N博士の猫

ロックホッパー

 

N博士の猫

                          -修.


 「N博士、その猫どうしたんですか?」

 投資家のエージェントはN博士のラボを再び訪れていた。N博士は重力制御の権威であり、そして千年に一度の天才と言われていた。そして最近、遂に重力制御を完成させ、投資家に大きなリターンを与えることができた。その結果、投資家は更なるリターンを期待して、新しいラボと潤沢な研究費を与えていた。エージェントは定期的にN博士のもとを訪問して、新たな研究成果がないか確かめていたのだ。


 「この猫は近所のペットショップで売っていたものだ。」

 N博士の膝の上には小さな三毛猫が眠っていた。

 「いや、それより、またどうして猫を飼う気になったんですか?」

 N博士は猫を優しく撫でながら答えた。

 「あー、理由か。理由は2つある。一つは、前に作った研究サポートロボットがうまく動くようになったためだ。

 「ワープの研究を手伝わせる予定だった『Nダッシュ』ですね。いったい、どんな手を使って研究を再開させたんですか?」

 「うむ、いい質問だ。わしの知り合いに心理学者が居るのだが、そいつからロボットに自信を持たせるのが良いだろうとアドバイスをもらったのだ。そこでロボットに『君ならできる。大丈夫だ。』などと声を掛けておったら、無事、ワープの研究に戻ってくれたのだ。」

 「そうなんですね。これで研究が進みますね。」

 エージェントは、研究サポートロボット「Nダッシュ」はN博士の考え方や行動パターンをシミュレートしているが、心理学者はN博士の性格を熟知しているのだろうと思った。もし、今度N博士が研究に行き詰まったら、自分もN博士に自信を持たせる言葉を掛けてみようとほくそ笑んだ。


 「そしてもう一つの理由は、やはりワープの研究は大変で、わしも少し力が尽きつつあったのだが、妻から猫でも飼って癒してもらったらどうかと言われたからだ。」

 「奥様ナイス!」エージェントは心の中でつぶやいた。

 「そうだったんですね。もふもふは癒されますからね。」

 「左様、わしもリラックスできて研究も徐々に進んできている。しかしな・・・」

 エージェントは、またN博士の気まぐれが始まったと予感した。

 「しかし・・・、なんですか?」

 「うむ、君は猫を飼ったことがあるかな。飼ったことがあれば分かると思うが、猫はときどき何かをじっと見つめることがあるだろう。」

 「そうですね。よく聞きます。」

 「この猫もときどき立ち止まって何かを見つめるのだ。しかし、その先にはなにもない。」

 「小さな音がするとか、小さな虫が居るとかじゃないですか・・・」

 「一般的にはそう言われておる。だが、科学者として、猫が何を見つめているのか大変気になってなぁ・・・」

 エージェントは、N博士がまた脱線を始めたと確信した。しかし、これはいつものことで、もしかすると大発明につながるかもしれないため、決して否定はしないことにしていた。


 「確かにそうですね。もしかしたら、また何か作ったんではないですか。」

 「察しがいいな。猫の行動を監視するには猫が最適だろう。だから、猫型ロボットを作ったのだ。」

 「もしや、丸っこくて青色の、耳のない奴ですか?」

 「君は何を言っているんだ。百聞は一見にしかずじゃ。ロデム!」

 エージェントは扉から入ってきたロボットを見て息を飲んだ。そこには1mはあろうかという漆黒の豹が居た。

 「これが猫型ロボット・・・、どちらかと言えば黒豹のような・・・。名前はロデムですか・・・」

 「左様。超高性能指向性マイクだの、フェーズドアレイアンテナだの、磁力センサーなど、色々なセンサーを組み込むためにはこの大きさが必要なのだ。目の部分はサファイヤ・ルビーレンズの高感度カメラを使っておる。定番だな、豹だけに。そしてデータの処理には、Nダッシュの頭脳になっているスーパーコンピューターと量子コンピューターの半分ほどの領域を使用しておる。そして、なぜか『ロデム』という名前がひらめいたので、そう呼ぶことにした。毛並みもよかろう。」

 「また、すごいのを作りましたね。」

 「いや、センサーと情報処理以上に力を入れたのが、駆動系じゃ。猫の後を付いていくために、ほとんど音のしない、しなやかな歩きとか、キャットウォークも平気で通れるバランス性能を持っておる。」

 博士は、壁に作られたキャットウォークを指さした。あのキャットウォークをこの黒豹が軽々とわたっていくのだろうか。エージェントは、以前のサポートロボットも同様だが、この黒豹ロボットもすごい発明品だと感じた。きっと、兵器用として引き合いが多いことだろう。

 「それで、この1週間、ロデムに猫の後をついて行かせてみた。」

 「何かわかりましたか。」

 「それがな、何も検知できなかったのだ。何度か猫が立ち止まって何かを見つめるシーンはあったが、別に何か音がするわけでも、視線の先に何かあるわけでもなかった。もちろん、それ以外の臭いも、電磁波も、重力波も、磁力線も検知できなかった。」

 「そうですか。難しいものですね・・・」

 「うむ。そこでセンサーを増やしてみた。まずは異次元空間を見ている可能性を検証するためにドップラー空間干渉計と、過去や未来を見ている可能性を検証するため時空変位センサーも追加してみた。」

 エージェントは、N博士は当たり前のように話しているが、そのようなセンサー自体がものすごい発明であり、投資家たちはきっと大喜びするだろうと思ったが、その場は平静を装い、聞き流すことにした。

 「で、どうなりました。」

 「やはり何も検出できなかった。猫とは不可解なものだ・・・」

 N博士は猫をなでながら何か感慨にふけっているようだった。


 エージェントは、猫が立ち止まって何かを見つめているとき、実はただぼーっとしている場合があることをN博士に伝えたほうが良いのか迷ったが、黒豹のロボットや画期的なセンサーまで作ったN博士に悪いので黙っておくことにした。


おしまい

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