EP 32
黒き同盟と開戦の決断
フィーリアの里は、英雄たちの凱旋に静かに沸いた。魔族の前線基地を破壊し、その指揮官を捕虜にしたというニュースは、人々の心から不安の影を拭い去り、指導者たちへの絶対的な信頼へと変えていった。
だが、司令室に集った幹部たちの表情に、勝利の安堵はなかった。彼らの視線は、中央のテーブルに置かれた一つのデータ水晶に注がれている。タロウが魔族の研究所から奪取してきた、禁断の情報が詰まったパンドラの箱だ。
「……信じられん」
水晶の情報を読み解いていたゴッドンが、呻くように言った。
「奴ら、帝国に技術供与を行っておる。魔力と生命力を強制的に融合させる、禁忌の術式……生物兵器の設計図じゃ」
ユリリンが、冷たい声で続ける。
「それだけじゃないわ。見返りとして、帝国はヴァラク魔導国に、鉄牙鉱山から産出される希少鉱物の一部を、密かに横流ししていた。そして、最も重要なのがこれ……」
彼女が指し示した記録には、衝撃的な内容が記されていた。
――ソルテラ帝国、第一皇子”黒太子”ゼノンと、ヴァラク魔導国特務研究員リリスによる、極秘会談の議事録。
議題は、「フィーリア国の共同攻略、及び、勇者タロウの捕獲と、その能力の共同研究について」。
「……そういうことか」
ライザが、ドラグヴァンディルの柄を強く握りしめた。
「私たちは、二つの敵と戦っていたのではない。最初から、水面下で手を結んだ、一つの巨大な敵と戦っていたのね」
帝国と魔族。
覇権を狙う「獅子」と、真理を探求する「影」。本来、相容れるはずのない二つの勢力が、フィーリアという共通の脅威(あるいは、共通の獲物)を前に、禁断の同盟を結んでいた。
帝国は、魔族の魔法技術で軍備を強化し、魔族は、帝国を駒として使い、タロウたちのサンプルを手に入れようとしていた。
これまでの戦いは全て、その壮大な共同作戦の一環に過ぎなかったのだ。
「奴らの次の狙いは、どこだ?」
タロウの問いに、ユリリンが地図上の一点を指した。
「ここよ。『灰色の谷』。帝国領の奥深くにある、古代の巨大クレーター。帝国は、ここに極秘の研究施設を建設し、ヴァラクから提供された技術で、生物兵器の最終実験を行っている。完成すれば、戦況は覆るわ」
司令室に、重い沈黙が落ちる。
帝国が総力を挙げて守る、領土のど真ん中。そこを攻めるなど、自殺行為に等しい。
だが、タロウの目は、諦めてはいなかった。彼は、捕虜にした魔族の指揮官フェンリルの尋問記録を、テーブルに置いた。
「フェンリルから聞き出した。灰色の谷の施設には、一つだけ弱点がある。動力源である巨大な魔力炉だ。これを破壊すれば、施設は機能を停止する」
彼は、仲間たちの顔を見渡し、静かに、しかし力強く言った。
「帝国と魔族の同盟が、本格的に動き出す前に、奴らの牙を、根元から叩き折る」
「灰色の谷を、奇襲する」
その言葉は、あまりにも無謀だった。
だが、タロウは続けた。
「俺たちだけじゃない。獣王ゴルドアに、援軍を要請する。これは、フィーリアだけの戦いじゃない。帝国と魔族の支配に抗う、全ての人々のための戦いだ」
タロウの決断は、即座に実行に移された。
獣王ゴルドアは、帝国と魔族の黒い同盟の証拠を突きつけられると、怒りの咆哮を上げ、即座に連合王国全軍の動員を決定した。
数日後。
フィーリアの森と、ザオ連合王国の国境に、大陸の歴史上、誰も見たことのない光景が広がっていた。
フィーリア国の、エルフ、人間、ドワーフ、バード族からなる多国籍軍。
ザオ連合王国の、数万の獣人族からなる、百獣の軍団。
二つの軍勢が、一つの旗の下に集結したのだ。
その連合軍の総大将として、壇上に立ったのは、タロウと、獣王ゴルドアだった。
ゴルドアが、その地響きのような声で、全軍に檄を飛ばす。
「聞け、兄弟たちよ! 我らの敵は、もはや帝国だけではない! その影で糸を引く、卑劣な魔族もだ!奴らは、我らの自由と誇りを、まとめて踏みにじろうとしている!」
タロウもまた、声を張り上げた。
「俺たちは、種族も、生まれた場所も違う! だが、守りたいものは同じだ! 誰もが笑って暮らせる、平和な未来のために! 今こそ、一つになる時だ!」
「「「「オオオオオォォォォッッ!!!」」」」
大地を揺るがす、数万の雄叫び。それは、新たな時代の始まりを告げる、産声だった。
フィーリア・ザオ連合軍は、帝国の心臓部「灰色の谷」を目指し、進軍を開始する。
箱庭世界のプレイヤーたちは、今、二つの陣営に完全に分かれた。
帝国の覇道と、魔族の探求心が結びついた「黒き同盟」。
自由と平和を願う、多様な種族が手を取り合った「光の連合」。
大陸の全てを巻き込む、最後の戦いの幕が、今、切って落とされた。
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