EP 33

光の連合、進軍

大陸の歴史が、新たな一ページをめくった日。

フィーリアの森の端に、かつて誰も想像しえなかった軍勢が集結していた。

獣王ゴルドアが率いる、ザオ連合王国の数万の獣人兵。その屈強な肉体と闘気は、大地を揺るがすほどの圧を放っている。

その隣に、整然と並ぶのは、タロウが育て上げたフィーリア国の多国籍軍。エルフの射手、ドワーフの重装兵、人間の魔術師、そして彼らの上空を、戦士長ジェット率いるバード族の航空隊が、円を描くように飛翔している。

二つの国の、二つの民が、一つの目的のために、一つの軍となったのだ。

「これほどの軍勢……壮観だな、兄弟」

壇上から自軍を見下ろし、獣王ゴルドアが、隣に立つタロウに満足げに言った。

「ええ。ですが、これは始まりに過ぎません。ゴルドアさん」

タロウの視線は、遥か彼方、帝国の心臓部へと向けられていた。

進軍は、神速だった。

ユリリンが張り巡らせた情報網と、ジェットの空からの偵察が、帝国軍の斥候部隊の位置を完璧に把握。連合軍は、敵との接触を巧みに避けながら、最短ルートで「灰色の谷」へと突き進んでいく。

そして、タロウのスキルが、この大軍の生命線を支えていた。彼が供給する無限の食料と清浄な水は、数万の兵士たちの士気を、常に最高潮に保ち続けた。

獣人国の歴戦の将軍たちは、補給という戦争の最大の枷から解放されたこの異常な進軍速度に、ただただ驚嘆するしかなかった。

だが、帝国最強の将軍、“竜騎士”ヴァリアンもまた、無能ではなかった。

連合軍が、帝国領深部へと続く大平原に差し掛かった時、地平線の向こうから、禍々しい軍団が姿を現した。

「敵襲! 帝国の先遣隊だ!」

バード族の斥候からの報告に、連合軍に緊張が走る。

だが、彼らの姿は、ただの帝国兵ではなかった。

獅子の体に、蠍の尾を持つ怪物。熊の体に、何本もの触手を生やした異形。それは、魔族の禁断の技術によって生み出された、悪夢の如き合成魔獣(キメラ)部隊だった。

「グルルルルァァァァッ!」

合成魔獣たちは、理性のない咆哮を上げ、連合軍の先鋒を担うバラクの部隊へと襲いかかった。

「怯むな! 奴らはただの出来損ないの獣だ! 喰い千切れ!」

バラク率いる獣人兵たちも、勇敢に迎え撃つ。だが、敵はあまりにも異質だった。毒を撒き散らし、再生し、痛みを感じないかのように暴れ狂う。歴戦の獣人兵たちが、次々とその凶刃に倒れていった。

「――ここまでよ」

その混沌の戦場に、涼やかな声が響いた。

サリーが、世界樹の杖を高く掲げる。

「『生命よ、彼の者らの足を捕らえよ』――聖域(サンクチュアリ)・バインド!」

サリーの詠唱に呼応し、大地そのものが意思を持ったかのように、無数の巨大な蔦や木の根を、合成魔獣たちに絡みつかせた。それは、ただ動きを封じるだけではない。世界樹の力が、合成魔獣の体内で暴走する、歪な生命力そのものを、優しく、しかし抗いようもなく鎮めていく。

動きが鈍った怪物たちに、好機と見た獣人たちが、怒涛の反撃を開始した。

「仕上げと行きましょう!」

ライザが、サリーの作り出した活路を、一陣の赤い疾風となって駆け抜ける。

その手に握られた魔剣ドラグヴァンディルが、黒紅色の輝きを放つ。

「喰らいなさい!――アンタレス・エンド!」

必殺の構えではない。だが、闘気を増幅させた魔剣から放たれた、広範囲を薙ぎ払う紅蓮の斬撃波が、蔦に捕らわれた合成魔獣の群れを、まとめて両断した。

初戦は、連合軍の圧勝に終わった。

だが、タロウたちの表情は晴れない。

「これが、奴らの新しい兵隊か……」

タロウは、原型を留めない合成魔獣の残骸を見下ろし、その非人道的な所業に、静かな怒りを燃やしていた。

勝利の鬨の声を上げる兵士たちの向こう。

遥か彼方の地平線に、一つの巨大な影が見えていた。それは、自然にできた山ではない。周囲の土地とは不釣合いな、巨大なクレーター地帯。

そして、その中央にそびえ立つ、巨大な黒い塔。

あれが、全ての元凶、帝国の秘密研究所。

「見えたな。あれが、灰色の谷だ」

獣王ゴルドアが、静かに言った。

タロウは、ゆっくりと頷き、背中の『雷霆』に手をかけた。

「ええ。本当の戦いは、ここからです」

大陸の命運を分ける決戦の地を前に、連合軍の誰もが、ゴクリと唾を呑んだ。

そして、灰色の谷の頂で、一人の竜騎士が、翼を持つ竜の背に乗り、静かに彼らの到来を待っていることを、まだ誰も知らなかった。

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