第24話 屍術師

「成瀬君、無事⁉」

「牧浦さん……」


 自らが撒いた青い炎を掻い潜り、切迫した様子の牧浦さんが僕の下に駆けつけてくる。


「どうやって、ここが……」

「春香の霊力が突然感じられなくなったから、大慌てであんた達を探しに行ったのよ。まさか勝手に幽世に入っていたとは思ってもいなかったけど」


 牧浦さんは安心したように深い息を吐くと、札を投げ捨てて空っぽになった手を僕に差し出してくる。


「ほら、立てそう?」

「……はい、何とか」


 差し伸べられた手を掴み取り、牧浦さんの力を借りる形で立ち上がる。我ながら頼り無い足取りではあるものの、牧浦さんに手を引かれたおかげで屍術師達から更に三、四メートル程離れることができた。


「……ごめんなさい、牧浦さん。僕のせいで春香が」

「成瀬君、反省するのはひとまず後回しよ」


 足元で倒れている春香を見つめた後、牧浦さんの鋭い眼差しは青い炎に呑まれた屍術師と黒影がいる方向へ向かう。


「今は、あいつらをどうにかしないと」


 牧浦さんは僕の手を離すと、代わりに懐から白札を新たに三枚も取り出す。


「……あれは」


 路地裏中を巻き込んだ霊力の炎は次第に勢いを失っていき、その中から新たに小さな人影の姿を露にする。


「……女の子?」


 どこかの学校の制服らしい、紺色のスカートにクリーム色のカーディガン。背丈は春香と同じくらいかそれよりも低く、短く整えられた白髪からは若干ボーイッシュな印象さえ受ける。

 彼女の伏し目がちな赤い眼が見つめる先では、可憐なピンクドレスを着た女の子の人形が両腕で大事そうに抱きしめられていた。


「……まさか」


 暗い夜でも透き通るしなやかな白髪に、無機質な揺らめきの内側に尽きない煌めきを有する赤い瞳。覚えのある特徴を女の子はいくつも備えており、先程まで黒影がいた場所でさも当然のように空中を漂っている。


「……この子も、春香と同じ幽霊」


 春香、雪女に続く黒い霊力を持つ第三の幽霊。ついさっきまで僕を手にかけようとしていた黒影の正体こそ、目の前で無気力に俯いている学生服姿の女の子。


「――占い師の姿も、結構気に入っていたのだがね」

「……?」


 新たに現れた幽霊に気を取られていると、どこからともなく覚えのない声が聞こえてくる。


「……男?」


 声の主は女の子の背後から現れ、屍術師と同じく黒紫のローブを羽織っている。しかし彼女、いや彼が発した声は女性とは思えない程に低く、背丈に至っては女屍術師よりもずっと高い。


「こいつはもう使い物にならないか」


 炎を残すローブは脱ぎ捨てられ、飛び去った先の空中で跡形もなく焼失する。


「……あ」


 ローブの内側から露になったのは、一見紳士的な雰囲気を漂わせているスーツ姿の男性。


「あ、あの人は……」


 忘れかけていた嫌悪感が蘇り、僕の全身を蝕むように侵食していく。

 両手の指全てにはめ込まれた宝石の指輪に、両腕それぞれに収まっている金色の腕輪、そして胸元に吊るされている銀色のロケット。派手な雰囲気を放つ装飾品のどれもこれも、僕の記憶に吐き捨てたガムのようにこびりついているものばかり。


「公園にいた男……」

「やあ。昨日ぶりだね、成瀬クン」


 僕の心情など意にも介さず、男は軽薄な笑みを浮かべながら親しげに手を振ってくる。


「そして、牧浦凛世。キミのような一流の霊媒師とお会いできて光栄だよ」

「……まさか、あんたは」


 男の丁寧な態度とは対照的に、唖然とした様子の牧浦さんはただ驚愕に目を見開いている。


「……なるほど、さっきまでは悪霊の皮を被っていたのね」

「ま、牧浦さんも知っているんですか、あの人のこと?」

「……ええ」


 牧浦さんは僕に軽く頷いた後、戸惑いを拭い去った眼差しで屍術師を捉える。


「屍術師、菅将道」


 張り詰めた静寂の中で、牧浦さんは冷ややかにその名前を告げる。


「鏖祓会から長年指名手配されている凶悪犯よ。高度の変装術を持っていて、これまで霊媒師達が血眼になって探しても足取りさえ見つけられなかった」

「……凶悪犯」


 鏖祓会というのは確か、霊媒師を取り纏めている組織のことだったか。牧浦さんのような人達でさえ手を焼くということは、菅将道という名前の男にはそれだけの実力を持っているということ。


「……まさか、この街に来ていたなんて」

「ああ、ちょっとした野暮用でね」


 牧浦さんからの敵意を一身に浴びても尚、菅は笑みを絶やさず悪びれる様子さえ見せない。


「…………」


 その異質さに根源的な恐怖を感じてしまうものの、春香を狙っているとなれば今更怖気づいて逃げ出す訳にもいかない。


「牧浦さん、あの人なんです。春香にお守りを売りつけた占い師は」

「……そういうことなのね」


 躊躇いなくはっきり伝えると、牧浦さんは何かに思い至ったのか忌々しげに唇を噛む。


「……よく聞いて、成瀬君」


 牧浦さんが醸し出す緊張感により、幽世の空気が一層冷たく強張っていくのを感じる。


「春香を殺したのは、目の前にいるあの男よ」

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