第3話 転生した3

 俺は順調に成長した。

 二歳になって初めて屋外に出させてもらえた。

 それまでは幼い身の体調を崩すのを恐れて外出させてもらえなかったのだ。


 もっとも、俺はその前に一人でうろついていたんだが。

 ただ、それは夜間のことであって、昼間は人の目があるので館にこもっていた。


 メイド・侍女と一緒であったが、屋外で陽の光を浴びて散歩するのは気分が良かった。

 七月の早朝の爽やかな風が心地よい。

 深呼吸すれば、体の隅々まで初夏に染まっていく。


 フォンテーヌ家の邸宅は広大な土地を有していて、領都である都市の中心に居を構えている。

 遠くから眺めれば、広大な緑の周囲に館が形成されているように見えるはずだ。


 街の中心にあっても人々の雑踏さえ聞こえてこない。

 聞こえてくるのは風に揺れる草木のざわめきや小鳥の囀り。

 それから屋敷で働く使用人の声。

 訓練場から響いてくる剣戟の音ぐらいだ。


「平和だ……」


 俺を煩わせるのは二人の兄の嫌がらせ程度だ。

 それも大したことはない。


 両親、乳母、使用人たちの俺への眼差しは暖かい。

 俺を見ると誰もが笑顔になった。



 このような環境の元、俺ものびのびと成長した。

 順調どころか、心身ともに俺の成長は早かった。

 身体の成長も早いし、様々なスキルを俺は獲得。

 

 ただ、俺はこの力を人前では極力隠すことにしている。


 まずは、隠すことが習い性になったこと。

 幼い時から、力を見せると邪魔が入ることが多かった。

 だから、自然とコソコソとするようになったのだ。


 転生を認識してからは、大人としての俺の常識的な判断が混ざるようになった。

 つまり、特別な力に対しては、称賛する人もいるだろうが警戒心をもつ人も多いだろう。

 それに、能あるたかは爪を隠す、という言葉は格好つけのためにあるのではない。

 対峙したときにそのほうが有利だからだ。

 特に必殺技は極力隠すものだ。

 


 力の訓練は必ず人目を避けて自室で行った。

 時間の許す限り【マナ】の操作を繰り返し練習した。

 その結果、五歳までに十分な成長を遂げることができた。


 この力を行使すると、体を淡く発光した透明なオーラが包む。

 それは三歳の段階で見えるようになった。

 最初は霞がかかったように薄く、形も定まらなかった。

 四歳になる頃には、はっきりとした輪郭を持つオーラとして認識できるようになった。



 このオーラは他人にも出現した。

 つまり、俺と同じ力を他人も使用していることを意味する。


 このオーラは人がスキルを行使するときに出現する。

 スキルには様々な種類がある。

 気配を察知する能力、自分の気配を隠す能力、毒や病気への耐性。

 あるいは身体能力を強化する能力などだ。


 この身体強化は、実はほぼすべての人間が無意識のうちに使用している。

 剣士や格闘家といった身体操作を主体とするスキル使いは当然として、魔導師や回復師、あるいは聖女といった魔法の持ち主も、無意識のうちに強い身体強化を行っている。

 身体強化により魔法をパワーアップしているのだ。



 俺は五歳の段階で次のステージに移行した。

 他人のオーラをコントロールする術を見つけたのだ。

 オーラを強くすれば相手の能力は増強され、弱くすれば能力は低下する。

 まさに、他人の能力を自在にコントロールできるのだ。


 もっとも、明らかに俺よりも強者のオーラはコントロールできない。

 その前に、そういう強者のオーラを俺は感知することすらできない。

 オーラが見えない人間というのは、まったく力を持たない底辺弱者か、あるいは逆にとてつもない実力者なのだ。


 そのような実力者を俺は何人か知っている。

 王立騎士団の訓練を見学したときのことだ。

 数人の騎士のオーラが、まったく見えなかった。

 後で聞いた話では、彼らは騎士団の中でも特に名高い実力者だったという。


「俺はまだまだ五歳の子供に過ぎない」


 そのことを否応なしに痛感した。

 他の五歳児と比べれば身体は大きいが、それでも小学校低学年程度だ。


 精神性はおっさんの俺が混ざっているとはいえ、幼児のフェルノー(俺の幼生体)の幼い精神が多くのウエイトを占めている。



 とはいえ、俺の力は着実に成長を続けた。 

 正直に告白すれば、少々傲慢になっていたかもしれない。

 この特殊な力を持つ俺の未来は、きっと輝かしいものになるはずだ――そう信じていた。


 

