異界管理者

@hourousuruhito

第1話

今日も一段と飲んだなー。

 新卒で入った会社も、気づけば10年目を迎えていた。やりがいと自由への憧れを抱いていた10年前の俺も、今では酒の力を借りて現実逃避するほかなかった。

 夜の飲み屋街の光に吸い込まれるように、あてもなく歩みを進める。しばらく歩いていると、急激な尿意が襲ってきた。

 酒を飲みすぎたことを後悔しながら、辺りを見渡すと商業ビルが目に入った。

 ビルに入って、エレベーターのボタンを押す。間もなくして、エレベーターが到着する。すぐに乗り込み、4階を押した気がした。しかし、いくら待ってもエレベーターは止まる気配をみせなかった。

 酔いすぎたせいで体内時計がぶっ壊れたかは分からないが、これ以上考えたら酔いが回るような気がしてやめた。

 思考を放棄したら、いつの間にかエレベーターは到着していた。ドアが開き、出ようとしたが、違和感に気づき躊躇する。

 目の前の空間が、真っ暗だった。営業時間が、終了しているとかそんな次元ではなかった。暗黒という名が、相応しかった。

 足が震えて、体が強烈に拒否しているのが分かる。『閉』のボタンを連打する。閉まると同時に、1階のボタンを押す。一刻も早くこの建物から出たかった。

 1階に着き、急いで外に出た俺は、愕然とした。焦点も合わない目で、空を見上げると月が血を吸ったかのように、深紅に染め上げられていた。

 これは、夢だと言い聞かさせようとした。しかし、全ての筋肉が萎縮し、全ての臓器が悲鳴をあげて夢であることを否定していた。

 ただ呆然とするほかなかった。

「こんなところで何をしている?」

 背後から誰かに話しかけられた気がする。

 恐怖で固まりそうになったが、後ろにいるのが生身の人間である一縷の望みを持って振り返った。

 そこに居た人間は、作業服を着た同年代ぐらいの男性だった。

 男性の問いに一刻も早く答えたかったが、口をパクパクさせるばかりで音を発することも出来なかった。

「迷い込んだみたいだね。送ってあげるよ」

 男性は、優しく問いかけて来た。


 そこからの記憶は、全くない。目が覚めたら、自室のベットで寝ていた。さっきの出来事は、夢だと言い聞かせようとした。

 ただ、大量の寝汗が、俺が感じた恐怖を物語っていた。一睡もできるはずもなく、朝を迎えた。

 しかし、その日以降の後日談などはなかった。あの日の出来事は、頭の隅に追いやることにした。

 こうして残業終わりの華金である今日も、飲み屋街へと繰り出していく。

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