詐欺メール撲滅企画 天誅シリーズ 止めるノッペラボウ女
赤澤月光
第1話
午後三時、気温三十九度。アパートのエアコンが「ひぅー」と喘ぐ中、私、美月(みつき)はスマホの画面を凝視している。真っ白な画面に、黒い文字が嫌な予感を運んでくる——『重要:あなたの銀行口座が不正アクセスされました。直ちに下記リンクから確認してください』。
「またかよ」と唇を噛る。猛暑のせいで体中がベタベタしているのに、このメールを見た瞬間、背筋に冷たい風が走る。昨日は高齢の祖母が似たようなメールを受け取り、手慌てで電話してきたのを思い出す。「美月ちゃん、私…これ本当なの?」祖母の震える声が耳に残る。あの時、私は口座に異常がないことを確認し、祖母をなだめたが、心の奥では火が燃えていた。
「逃がさない」
部屋の鏡に向かう。白い肌、黒髪、平凡な顔——これが私の「本当の姿」だ。でも、ノッペラボウ一族の血を引く私には、一つの「特権」がある。鏡に手をかざし、思い込む。『変われ』。
瞬く間に、鏡の中の顔が歪む。鼻が高くなり、唇が厚くなり、目元にしわが刻まれる。三十代後半の男性の顔が、私の代わりに映る。職種は「ITエンジニア」、名前は「佐藤健一」——先日、この詐欺グループが使った架空の人物情報だ。喉元で唾を飲み込み、声を変える。「もしもし、佐藤です」低い声が部屋に響き、自分でもびっくりする。
メールのリンクをクリック。偽サイトが開き、「緊急確認フォーム」が表示される。名前、電話番号、銀行名…。私は「佐藤健一」の情報を入力し、最後の欄にカーソルを合わせる。ここに本物の口座番号を入れれば、グループの手口が分かるだろう。でも、それではリスクが高すぎる。代わりに、私が用意した「罠の口座」を入力する。これは警察の友人に協力して作った、監視付きのダミー口座だ。
送信ボタンを押す瞬間、心臓がドキッと止まる。すると、画面が切り替わり、『確認しました。ご協力ありがとうございます』と表示される。が、同時に、私のノートPCには、「佐藤健一」の情報が送信されたIPアドレスが表示される。「ありがとう、佐藤さん」と冷笑する。これで足がかりが付いた。
次のターゲットは、そのIPアドレスの所在地だ。偽の「佐藤」の顔を維持したまま、警察の友人・田中刑事に電話をかける。「田中さん、美月だ。先程、詐欺グループのIPをキャッチした。場所を特定して」「了解。待ってろ」田中の早い口調が、私の緊張を和らげる。
一時間後、メールが届く。『港区三田、某ビルの503号室。テナント名は「未来システムサービス」だが、実態は空きオフィス。監視カメラの映像を送る』。添付ファイルを開くと、オフィスのエントランスに、二男一女が出入りする姿が映っている。真夏なのに黒いジャケットを着ている男が、昨日祖母にかかってきた「サポートセンター」の声に似ている。
「行く」
アパートを飛び出すと、太陽が頭上から「ガンガン」と熱を浴びせかける。白いTシャツに短パン、スニーカー——これが私の「作戦服」だ。駅までの道、路肩で犬が舌をだして喘ぐ。老人たちが公園の木陰で扇風機を回している。この暑さの中、あのグループは冷ややかに人々の不安を食べている。腹が立って、足早に駅へ向かう。
オフィスビルの前で、私はもう一度姿を変える。今度は、二十代の女性、「鈴木花子」——このビルの清掃員だ。制服姿に着替え、モップを持ってエントランスに入る。受付の女性に「おはようございます」と笑顔を作り、エレベーターに乗る。5階に着き、廊下を進む。503号室のドアには「未来システムサービス」の札が貼ってあるが、鍵はかかっていない。
「失礼します」と小声で言い、ドアを開ける。
中は四台のパソコンが並び、冷房が強すぎるほど冷たい。三男一女が画面に向かって指を動かしている。「あと3件完了したぞ」「いいね、今日のターゲットは高齢者優先だ」「あのおばあさん、すぐに信じてくれたよ」笑い声が響く。私の心臓が音を立てて鼓動する。祖母の顔が浮かび上がる。
「お仕事、お疲れさまです」
突然の声に、四人は振り返る。私はモップを置き、ゆっくりと姿を変える。『佐藤健一』→『鈴木花子』→そして、『美月』。平凡な私の顔が現れる瞬間、男たちの目が真っ赤になる。「ノ…ノッペラボウ?!」「なんだお前、変装してたのか!」
「さっきのIPアドレス、警察に教えましたよ」私はスマホを上げ、画面に田中刑事からのメッセージを見せる。『捜査員、3分後到着』。
「クソッ!」男が椅子を蹴って立ち上がる。でも、もう遅い。エレベーターのチャイムが鳴り、廊下に足音が迫る。男たちは顔を青くして動けなくなり、女性は泣き出している。私はドアの外に出て、廊下で深呼吸する。冷房の風が体に当たり、猛暑の疲れが一気に吹き飛ぶ。
夕方、祖母から電話がかかってくる。「美月ちゃん、今日もメール来なかったよ。ありがとう」祖母の明るい声が、暑さを吹き飛ばす爽快な風になる。
「どういたしまして、お婆ちゃん」私は笑う。アパートに帰り、エアコンの設定を少し高めにする。まだ暑いけど、心はすっきりしている。明日も猛暑が続くかもしれないが、私はノッペラボウの力で、この街の「嫌なもの」を一つずつ、消していく。
それが、私の「夏休み」だ。
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