第16話 合流
「――いた、二人共!」
「え?」
想いが溢れ出しそうになった、その矢先。覚えのある声は甲高く、静寂に包まれた公園で広く響き渡る。
「……あの人は」
おっかなびっくり起き上がり、迷いの無い足取りで迫ってくる人影に目を凝らす。
「牧浦さん……」
「あ、凛世!」
面食らった春香と共にその場から立ち上がり、駆け足で近づいてくるスーツ姿の女性と向かい合う。
「良かった。二人共無事みたい、ね……」
「……!」
僕らの目の前まで駆け寄ってきたところで、牧浦さんは両脚から力が抜けたかのように危なっかしくふらつく。
「だ、大丈夫ですか、牧浦さん?」
僕が咄嗟に受け止めなければ、牧浦さんは今頃地面の上に大の字になって倒れていたことだろう。
「……平気よ。しばらく休んで、生気を回復させていたから」
平然としてはいるものの、僕の胸元には牧浦さんの乱れた息がかかっている。
「……もう大丈夫、一人で立てるわ」
「あ、はい……」
僕から身を引くと、牧浦さんはふらつきながらも確固とした足取りで地面の上に立つ。
「凛世、よく私達の居場所が分かったね」
「あんたの霊力を辿ってきたのよ。あの和服女の霊力とぶつかり合っていたから、幽世に戻った後は途中で見失うことも無かったわ」
春香からの何気ない質問に答えると、牧浦さんは周囲に残る戦いの痕跡を見渡す。
「……まさか、上級以上の悪霊を祓うなんてね」
抉り取られた土色の地面に、霊力光線の衝突により崩れ去った滑り台。特に説明がなくとも、この公園で激戦が繰り広げられたことは誰が見ても明らかだろう。
「……それに」
公園の惨状をひとしきり見回して、生真面目さを失わない眼差しが僕の方を向く。
「霊力を操れるようになったのね、成瀬君」
「……ええ、まあ」
柔らかな印象を受ける瞳に見つめられて、まるで親や先生から褒められた時のような気恥ずかしさを覚えてしまう。春香や雪女の霊力を感知していたように、牧浦さんは僕の中にあった霊力の残滓さえ感じ取っていたのだろう。
「でも、春香に触れたのは本当に一瞬だけで」
「それでも、一歩前進したことに違いはないわ。この調子でいけば、そう遠くない内に春香とも触れ合えるようになるでしょうね」
「……そんなものですかね」
「そういうものよ」
牧浦さんの励ましはどこまでも優しく、後ろ向きな僕の背中を前へと押してくれる。
「きっとその時は、春香も今よりは大人しい善霊に……って、あら?」
「?」
お礼を言おうとしたのも束の間、牧浦さんはいつの間にか僕から春香へ注意を向けている。
「え……」
あどけない面持ちでも、幽霊らしく浮遊している足元でもなく。平たく均整の取れた胸元に、隠し切れない興味を秘めた牧浦さんの眼差しが突き刺さっている。
「まさか、牧浦さんも……?」
目を奪われてしまう気持ちは僕にも分かるが、だからと言って春香の許可なく凝視するのは如何なものか。僕だって、許しを貰う必要が無ければ四六時中見ていたいというのに。
「牧浦さん、気持ちは分かりますけど……」
「はあ? 何言ってるのよ」
心配事は杞憂に過ぎなかったのか、牧浦さんの呆れ返った一瞥に邪なものは見当たらない。
「春香、あんたの制服に何か入っているわね」
「え? 私の制服に?」
「ちょっと確認してみなさい」
「別にいいけど……」
春香も牧浦さんの視線に気づくと、言われた通りにブレザー制服の懐へ手を伸ばす。
「うわ、本当に何かある!」
「これは……?」
取り出された春香の手の中にあったのは、色違いの小さな巾着袋二つ。その内の一つ、赤色の巾着には見覚えがある。まだ僕が死ぬことを切に望んでいた頃、あの暗闇の世界で春香が僕を元気づける為に差し出してきたものだ。
「確か、通りすがりの占い師から買ったお守りなんだよね」
「う、うん! そうなんだけど……」
春香は僕以上に戸惑っているようで、混乱に揺れる瞳でもう一つの巾着袋を見つめている。
「……緑色のお守り」
色合いこそは違うものの、全体的な意匠は春香が元から持っている赤い方と瓜二つだ。
