第17話 洞窟の試練と光
サウル王の追手は、執拗にダビデを追い続けた。
彼の狂気は、日を追うごとに増し、ダビデを捕らえるためなら、どんな手段もいとわなかった。
ダビデの仲間たちは、そんな追手から身を守るため、常に身を隠す場所を探し求めていた。
ある時、彼らはユダの荒野にある、不気味なほど静まり返った洞窟に隠れることになった。
入り口は狭く、奥へ進むほど暗闇が深まっていく。ダビデとメラブは、仲間たちを洞窟の奥へと導き、彼らが休むのを待って、静かに見張りについた。
洞窟の中は、ひんやりとした空気が肌を刺し、外の熱気とは全く異なる世界だった。
夜が更け、冷たい風が洞窟の入り口を吹き抜けていく。
その時、遠くから微かに聞こえてきたのは、複数の足音だった。
それは、サウル王の追手だった。
メラブは息を殺してダビデの隣に身を寄せた。彼女の心臓は激しく鼓動していた。
「どうして、こんな場所に…」
メラブが震える声で尋ねると、ダビデは静かに首を横に振った。
「彼は、神が愛した男だ。その愛を失い、孤独に苦しんでいる。
彼の苦しみを、私は誰よりも深く理解している。
だからこそ、私は彼を憎むことはできない」
ダビデの言葉は、メラブの心に深く響いた。
これほどの執拗な追跡を受けながら、彼はなぜサウル王を憎まないのだろうか。
やがて、追手の足音は洞窟の入り口まで近づいてきた。
しかし、彼らは洞窟の中へは入ってこず、入り口の近くで休むことにしたようだ。
ダビデは、メラブに静かに身を隠すように促し、自分もまた、岩陰に身を潜めた。
そして、信じられない出来事が起こった。
サウル王自身が、用を足すために、彼らが隠れている洞窟の奥へと入ってきたのだ。
彼は、全く無防備な状態で、ダビデとわずか数メートルという距離にいた。
ダビデは、静かにナイフを抜き、サウル王の背後へと忍び寄った。
仲間たちは、息を殺してその様子を見守っている。メラブの心臓は、激しい鼓動を打っていた。
「今です!今なら…!」
メラブの脳裏に、復讐の言葉がこだました。
もし、ここで彼がサウル王を殺せば、ダビデは英雄となり、父の仇は討たれる。
しかし、彼女は同時に、それがダビデの求める道ではないことを知っていた。
ダビデは、静かにサウル王の外套の裾を切り取った。
彼は、王に手を下すことはなかった。そして、彼は静かにその場を立ち去った。
「なぜ、殺さなかったのですか…?」
岩陰で、メラブは震える声で尋ねた。
ダビデは、サウル王の陣営を見つめ、静かに答えた。
「彼は、神が選んだ王だ。神の裁きは、人にはできない。
それに、私は、彼を憎んでいない。ただ、彼を救いたいと、心から願っている」
ダビデの言葉に、メラブは、心に深く刻み込まれた復讐という感情が、いかに無意味なものだったかを悟った。
彼女がこの旅で探し求めていたものは、復讐ではなく、真実の愛だった。
ダビデは、敵を殺すことではなく、敵を愛することを選んだ。
それは、メラブが故郷で知った「強さ」とは全く異なる、真の「強さ」だった。
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