EP 11

赤い光と頑固な職人

九尾の商人ユリリンを雇い、フィーリア米と味噌の販売事業が本格的に始動した。ユリリンは早速、帝都の富裕層や王国の部族長へ繋がる販路の開拓に動き出し、タロウたちはその補給や連絡役として、フィーリアと港町バザールを往復する日々を送っていた。

その日、タロウは市場で、フィーリアの里で使うための新しい農具や生活用品を買い付けていた。雑多な人ごみの中、商人と値段交渉を終えて懐から財布を取り出した、その時だった。

彼のポケットから、小さなペン型の物体が、ポトリと音もなく地面に落ちた。

それは、かつて魔狼(デモンウルフ)との戦いで活躍した、現代日本の科学技術の結晶――レーザーポインター。

タロウは全く気づかないまま、次の店へと歩き去っていく。

赤いペンは、人々の足元を転がり、やがて一対の頑丈なブーツの前で、ぴたりと止まった。

ブーツの持ち主は、その場に屈み込み、不思議そうな顔でそれを拾い上げた。

年の頃は壮年、身の丈は低いが、その体は鋼のようにがっしりとしている。見事に編み込まれた髭は、ドワーフ族の証だ。

「ん……? なんじゃこりゃあ?」

ドワーフ――名工として知られるゴッドンは、その物体をまじまじと見つめた。

継ぎ目のない滑らかな胴体。先端に埋め込まれた、寸分の狂いもない透明な石。そして、指で押せとでも言わんばかりの、小さなボタン。

彼は長年、鍛冶師としてあらゆる金属や宝石を扱ってきたが、このような素材、このような加工法は見たことも聞いたこともない。

ゴッドンが、導かれるようにボタンを押し込んだ。

すると、先端から一条の、針のように鋭い赤い光が放たれ、向かいの店の壁に、一点の染みとなって映し出された。

「なっ……!?」

ゴッドンは驚いてボタンを離す。光は消える。もう一度押す。光は現れる。腕を動かせば、光も自在に動く。魔力は一切感じられない。魔法ではない。だというのに、これほど純粋で、指向性の高い光を生み出すとは……!

「な、何だこりゃあ!? この仕組みはどうなっとるんじゃ!? この素材は!? どこの神が創りたもうた神器じゃあッ!!」

ゴッドンの職人魂が、一瞬にして燃え上がった。その手の中で輝く赤い光は、彼にとって、神の御業そのものに見えた。

一方、タロウは少し離れた場所で、ポケットに手を入れて青ざめていた。

「ない! レーザーポインターがない! まずい、あんなものが人の手に渡ったら……!」

慌てて来た道を引き返すと、市場の一角で、自分のレーザーポインターを握りしめ、恍惚と興奮が入り混じった表情でブツブツと呟いているドワーフの姿を見つけた。

「あ、あの、すみません。それ、僕のなんですけど……」

タロウがおずおずと声をかけると、ゴッドンは弾かれたように顔を上げた。その目は、まるで最高の鉱脈を見つけたかのように爛々と輝いている。

「おおっ! あんたがこれの持ち主か! 聞かせい! これを創ったのはどこのどいつじゃ! その神の如き職人の名を、儂に教えろいッ!」

「え、ええと、これはただの……」

「ただの、なんじゃあッ!」

「……おもちゃ、みたいなもので」

その言葉が、ゴッドンの逆鱗に触れた。

「おもちゃぁ!? この神懸り的な技巧の結晶を、おもちゃだとッ!? 貴様、これを創った神への冒涜かッ!」

ゴッドンは、タロウの胸倉を掴まんばかりの勢いで詰め寄る。タロウはもはや、この頑固なドワーフからレーザーポインターを平和的に取り返すことは不可能だと悟った。

その日から、ゴッドンはタロウのストーカーと化した。タロウが行くところどこへでも付いてきては、「なあ、あの赤い光はどうやって…」「この滑らかな胴体は…」と、質問攻めにしてくる。

タロウが「もう勘弁してください」と泣きついても、「この世紀の大発明の謎が解けるまで、あんたを離す気はないわい!」と聞く耳を持たない。

ほとほと困り果てたタロウたち。

見かねたライザが力づくで引きはがそうとしても、「これの秘密を解き明かすまで、ここをテコでも動かん!」と、大地に根を張ったように動かない。

万策尽きたタロウは、やむなく彼らをフィーリアの里へと連れ帰ることにした。

「儂も行く! あんたの住処には、これの秘密を解くヒントがあるに違いない!」

ゴッドンはそう叫ぶと、どこからか取り出した巨大な鞄――中には愛用の金槌やタガネがぎっしり詰まっている――を背負い、意気揚々とタロウたちの後をついてきた。

こうして、タロウがうっかり落とした一個のレーザーポインターがきっかけで、フィーリアの里は、超一流だが超絶に頑固なドワーフの名工ゴッドンを、新たな住人(?)として迎えることになったのだった。

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