第17話 孤児1

 夕食を食べ、ホテルに戻る。

 ギルド推薦のレストランで夕食を食べ、ホテルの部屋に戻ると、早速コントが始まる。


「御主人様。お風呂にします? それとも わ・た・し?」


 マリは艶っぽい声で、わざとらしく色気を振りまいてくる。


「バカか。私なんて選択肢、ねえだろ」


 俺は呆れた声で返す。

 こんなセリフ、どこで覚えてきたんだ。


「御主人様のいけず」


 マリは可愛らしく頬を膨らませる。


 ああ、バカップルパート2だ。

 毎晩このやりとりをするんだぜ。

 やめろっていうとブーたれて、超不機嫌になるんだ。

 

 寝るときもまだ暑いのにマリが添い寝をするようになった。

 裸で密着してくるもんだから、正直かなり暑苦しい。

 真剣に熱運動スキルを応用して、エアコンスキルを開発しようと思っている。

 これは切実な問題だ。


 マリがショタであることは知っているが、彼女の好意は男女的なものというよりは、多分に子猫可愛がり的な面がある気がする。


 ◇


 さて、翌朝もギルドに向かう。

 やはりギルド推薦のレストランで朝食をしっかり取り、身支度を整えて出発した。

 本日は仕事の依頼書を見るためだ。

 昼前にはここを出立するつもりだが、この程度の領でどのような依頼があるのには関心があった。


『ボガッ』


 突然、横から飛び出してきた小さな影。

 反射的に、手で払ってしまった。

 あまりにも敵意の小さな存在だったため、察知が遅れたのだ。


「ウワーン」


 派手に転がった少年が大声で泣き出す。


「ああ、お坊ちゃんよ。子供を泣かしてどうする。見てみろよ、怪我したぞ」


 近くにいた少年が非難がましい声を上げる。


「(御主人様、当たり屋よ)」


 マリが小声でアドバイスしてくる。

 よくある詐欺の手口だ。

 子供を使って同情を誘い、なんらかの金を巻き上げる。

 俺達が幼い子供と若い女と見くびったか。


「は。おまえ、俺が貴族だったらどうする?」


 試しに威圧的な態度を取ってみる。


「貴族様がそんな粗末な服きてるわけねーだろ。まあ、せいぜい没落貴族様ってところだな。そんなの怖くねーぞ」


 少年は見下すような目で俺を値踏みする。


 そうか。


『ボガッ』


 今度は少年の腹を軽く殴る。


「いてっ! 何すんだよ!」


 少年が悲鳴を上げる。


『ビタンビタン』


 左手で奴の胸ぐらをつかみ、右手で往復ビンタ。

 あ、ビンタは極力力を抜いて。

 力加減しないと顔が吹っ飛ぶからな。

 いや、冗談抜きで。


「……うわわ、助けて、ごめん、わる、『ビタンビタン』」


 少年は必死に謝罪の言葉を吐く。

 俺は許さない。



 さて、眼の前に顔と唇を二倍以上に膨れ上がらせた少年が正座している。

 両頬と唇は真っ赤に腫れ上がり、目には涙を溜めている。

 少年の周りには何人かいたはずだが、みんな蜘蛛の子になったようだ。


「……ズビマゼンデシタ……」


 腫れた頬のせいで、まともに喋れない。


「あのさ、おまえらの手口なんざ、バレバレなんだよ。俺がガキだと思って舐めたか?」


 冷たい目で少年を見下ろす。


 突然、少年が土下座してきた。

 額を地面に擦りつけるように深々と頭を下げる。


「ホントウニシュミマシェンデシタ、デモ、ナカマガシニカケテテ!」


 必死の形相で叫ぶ。


「嘘をつくな」


 俺はきっぱりと言い放つ。


「いえ! ほんとうでしゅ!」


 涙ながらに迫真の言葉を並べる。

 その目には嘘はなさそうだ。


「よし、仲間のところに連れて行け。嘘だったら、ドブ川に浮かぶぞ」


 最後の脅しを入れておく。


「はい! 助けてくれるんですか! こちらです」


 少年は飛び上がるように立ち上がり、先導を始めた。

 あーあ、俺も甘ちゃんだぜ。



「こちらです!」


 少年は抜け穴から街の外に出ると、スクワッターエリア、無法占拠地帯、つまり外壁を取り囲むスラム街に向かった。

 道はでこぼこの土道だ。


 正直、街の中も臭いが、スラム街はもっと臭い。

 生ゴミと排泄物が混ざったような悪臭が鼻を突く。

 いや、生ゴミの溢れた道を俺たちは歩いていく。

 口にはだしたくないほど不潔だ。


 この光景はほぼすべての日本人が呆然とするだろう。

 汚水が溜まり、俺達が歩くとハエが一斉に飛び立つ。


 

