第7話 甘い学院祭準備とすれ違う心
模擬戦大会を終え、学院中が学院祭の準備で活気に満ち溢れていた。
いや、活気、っていうか、俺が一方的に巻き込まれているだけだ。
校庭のあちこちからは、トンカチを打つ「コンコン」という軽快な音、大きな布を広げる「バサッ」という音、そして、生徒たちの楽しそうな笑い声が風に乗って聞こえてくる。
遠くからは、美味しそうな甘いパンケーキの香りが、どこからともなく漂ってきて、俺の腹を刺激する。
そんなお祭りのような空気の中、俺は、セリーヌの召使いとして、こき使われていた。
俺たちのクラスは、学院祭の出し物としてメイド喫茶をすることになった。
セリーヌは、フリルたっぷりのメイド服を着て、俺は、どこから持ってきたのか、ピシッとした執事服を着せられた。
いや、なんでだよ。
俺は、ただの召使いだぞ。
メイドと執事、とかいう設定、ないからな。
俺の思考は、再び暴走を始めた。
……俺、執事服似合わないだろ。
鏡を見たら、なんか、執事服に着られてる、って感じだし。
いや、待てよ……案外似合ってるのか?
いやいやいや、ないないない。
そもそも、なんでメイド喫茶なんだよ。
セリーヌ、料理できないだろ。
致命的だぞ。
いや、待てよ。
ひょっとして、俺が全部やる、とかいう展開か?
いや、それ、メイド喫茶じゃなくて、召使い喫茶だろ。
いや、もう、なんでもいいや。
「蓮! なにボーッとしてるのよ!」
「はい!」
セリーヌの声で、現実に引き戻される。
俺は、思考の暴走から目を覚ました。
「……セリーヌ、これ、どうやって作るんですか?」
俺がそう言うと、セリーヌは、俺の顔を真っ赤にして、俺を睨みつける。
いや、ごめん。
料理、苦手だったな。
彼女の頬が、メイド服のフリルの白さに負けないくらい、赤く染まっている。
「……愚民に教えることなどないわ」
「いや、俺、召使いなんですけど」
俺がそう言うと、セリーヌは、さらに顔を赤くする。
そして、彼女は、俺に聞こえるくらいの小声で言った。
「……私だって、メイド服を着ているんだから、料理くらい、できるわよ……!」
セリーヌは、そう言って、俺の目の前で、パンケーキを作ろうとする。
だが、フライ返しを握る手は、どこか震えている。
パンケーキの生地をフライパンに流し込み、熱い油が「ジュウッ」と音を立てる。
しばらくして、セリーヌは震える手でフライ返しを持ち上げ、黒焦げのパンケーキを裏返そうとした。
焦げの香りがふわりと立ち上がり、彼女の眉間にしわが寄る。
そして、パンケーキは、焦げ付いて、黒焦げになってしまった。
俺は、思わず「うわ……」と声を漏らす。
いや、違う。
「うわ……」じゃないだろ。
「おお……」だろ。
パンケーキは、まるで、炭の塊みたいになっていた。
焦げ付いた匂いが、俺たちの周りに漂う。
「……う、うるさいわね! これは、失敗しただけよ!」
セリーヌは、そう言って、俺の顔を真っ赤にして、俺を睨みつける。
いや、ごめん。
俺は、悪くないだろ。
俺は、仕方なく、自分でパンケーキを作ることにした。
「……蓮、すごい……」
セリーヌは、俺が作ったパンケーキを見て、目を丸くする。
俺が作ったパンケーキは、焦げ付いていない。
ふわふわで、美味しそうだ。
メイプルシロップをかけ、バターを乗せる。
甘い香りが、セリーヌの鼻腔をくすぐる。
「……どう? 美味しい?」
俺がそう言うと、セリーヌは、俺が作ったパンケーキを、一口食べる。
そして、彼女は、俺の顔を見て、こう言った。
「……おいしい」
その顔は、まるで、子供みたいだった。
俺は、そんなセリーヌの姿を見て、何も言えなくなった。
彼女のプライドが、また一つ、傷つけられた。
俺は、そんなセリーヌの姿を見て、何も言えなくなった。
彼女は、俺に、何も言わずに、ただパンケーキを食べている。
俺は、そんな彼女の姿を見て、少しだけ、寂しい気持ちになった。
彼女は、俺に、助けを求めている。
でも、素直になれない。
そんな彼女の姿を見て、俺は、ただ、彼女のそばにいることしかできない。
「……ねぇ、この後、屋上に行かない?」
セリーヌは、そう言って、俺に微笑む。
その笑顔は、どこか、決意に満ちていた。
俺は、彼女の言葉に、何も言えずに、ただ頷くことしかできなかった。
空はもう夕暮れ時。
俺たちは、学院の屋上へと向かう。
夕日が、俺たちの影を、長く、長く、伸ばしていく。
俺の胸の奥で、ドクドクと、心臓が鳴り響いている。
その音は、まるで、俺の心臓が、セリーヌに引き寄せられているみたいだ。
その先に何があるのか、俺には分からなかった。
だが、もう俺は、一人じゃない。
俺には、セリーヌがいる。
そして、セリーヌには、俺がいる。
俺たちは、二人で、この学院祭を乗り越えていくんだ。
そう、心の中で、俺は密かに誓ったのだった。
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