 その楽観は、六歳のある日に完全に打ち砕かれた。


 六歳になると、この国では教会で洗礼式を行う決まりになっている。

 この世界では子供の死亡率が非常に高く、六歳になるまでに実に半数近くが命を落とす。

 しかし、六歳を越えると体が丈夫になり、死亡率は大きく下がるのだ。


 そのため、六歳の誕生日は特別な意味を持つ。

 これはどの世界でも似たような傾向があるはずだ。

 現代日本では医療の発達により幼児の死亡率は激減し、その意味は薄れているが、二十世紀前半までは幼児の死亡率は深刻な問題だった。

 七五三の儀式は、親にとって切実な祈りの場だったのだ。


 この洗礼式では、同時に魔力測定も行われる。

 このときに魔法やスキルが発現するものもいる。


 この世界の魔力は、誕生したときから自然に成長するとされている。

 そして、六歳前後でその成長が止まり、以後は大きな変動を見せないことが分かっている。


 魔力測定には、水晶でできた直径三十cmほどの球体を使用する。

 測定者がその球体に触れると、魔力に応じて光を放つ仕組みだ。


 その光の強さは専用の測定器で数値化される。

 また、光の色は魔力の属性によって変化する。

 火属性なら赤く、水属性なら青く、風属性なら緑に輝くといった具合だ。

 複数の属性もちだと、まだら模様に輝く。


 この魔力測定はほぼ教会が独占している。

 極めて特殊な魔道具が使われている。

 超古代技術らしくて、複製が不可能らしい。



 俺も、その魔力測定を受けることになった。

 父上、母上をはじめ、乳母や執事、そして多くの側近たちが教会に集まっていた。


「いよいよ、フェルノーの魔力測定だ。私は本当に楽しみにしてたぞ」


「あなた、まったくですわ。フォンテーヌ家史上稀に見る神童と称えられてきたフェル。どのような結果がでるのやら」


 両親だけではなかった。

 そこに集まったものは全員、期待に胸を膨らませながら見守っていた。


 実を言えば、俺自身も大きな期待を抱いていた。

 確かに、俺には属性魔力という一般的な力は備わっていない。

 それは女神の加護が教えてくれていた。


 しかし、俺には特別な【マナ】がある。

 しかも、それは誰もが無意識にせよ使っている力なのだ。

 この水晶が、俺の力をどのように表現するのか。


 俺の前世の知識では例えば身体強化とかインベントリとかは無属性魔法に分類されることがある。

 しかし、俺の知る限りにおいて、この世界には無属性魔法というのはない。

 魔法とは属性魔法だけだ。

 それ以外は一絡げにして【スキル】とよんでいるのだ。

 そこのところがどうなのか。

 

 俺は胸を高鳴らせながら、その瞬間を待ち構えていた。



 神官は、輝くような笑顔で測定を始めた。

 彼は俺の噂をよく知っていた。

 これまでも何度も会話を交わし、俺の博識さや頭の回転の良さに舌を巻いていたほどだ。


 しかし、その彼の表情が徐々に曇り始めた。

 そして、魔力測定器を何度も点検し、繰り返し俺の魔力を測定し直した。



 ようやく、諦めたように神官は口を開いた。


「魔力はありません。ゼロです」


「なに? なにかの間違いじゃないのか?」


「いえ、何度も測定器を調べました。測定器は正常です。す。何度測定しても、測定器はまったく反応を示しませんでした」


 俺自身は、そこまで落胆はしなかった。

 ただ、この特別な力を測定できないことに、少しばかり失望を感じただけだった。


 しかし、周囲の反応は想像を絶するものだった。

 会場に満ちた困惑と失望の空気は、言葉では表現しきれないほどの重さを持っていた。


 特に両親の反応は、あまりにも露骨だった。

 漫画の背景に描かれる失望を表す何本もの下線。

 まさにそれが、現実に見えたような気がした。

 両親の目から輝きが失われ、瞳孔が一気に縮んでいく。

 そして、まるで得体の知れない化け物でも見るかのような目で俺を睨みつけ、怒りに震えながら教会を立ち去ってしまった。


 その日を境に、俺の待遇は劇的に変化した。



【追放】


 この王国の王族・貴族は徹底的な魔法至上主義だ。

 魔力を持たない王族・貴族など、あってはならない存在とされている。

 そのことは俺も知識として知っていた。

 しかし、まさかここまで極端な対応をされるとは思わなかった。


 両親を筆頭に、俺の周囲にいた人間のほぼ全員が、一夜にして態度を百八十度転換させた。

 まるで腐った生ゴミを見るような目つきで俺を見下ろすのだ。

 それは両親を始め、執事、侍女、末端のメイドに至るまで殆ど同じだった。

 つい先日まで俺を暖かく見ていた人たちのほぼすべての目から笑みが消えた。


 俺には人の真心を読み取る力がある。

 だが、今回ばかりは、そんな特殊な力を使う必要もなかった。


「けがわらしい」


 彼らの目は、まさにそう語っていた。

 この状況下で、唯一俺を心配してくれたのは乳母だけだった。



 長男と次男は、勝ち誇ったように露骨な言葉を投げかけてきた。

 さらに言葉だけではないことも実行した。


 もちろん、俺もきっちりと仕返しをしてやった。

 結果、二人とも重傷を負い、数週間ベッドで寝込むことになった。


 しかし、一連の出来事は、長男・次男が以前から主張していた『俺=邪悪な存在』説に信憑性を与えることになってしまった。


 特に、執事・侍女・メイドからの評価が激変した。

 俺は隠れて【マナ】を行使していた。

 しかし、何年もの間、誰もそれに気づかない、ということはなかったのだ。

 日々俺に接する使用人たちは微妙な違和感を俺に感じてきたのだ。


 途端に噴出する俺化け物説。


「この歴史あるフォンテーヌ家から、単なる汚物が生まれただけではない。まさしくこいつは『邪悪』そのもの。このような存在は、断じて許されるべきではない」


 そうして俺は、魔力測定から数日後、フォンテーヌ家の屋敷から追放されることが決定した。


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