5日目
翌朝、悠真とエリスはアルナを発った。
北の街道は霧が晴れて青空が広がっていたが、空気にはまだゾンビ退治の時に嗅いだ鉄錆の匂いが残っている。
しかし、二人の鎧はまるで新品のような輝きを纏っていた。
「この先の分岐を西に行くと、鍛冶の町バルドよ」
エリスが地図を指でなぞる。
「武具を揃えるにはいい場所だ。長期戦に備えておくべきだな」
昼過ぎ、二人は小さな村で休憩を取った。
広場の片隅で、背の低い少女がハンマーを振るっている。
赤茶色の髪を後ろで束ね、額には煤の跡。
鍛冶場の熱気に負けず、彼女の瞳は琥珀色に輝いていた。
「そっちの旅人さん! 剣、歪んでるよ!」
少女は悠真の腰の剣を指差した。
確かに昨日のゾンビ戦で刃が少し曲がっていた。あの二人がいくら磨いてくれたとしても、刃の曲がりは修復できない。
「直せるのか?」
「当たり前。あたし、フィーネ・バルド。父さんは王都でも名前が通ってる鍛冶師!」
手際よく火床に火を入れ、刃を打ち直す彼女の動きは正確だった。
その間、村の噂話が耳に入る。
「西の山のダンジョンに『銀の坑道』が開いたらしい。鉱石が採れるってんで、冒険者が群がってる」
悠真は顔をしかめた。銀の坑道――ゲームでも序盤の「死にスポット」だ。
表向きは鉱脈イベントだが、坑道奥に潜む魔物に一度でも接触すれば全滅確定。
ダンジョンなので当然、魔王の手も及んでいる。
「フィーネ、その坑道に行くつもりはあるか?」
問いかけに、少女はハンマーを止めた。
「え? もちろん。銀鉱石が手に入れば武具の幅が広がるし……」
「やめておけ。あそこは罠だ」
エリスが横から口を挟む。
「私も反対。彼の忠告は必ず当たるわ。私はそれをこの目で何度も確かめた」
フィーネは驚いたように二人を見つめたが、やがて小さく頷いた。
「……分かった。嘘をついてるようには思えないし……二人がそこまで言うなら行かない。けど――」
ニヤリと口元で笑うと、フィーネはたたっと身軽に悠真とエリスに近寄ってきた。
「その代わり、あたしも冒険に連れて行って!」
「え、いきなりね……」
あまりに唐突すぎて、エリスはドン引きしている。
だが、フィーネは気にすることなく続けた。
「ずっとこの村を出てみたかったの! 二人の言うことが本当なら、あたしは今、命を救ってもらったってわけでしょ?」
「それは、そうだが」
「なら、きっと何かの縁だよ! 銀鉱石よりすごいもの、あたしに見せて!」
キラキラと瞳を輝かせるフィーネに、悠真とエリスは顔を見合わせる。
「……どうするわよ」
「いいんじゃないか?」
「ええ、そんなあっさり⁉︎」
「だって、これからも戦闘で武器が破損する可能性はあるだろ?」
「そ、そうだけど……」
悠真はもっともらしい理由をつけて即答した。
本当は、冒険の仲間が増えることが単純に嬉しかったのだ。
残業帰りに静かな自室で、仲間と共に数々のボスに挑んだ記憶が蘇る。
小さな体を大きく揺らし、フィーネは嬉々とした笑みを浮かべて飛び跳ねた。
「やったー! これからよろしくっ!」
「ああ、よろしく」
「よろしく……ねぇ、ユーマ」
「なんだ?」
トントンと肩を叩いてきたエリス。
彼女は悠真に耳打ちしてきた。
「……女の子が増えて、喜んでないでしょうね?」
「――そんなわけないだろ」
また、悠真は即答した。
◇
夕刻、バルドの商店街に叫び声が響いた。
「坑道に行った冒険者たちが……! 戻ってこない!」
数時間後、村の入口に運び込まれたのは、顔色を失った遺体の数々だった。
全員が、昼に噂していた坑道へ向かった者たちだ。
「あ、あれってハルマッドおじさん……嘘でしょ、グラモンまで」
フィーネは唇を噛みしめ、悠真を見た。
「……本当、なんだね」
「残酷だが、全てのダンジョンは魔王の罠だ」
その夜、仲間の葬式を終えたフィーネは鍛冶場の片隅で、悠真の剣に新しい鍔を付けてくれた。
「これで少しは戦いやすくなるはず。……あたし、おじさん達の分も生きなきゃね」
「なら、本当に冒険に出ていいのか? 死ぬ確率は確実に上がる」
「そうかもだけど、それは逃げてるだけだと思うから」
「だったら、側にいる間は俺は全力でフィーネを守る。共に冒険をする仲間の義務として」
「……うん」
――――――――――
【Party Member Added】
フィーネ・バルド(鍛冶師)
スキル:〈鍛造〉〈修復〉
――――――――――
火花の照り返しだろう、フィーネの頬は朱に染まっているように見えた。
ダンジョンが魔王の罠だと知っている俺、どれだけ臆病者扱いされようが決して攻略には参加しない 赤いシャボン玉 @nene-kioku
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