 少年はとある掘っ立て小屋に入っていった。

 外壁に沿って建てられてある。

 大きさは三畳ほど。

 粗末な板切れで屋根と壁を覆っただけの物置のような小屋だ。

 壁には隙間が多く、雨が降れば確実に雨漏りする。


「ミレーヌ、しっかりしろ!」


 少年は小屋の中で横たわる少女に駆け寄る。


 中に入ると、数人の少年少女、そして寝かされた幼女。

 顔が赤く、息が荒い。

 高熱で苦しんでいるのは一目瞭然だ。


 俺はインベントリからバルギーの果実を取り出した。


「まず、お前がこれを一口食べてみろ。それから、これを彼女に食べさせてみろ」


 少年に手渡す。


 少年はナイフで丁寧に皮をむくと、スプーンで一口食べてみた。


「!」


 みるみるうちに顔のむくみが引いていく。

 それから大急ぎで少しずつ幼女に食べさせていった。


「うーん」


 幼女が小さく呻く。

 劇的に顔の赤みが引いていく。

 呼吸の粗さも正常に戻っていった。

 バルギーの実の効果は即効性がある。

 高級回復薬あるいは万能薬とも言われている実なのである。


「「「!」」」


 幼女を見つめる少年たちは目を丸くして驚いていた。

 まるで魔法を見たかのような表情だ。


「これは……」


 少年が震える声で言う。


「バルギーの実ってやつだ。もう大丈夫だろ」


 さりげなく答える。


「まさか、貴方様は賢者様……」


 少年の目が輝きを増す。


「違うわよ。大賢者様!」


 マリが突然、大声を上げる。


「大賢者様!」


 止める間もなかった。

 少年たちは一斉にガバっと平伏した。

 床に額をつけ、最大限の敬意を示す。


「ありがとうございます。このお礼はどうしたらいいか」


 少年が恐縮した声で言う。



 あーあ。

 そもそも、俺はこんな善行をするつもりはなかった。

 あの台風騒動は俺に強い影を落としていた。


 でも、この少年のオーラは純粋なものだった。

 嘘や悪意が一切感じられない。

 それに、ちょっと間違えたらこの少年は俺だったんだ。


 もう一つある。

 『女神の加護』がささやいた気がしたのだ。

 彼らを助けろ、と。



「おまえら、なにか。ここで固まって生活してるんか」


 周りを見回しながら尋ねる。

 ここには戦争孤児だとか、親に捨てられたとかそういうのが集まっている。

 着ている服はボロボロで、栄養状態も良くない。

 スラムでは珍しくない。

 むしろ、よくある光景だ。


「この街には孤児院とかないんか?」


 教会の救済施設って定番だろ。

 どの街にもあるはずだ。


「いや、教会の孤児院っておっかないところだぞ」


 などと不穏な発言が。

 子供たちのの表情が曇る。


「おっかない?」


 詳しく聞いてみる。


 彼らが言うには、教会は定期的に『孤児狩り』を行っているらしい。


「孤児狩りだと? おだやかじゃないな」


 名目上は孤児の保護ということになっている。

 無理やり連れて行くって感じではない。

 ただ、孤児院ではかなりひどい扱いをされるらしい。

 虐待は日常茶飯事。

 しかもすぐに子供がいなくなる。

 死んでいるというわけでもない。

 突然、姿を消すという。

 

「まさか、売られたということか?」


 最悪の可能性を考える。


「証拠はないけど、みんなそう噂してるよ!」


 子供たちは震える声で答える。

 どうも、シャレレベルの話ではなさそうだ。

 孤児たちは随分と教会を恐れている。

 明日は我が身、とでも感じているようだ。


 だからといって、俺個人がこの状況をどうこうする、ということはできない。

 話が大きすぎる。

 下手すると教会全体を敵にまわす。

 残念ながら、逃げの一手だ。



「みんな! 大丈夫よ! 大賢者様が助けてくれるから!」


 突然、マリが目に涙を浮かべなから、熱く声を張り上げる。

 いやいや。

 マリさんや。

 君のそういう軽いところ、ずっと注意してたでしょ?

 なんで俺に振るわけ?


「「「大賢者様!!」」」


 子供たちが一斉に叫ぶ。


 うわ。

 少年少女たちの必死の目が俺に注がれる。

 希望に満ちた、輝く瞳。

 あ、退路を絶たれたわ。

 というか、味方に後ろからやられたわ。


 くそ。

 これ以上の深入りは危険信号がなっている。

 そもそもこの街はただの通りすがりだ。

 彼らを助けるなら覚悟を決めざるをえない。

 しかし、こんな目されたらNOなんていえるわきゃない。


 頭を切り替えるか。

 大人よりも子供のほうが扱いやすい。

 マリを成長させたようなやり方でこいつらを訓練してみるか。


 それに、決め手はこいつらのオーラの純粋さだ。

 これがあったからこそ、俺はこの小屋についてきたわけで。


 子供だからといって、オーラが純粋とは限らない。

 すでにネジ曲がっているやつもいる。

 だが、彼らは幸運にも心の真っ直ぐさを十分に残していた。


 それに、何度も言うが、彼らはIF世界の俺なんだ。



「あのな。大したことはしてやれんが、乗りかかった船だ。おまえらにもう少し人間らしい環境を与えてやろう。ただし、俺の信仰する女神様を崇め奉ること。それができるのなら、だがな」


「「「するする! なんでもする!」」」


 とりあえず、俺は彼らに食費を与えて待っててもらうことにした。


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