EP 4
赤き鬼神と翠の槍舞
翌朝。サバラー大陸の太陽が、大地を熱し始める前の涼やかな空気の中、タロウたちは町の外れにある開けた訓練場に立っていた。
「では、お手合わせ、よろしくお願いします」
ヒブネが優雅に一礼する。その手には白銀の槍が握られ、その瞳には武者としての真剣な光が宿っていた。
「ええ、こちらこそ。あなたの槍、見せてもらうわ」
ライザもまた、愛剣を抜き放ち、静かに構える。昨夜の穏やかな表情とはうってかわり、その身からはS級冒険者としての鋭い闘気が立ち上っていた。
タロウとサリーは、少し離れた場所から固唾をのんで見守る。
「始め!」
タロウの合図と共に、二つの影が動いた。
先手を取ったのはヒブネだった。エルフ特有の俊敏さで距離を詰め、槍がしなやかな軌道を描く。それはまるで舞踊のようでありながら、切っ先はライザの急所を的確に狙っていた。
「速い……!」
サリーが驚きの声を上げる。
しかし、ライザはその神速の突きを、最小限の動きでいなしていく。剣を盾のように使い、槍の穂先を逸らし、時には剣の腹で受け流す。鋼と鋼がぶつかる甲高い音が、朝の静寂に響き渡った。
ヒブネの槍は、変幻自在の流水。対するライザの剣は、すべてを受け止める盤石。
数十合打ち合っても、勝負はつかない。実力は完全に互角に見えた。
「すごいな、ヒブネさん。ライザとここまで渡り合うなんて」
タロウも感嘆する。ヒブネの槍術は、ただの武術ではない。長い時を生きるエルフだからこそ到達できる、洗練の極みにあった。
だが、その均衡は、ライザの纏う空気が変わったことで破られた。
「――そろそろ、本気で行かせてもらうわ」
ライザの呟きと共に、彼女の体から赤い闘気が陽炎のように立ち上る。それはアルヴィン騎士団を震え上がらせた、「鬼神」の気配。
次の瞬間、ライザの踏み込みが大地を割り、その剣は先ほどまでとは比較にならないほどの速度と重みを纏ってヒブネに襲いかかった。
「くっ……!?」
一撃、また一撃と振るわれる斬撃は、岩をも砕くかのごとき威力。ヒブネは流麗な槍さばきで必死に防ぐが、槍を持つ腕が痺れ、じりじりと後退を余儀なくされる。舞うように戦っていた彼女の呼吸が、明らかに乱れ始めていた。
(これが……マンルシア大陸最強クラスの剣技……! 速さも、重さも、何もかもが私の常識を超えている!)
焦りが、ヒブネの冷静さを僅かに乱す。このままでは押し切られる――!
そう判断した彼女は、大きく後ろへ跳躍して距離を取ると、最後の手段に打って出た。
「奥の手です!――風よ、渦巻け!」
ヒブネが詠唱と共に槍を天に掲げると、その切っ先を中心に空気が渦を巻き始める。みるみるうちにそれは巨大な竜巻となり、轟音を立ててライザへと襲いかかった!
「トルネード!?」
タロウが叫ぶ。視界を覆い尽くすほどの砂塵と暴風。並の相手なら、為すすべもなく吹き飛ばされるであろう、ヒブネの切り札だった。
勝った――ヒブネがそう確信しかけた、その時。
暴風の中心で、ライザの赤い瞳が冷たく輝いた。
「風の道は、見えている」
ライザは竜巻に抗うでも、防ぐでもなく、自らその渦の中へと身を躍らせた。まるで風の流れの一部になるかのように、渦の中心にある僅かな隙間、風の「道」を読み切り、駆け抜ける。
ヒブネの目に映ったのは、信じられない光景だった。
砂塵のカーテンを切り裂いて、一瞬で目の前に現れたライザの姿。
そして、ヒブネの白く美しい首筋に、ライザの剣の切っ先が、ぴたりと冷たく触れていた。
轟音を立てていた竜巻は、術者の動揺と共に力を失い、静かに消え去っていく。後には、首筋に剣を突きつけられて呆然と立ち尽くすエルフと、闘気を消して静かに佇む赤髪の剣士だけが残されていた。
「……私の、負けです」
ヒブネは震える声でそう告げると、悔しさと、それ以上に圧倒的な実力差への畏怖に、唇を噛みしめた。
ライザは静かに剣を引くと、穏やかな笑みを浮かべた。
「見事な風魔法だったわ。驚いた。でも、その手は魔狼の群れで嫌というほど経験させられたから」
その言葉に、ヒブ-ネはハッとする。そうだ、この人は、自分とは踏んできた場数が、見てきた世界の広さが、根本的に違うのだ。
「参りました、ライザさん。あなたは、私が超えるべき、あまりにも高い目標です」
悔しさではなく、明確な目標を見つけた武人として、ヒブネは晴れやかな顔で深々と頭を下げた。
こうして、二人の女傑の心は、剣と槍を交えることで、より固く結ばれたのだった。
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