今からの時代錯誤

@sikuhakku717

第1話

第一章 潮の匂いが消えた日


 その町には、年中同じ向きに吹く風があった。

 冬の朝は頬を切り、夏の午後は汗を乾かす。

 その風に乗って、資材や契約や噂が行き来してきた。

 速すぎず、遅すぎず——それが長年続いてきた商いの呼吸だった。


 商売の器は決まっている。

 町に入ってくる仕事の量は、毎年ほぼ同じ。

 それをいくつかの店や工房や業者で分け合って暮らしてきた。

 大きく膨らませることも、ゼロに減らすこともできない。

 だから、俺は人数を絞って戦った。

 腕の立つ者だけで、声の届く範囲で、確実に回す。

 必要以上に船員を増やせば、船は重くなると知っていたからだ。


 けれど、俺が舵を離したあの日から、風向きが少し変わった。

 「人を増やせば勢いが出る」——新しい船長はそう信じ、十四人の乗組員を十九人にすることを決めた。

 港に停めた船は増え、桟橋には人が並んだ。

 だが、船の数だけオールがあるわけじゃない。営業車は足りず、現場の力は育つまでに時間がかかる。


 この町の風は、急には強くならない。

 大口の取引先は値を下げ、遠くの海での大工事も止まったまま。

 それでも、港では祝杯が上がった。「これからだ」と。


 俺は外からそれを見ていた。

 人を増やせば揉め事も増える。

 年を重ねた船員は力を抑え、若い船員はまだ波に慣れない。

 新しい船長は、その計算をしていない。


 風は吹いている。

 けれど、前よりも重たい帆は、そう簡単には膨らまない。

 港を離れた俺の耳には、遠くから軋む音が聞こえていた。

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