「間違いないわ。その赤い巾着が春香の力の源、今は霊力を作り出す霊核の役割を果たしているみたい」
「え、これが?」
霊核、つまり幽霊にとっての心臓部に当たるものだ。春香にも当然霊核はあるのだろうが、それがまさかこんなに小さいものだったなんて。
「それじゃあ、この緑のやつは何なの?」
「そっちは……」
春香からの興味津々な問いかけに、牧浦さんは何故か口ごもってしまう。
「……本当に聞きたいの?」
「え? そりゃあ、まあ」
恐る恐る春香に確かめた後、牧浦さんの乗り気ではなさそうな口が開く。
「……あんた達が倒した悪霊の霊核よ。その袋から、春香とは別の霊力の反応を強く感じるもの」
「え?」
告げられた答えを受け入れようにも、一つの情報として満足に理解することさえできない。
「あんた達を襲った悪霊、今は春香の一部になっているみたい」
「……まじですか」
牧浦さんが端的にまとめてくれたおかげで、複雑怪奇な真相が頭の中でようやく形を成す。
春香の拳を喰らって消え去ったはずだが、まさか春香の新たな力として取り込まれていたなんて。雪女本人に自我があれば、今頃春香の中で心底驚いていることだろう。
「春香と同じ黒い霊力を扱っていたのも、このお守りと何か関係があるんですかね」
「……今はまだ分からないわ。でも」
暗中模索を強いられる状況下でも、牧浦さんの黒い瞳から光が失われることは無い。
「一先ずは、そのお守りの出所を調べるのが先決ね。春香に和服女、二人の霊核が揃って同じ巾着袋だなんて偶然とは思えないもの」
「出所……」
これといった手がかりが無い以上、僕と牧浦さんは同時に春香の方を向く。
「ねえ、春香。お守りを売ってきた占い師って、どんな人だったか覚えてる?」
「うーん、どんな人って言われても……」
余程答えにくいことなのか、そんなに難しくないはずの質問でも春香はうんうんと思い悩むように唸ってしまう。
「女の人だったことは覚えてるよ。それっぽい紫のローブを被って顔を隠していて、本当いかにもって感じだったなあ」
「ローブ……?」
典型的なローブ姿なんて、今時占い師の中でも珍しい部類に入るだろう。
「他は? 他には何か目を引くようなところは無かったの?」
「そう言われても……」
牧浦さんからの積極的な追及を受けても尚、春香の口ぶりは一向に煮え切らないままだ。
「ちょっと澄ましてる感じがあったけど、喋り方とか仕草自体は普通だったかな。占いも水晶を使うだけで、何か特別なことをしているようには見えなかったし」
「……つまり、恰好以外はごく普通の占い師だったというわけね」
「うん、そういうこと!」
その点は自信を持って答えられるのか、春香は憑き物が取れたように顔をほころばせる。
「それと、あちこちを巡業しているとも言っていたかな? だから多分、私が占ってもらった場所に戻っても占い師さんには会えないと思うよ」
「……なるほど、そう簡単にはいかないみたいね」
満足な情報を得られないと分かったのか、詰め寄り気味だった牧浦さんは春香から一歩退く。
「強力過ぎる霊力は、幽世どころか現世にまで影響を及ぼす可能性があるの。そんなものが二つもある以上、春香達の力をこのまま野放しにするわけにはいかないんだけど……」
「現世……」
牧浦さんの重々しい声を聴いた途端、遠い昔のように思える屋上での一幕が脳裏を過る。現実上のものに触れられないはずの春香でも、霊力の塊である黒靄となった時は屋上の柵を片手間に握り潰していた。
「そんなに危ないものなの、これって……?」
深刻そうな顔つきをしている牧浦さんに、未だ半信半疑と言わんばかりに釈然としていない春香。二人共一様に、春香の手の中にある二つのお守りを注視している。
「……ん?」
故に、僕だけだったのだろう。薄っすらとした何かの気配を感じて、公園の出入り口へ顔を向けたのは。
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