは仕方ないよ。オレからしたら、オレがダメでティーナがオッケーっての、納得いくし」
「そうなの?」
「うん。……オレはさ、何やってもダメなんだよ」
いつも元気に見えるアンディだが、今日は朝からちょっと落ち込んでいるようだ。冒険者の仕事で、何かあったのだろうか。
「何やってもダメなんて、そんなことないよ。アンディ、私がこの依頼を選んだとき、勇気を出して私に同行してくれたでしょ?」
「……でも、結局、オレはビビってばっかで、役立たずで」
「そんなことないってば」
確かにあの時アンディは、屋敷の外観やジェーンさんを見て怯えている様子だった。それでも、街の郊外まで行ったことのなかった私にとっては、とても頼りになったのだ。
「私は、アンディがいてくれて心強かったよ。それにね……私も、これまでずっと、自分が役立たずだったって思ってた。けど、本当はそうじゃなかったんだって教えてくれたのは、アンディだよ?」
「……え?」
「アンディは、私が神殿の掃除や雑用しかできなかった、って言ったときに、こう言ってくれたでしょ? 私が、縁の下の力持ちだって。間接的に、人を救ってたんだって」
私は、実際に役立たずだった。無能すぎて、神殿を追い出されてしまった。
けれど――アンディの言葉を聞いて、これまでの十五年間が無駄ではなかったと、初めてそう思えたのだ。
「あの言葉、とっても嬉しかったんだよ。私は私にできることを頑張れば、それが誰かの役に立つんだって気付いたから」
私が微笑みながらそう言うと、アンディは瞳を揺らした。同時に、アンディを観察していたのだろう例の視線もまた、揺らいでいるような気配がした。
「ね、ギルバート様、聞いてたでしょ? この通り、アンディはいい子で、私の大事な友達なんです。そろそろ、認めてあげてくれませんか?」
「えっ?」
私が空中に向かって話しかけると、ギルバート様の気配は、また少し揺らいだのだった。
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