EP 3

新たなる仲間との誓い

冒険者ギルドに併設されたレストランは、様々な種族の冒険者たちの熱気で満ちていた。タロウたちが囲むテーブルには、サバラー大陸特有の料理――スパイスで香ばしく焼かれた大トカゲのグリルや、色鮮やかなサボテンの果実の盛り合わせ――が並んでいる。

乾いた喉を潤す琥珀色のエールを飲み干し、タロウは目の前の美しいエルフに問いかけた。

「ヒブネさんの槍さばき、本当に見事でした。失礼ですが、どうして冒険者になったんですか? あなたほどの腕があれば、どこかの騎士団にでも、もっと良い待遇で迎えられるでしょうに」

ヒブネは翡翠の瞳を細め、穏やかに答えた。

「私は、故郷であるエルフの里を出て、武者修行の旅をしている身なのです。己の技を磨き、外の世界を知るために」

彼女は賑やかな店内を見渡し、その光景を慈しむように続ける。

「そして、どうせなら旅をしながら金銭を稼ぎ、困っている人がいれば助けることもできる。冒険者という生き方は、私の目的にはぴったりでした」

「素晴らしいわ……」

サリーが純粋な尊敬の眼差しでヒブネを見つめる。自分の力を、誰かのために使う。そのシンプルな高潔さに、サリーは深く共感した。

ヒブネは謙遜するように小さく微笑むと、今度はその真っ直ぐな視線をタロウ、ライザ、サリーの三人に向けた。

「それよりも、少し気になっていたのですが。貴方たち、相当に強いですね」

その言葉に、三人はピクリと反応する。

「隠していても、私には分かります。先ほどのチンピラに絡まれた時、ライザさんとサリーさんから漏れ出ていた闘気と魔力は、とても新人のそれではありませんでした。そしてタロウさん、あなたは動揺しながらも、その二人の力を完全に御しているように見えた。よろしければ、お話を聞かせてはいただけませんか?」

その洞察力に、タロウは感嘆の息を漏らす。このエルフは、見掛け倒しの美しさではない。本質を見抜く確かな眼を持っている。

タロウはサリーとライザに視線を送った。二人は静かに頷き返す。この相手になら、信じて話してもいい。その無言の信頼が、タロウの背中を押した。

「……分かりました。実は、僕たちは別の大陸から来たんです」

タロウはぽつりぽつりと、これまでの経緯を語り始めた。理不尽な女神による転生、一見しょぼいスキルで始まった冒険、仲間との出会い、英雄と呼ばれるようになったこと、国を興し王にまでなったこと、そして、その名声と責務から逃れ、自由な冒険を求めてこの大陸へやって来たこと……。

荒唐無稽な話にもかかわらず、ヒブネは一切表情を変えず、真剣に耳を傾けていた。

すべてを話し終えると、彼女は納得したように深く頷いた。

「――成る程。そういう事情でしたか。『百円の勇者』、そして『タロウ王』。大変な人生を歩んでこられたのですね」

その口調に、好奇や嘲笑の色は一切ない。ただ、一人の人間が背負ってきた重みへの理解だけがあった。

「ですが、ご安心を。マンルシア大陸の噂は、このサバラー大陸まではほとんど届いていませんよ。海を越える間に話は歪み、伝説やおとぎ話のようになってしまう。あなたのことを知る者は、まずいないでしょう。ここでは、大丈夫だと思います」

その言葉が、タロウたちの心をどれだけ軽くしたことか。

安堵と、目の前の女性への強い信頼感が、タロウの中で確かな形を結んだ。

「ヒブネさん」

タロウは意を決して、まっすぐに彼女を見つめた。

「もし、あなたさえ良ければ……僕たちのパーティーに入ってくれませんか?」

突然の誘いに、ヒブネがわずかに目を見開く。

「もちろん、あなたの武者修行の旅を邪魔するつもりはありません。むしろ、僕たちと一緒なら、もっと色々な場所へ行けるし、手強い相手とも戦えるはずです。あなたの力を、僕たちの冒険に貸してほしいんです」

タロウの真摯な言葉に、隣のライザが力強く頷いた。

「えぇ。ヒブネさんとは、とても気が合いますもの。あなたのような槍の使い手と背中を預け合えるなら、これほど心強いことはありません」

「私も大賛成です! ヒブネさん、一緒に冒険しましょう!」

サリーも満面の笑みで手を握る。

三人の偽りのない眼差しを受けて、ヒブネはふっと微笑んだ。それは、孤高の武人ではなく、仲間を見つけた者の柔らかな笑みだった。

「……光栄です。これほどの実力者たちに、そう言っていただけるなんて。私でよければ、ぜひ、ご一緒させてください」

「本当ですか!?」

「決まりだな!」

四人は新たな門出を祝して、エールが満たされたジョッキを高く掲げた。

カチン、と軽やかな音が店内に響く。

英雄の肩書を捨てた元国王と、その最強の妻たち。そして、故郷を飛び出したエルフの槍使い。

サバラー大陸の片隅で、後に世界を揺るがすことになる新たなパーティーが、静かに、しかし確かに結成された瞬間だった。

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