第3話 魔法授業の惨劇と能力の真実

学院の授業は、俺の想像以上に退屈だった。

いや、違う。

退屈なんじゃなくて、俺には理解不能だった。


「光よ、集え。我が手に力を……!」


セリーヌは、真剣な顔で呪文を唱えている。

だが、その手には、何も起きない。

ただ、空虚な空間が広がっているだけだ。そして、小さく焦げ付いた机が、その無能さを雄弁に物語っていた。


俺の思考は、その光景を前に暴走を始めた。

……いや、マジか。

光を集める、とかいう壮大な呪文を唱えて、机を焦がすって、どういうことだよ。

まるで、ガスバーナーで炙ったみたいだ。

料理スキルか?

いや、料理スキルだったら、もっと美味そうな匂いがするはずだろ。

焦げ付いた匂いしかしないぞ。

これは、つまり……あれだ。

料理に失敗した魔導師、ってことか。

お前は料理スキルも、魔法スキルも、どっちもダメなのかよ!

いや、待てよ。

ひょっとして、これは、あれか?

呪文を唱えると、無意識に料理スキルが発動して、机を焦がしてるのか?

それなら、呪文を唱えなければ、料理スキルが発動しないってことか?

いや、待て待て待て。

俺は召使いであって、探偵じゃないんだぞ。

なんでこんなに真剣に考えてるんだ。

俺は、ただの一般人だぞ。

いや、転移者だった。


「……くくく」


隣の席に座っていた男が、ニヤニヤしながら笑う。

第2話の受付で絡んできた貴族の男、名をディランというらしい。

セリーヌは、その男を睨みつける。


「うるさいわね! 私の才能は、あなたなんかには分からない!」

「そうかな? 僕なんか、これくらいはできるけど」


ディランは、そう言って、手のひらに小さな光の玉を浮かび上がらせる。

その光は、まるで星のようだ。

俺は、思わず「おお……」と声を漏らす。

セリーヌは、さらに顔を赤くして、俺を睨みつける。


「蓮! あなたも私の味方じゃないの!?」

「いや、すごいもんはすごいですよ」


俺がそう言うと、セリーヌは、ぷいっと顔を背けた。

……まずい。完全に機嫌を損ねてしまった。


授業が終わると、セリーヌは足早に教室を出ていく。俺は慌てて後を追う。


「セリーヌ! 待ってください!」


彼女は俺の声にも反応せず、図書館へと向かっていった。図書館の隅にある、誰もいない場所。そこに、セリーヌは座っていた。


「……もう、いい」

「え?」

「私の才能がないのは、分かってるわ。だから、キスでしか能力が使えない貴方を、召使いにしたのよ」


彼女の言葉に、俺は何も言えなくなった。彼女は、俺の能力を、自分の才能の代わりとして使おうとしている。それは、彼女のプライドが、俺に負けることを許さないからだ。


「……俺の能力、本当にキスじゃないとダメなんですかね?」


俺は、そう言って、自分の唇を指でなぞる。セリーヌは、その俺の行動を見て、顔を赤くする。


「な、なにを言ってるのよ!」


俺は、セリーヌの言葉を無視し、真剣な顔で提案する。


「……頬キスは効果が弱い。じゃあ、手とか、額とか、そういうのでも試してみる価値はあるんじゃないかと……」


俺がそう言うと、セリーヌは、さらに顔を赤くする。

そして、彼女は、俺の頬に軽くキスをした。


――っ!

再び、身体の奥から何かが爆発するような感覚。

だが、前回よりも、感覚が鈍い。

視界の色も、それほど鮮やかじゃない。

次に、俺は彼女の手にキスをしてみた。

……いや、待て待て待て。

男が男の手にキス、とかいう展開、ないからな。

でも、セリーヌの表情は、どこか、真剣だ。

彼女は、俺の実験に付き合ってくれている。

手の甲にキスをすると、何も起きない。

次に、額にキス。

これも、何も起きない。


「……やっぱり、頬キスじゃダメみたいですね」

「……そうみたいね」


セリーヌは、少しだけ寂しそうな顔をした。その時、俺は、ふと、あることに気づいた。俺の能力は、キスじゃなくても、発動するのかもしれない。ただ、その条件が、もっと、複雑なだけなのかもしれない。


「……もしかして、魔法の才能がないって言われてるの、キスと関係あるんじゃないですか?」

「……は?」


俺がそう言うと、セリーヌは不思議そうな顔をする。


「いや、キスって、愛情表現じゃないですか? もしかして、セリーヌは、愛情を込めてキスしないと、魔法が使えない、とか……」

「な、なにを言ってるのよ!」


セリーヌは、顔を真っ赤にして、俺を睨みつける。

だが、その顔は、どこか、俺の言葉に、心当たりがあるような顔をしていた。

俺の勘は当たっているのかもしれない。

俺の能力は、セリーヌの才能と、何らかの形でリンクしているのかもしれない。

俺たちの能力の真実が、今、少しずつ明らかになっていく。


「……次は、絶対に見返す。あの男に、そして、私を馬鹿にした全ての人に」


セリーヌは、俺の手をぎゅっと握り、そう誓うように言った。

その手は、冷たくて、でも、どこか、俺に助けを求めているようにも感じた。

彼女の決意を目の当たりにした俺は、ただ黙って、その手に応えるように、ぎゅっと握り返した。


俺の異世界生活は、キスと、魔法と、そして、食いしん坊なご主人様との、ドタバタな毎日になりそうだ。

そして、その先には、大きな困難が待ち受けている。

だが、俺は、もう一人じゃない。

俺には、セリーヌがいる。

そして、セリーヌには、俺がいる。

俺たちは、二人で、この困難を乗り越えていくんだ。

そう、心の中で、俺は密かに誓ったのだった。

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